第12話 幽霊からの手紙(2)

 紺鉄と斗鈴は教室へ戻ってきた。

 紺鉄のクラスでも文化祭へむけて追い込みに入っている。

 机と椅子が後ろに積み上げられ、女子たちが鼻息荒く制作に没頭している。

 まわりの男子たちは暇そうに座って、女子たちを眺めていた。



 紺鉄は男子の輪に入り、刀を抱えて腰を下ろす。

 斗鈴は男子女子いずれの群れにも入らず、近くの机の上にちょこんと腰掛けた。



「俺らは何もしなくていいのか?」



「出番は本番当日らしい」



 紺鉄に声をかけられた菱丸がダルそうに答えた。



「うちのクラス、というか女子共は何をするんだ?」



「BL蝋人形館」



「は?」



「ビーエルろうにんぎょうかん」



 聞き返す紺鉄に、菱丸は、音一音はっきりくっきり復唱してみせる。



「エロは御法度だろ?」



「表向きは歴史展示だそうだ。

 大名と配下の相撲とか、武士だらけの三角関係の末の刃傷沙汰とか。

 資料と言い訳には困らんって」



「いまから蝋人形を作ってのか?」



「いや、いま作ってるのはセットと人形の衣装」



「中身は?」



「俺達の中の誰か。京終、お前は確定だそうだぞ」



 説明している菱丸はすでに死んだ魚の目だ。



「なんで?」



「いつも刀を下げていて、もうそうしか見えないって。

 いまもほら、お前が『御法度』なんていうからあいつら……」



 菱丸がくいっと顎で指す。

 みると作業していた女子たちが、すごくハァハァしながら紺鉄に熱い視線を向けていた。



「……」



 紺鉄も自分の目が死んでいくのがわかった。



 BL人形館の制作を行っているのは女子のうち3分の2ほど。

 瀬田真朱や賢木香の姿はない。

 部活がメインの奴も多いのだ。



 斗鈴は体をペチペチと叩いていた。

 一つ目の虫がまとわりついてくるのを潰している。

 虫が見えていないクラスメイトは、そんな斗鈴を不思議そうに見ていた。



 この教室には一つ目の虫が多くのたくっている。

 紺鉄の体にも、もうあちこちにまとわりつかれている。

 直接に害はなさそうだが、いい気はしない。

 紺鉄の苛立ちが増していく。



「どうした?」



 声をかけてきた菱丸のワックスで持ち上げた髪の中から、ニョロリと血走った一つ目がのぞいてきた。 



 イラ。



 紺鉄はゴンと音を立てて、刀を床に突き立てた。

 そして一瞬、鯉口を切り、



 ギンッ………。



 鋭い金属音が教室の空気を裂いた。

 教室の中の音が殺され、わずかの間教室がしんと静まる。

 虫たちがバラバラとクラスメイトの頭上に降ってくる。

 だが斗鈴以外だれも、虫に気がついていない。



 間を置かず、教室の窓や天井の隙間から新しい虫たちがゾワゾワと教室に入り込んできた。キリがない。




「だからその音、嫌いって言ってるじゃない!」



 斗鈴が両手でしっかり耳を塞ぎ怒鳴った。涙目だった。



「帰る」



 紺鉄が憮然と立ち上がった。

 菱丸は「お、おう」とその背中を見上げる。

 斗鈴が両手で耳をふさぎながら机からぴょんと飛び降りた。



 紺鉄は「また明日」と言って教室を出ていってしまう。

 直後に女子の何人かが、妄想と欲望にまみれた顔でバタバタと倒れていったことを紺鉄は知らない。

 



「だから、ごめんって」



 紺鉄は斗鈴に謝るが、斗鈴はまだ両手で耳をふさいで紺鉄を睨んでいる。

 斗鈴は刀の金属音、というよりこの刀自体を嫌っている。

 この刀は魔除けであるが、いいものではない。

 斗鈴にとっても、紺鉄にとっても。

 だからあまり使いたくはない。


 

 そうこうしているうちに昇降口についた。

 すると斗鈴がピタリと立ち止まり、廊下の向こうのなにかをじっと見据えた。

 紺鉄は斗鈴に目をやりながら下駄箱を開ける。



 紺鉄の靴の上に封筒が置かれていた。

 隅に銀色のうさぎがあしらわれた白い封筒。

 濃い青のインクで「京終くんへ」とある。

 端正で流れるような力強い字。ひさしぶりに見た字。

 紺鉄の手がわずかに強ばる。



 封筒の裏をみると、右下に「中務白月」。

 紺鉄は一回深呼吸をしてから、封をちぎり便箋を広げた。 



― 部室で待っています。―



 書かれていたのはそれだけ。

 幽霊からの手紙だ。



 夜が校舎を包んでいき、頭上のくたびれた電灯がジジジと明滅する。

 時計は夕方の5時を回っている。



 紺鉄は手紙をポケットに押し込むと、大股で新棟に向かう。

 紺鉄は行かねばならない。

 それが本物だろうが偽物だろうが関係ない。

 中務白月の名で呼ばれた以上、紺鉄は確かめなければならない。



 後ろから斗鈴が紺鉄の腕を掴んだ。



「食べていい?」



 振り返ると斗鈴は黒い瞳をまっすぐ紺鉄に向けていた。

 紺鉄は首を横に振る。



「だめ」



「食べていいでしょ?」



 斗鈴が両手で紺鉄を掴んでもう一度言った。

 紺鉄は驚いた。

 斗鈴の聞き分けが悪くなることなどめったに無い。

 紺鉄は斗鈴の手をそっと振りほどいて、頭を撫でる。



「だーめ」



「……」



 斗鈴は頬を膨らませ、じっと紺鉄を見つめている。



「ほら、いくぞ」



 紺鉄は斗鈴の頭をポフと叩くと、新棟へと歩き出す。

 斗鈴は紺鉄の背中を見送っていたが、すぐにタタタとその後を追いかけた。

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