第8話 真朱を侵す怪奇(2)
「離してよ!」
激しく抵抗する真朱。
紺鉄はそれを無視して、近くにある保健室のドアをあけた。
ひときわ明るい蛍光色の照明に紺鉄はわずかに目を細める。
保健室にはひとりの大柄な男子生徒が立っていた。
ネクタイの色は3年生。
角ばった顔、太い眉とまばら残っている無精髭。
高校生離れした威容に、紺鉄は一瞬気圧される。
「先生……いますか?」
大柄な男子生徒はゆっくり振り返る。
「……いや、不在だ」
「ベッドを借りたいんですが」
大柄な男子生徒は、紺鉄が抱きかかえている真朱と、後ろから顔を覗かせている斗鈴をじろりと見やる。
「……3Pか?」
「んなわけねーだろ」
雑にツッコミを入れた紺鉄は、大柄な男子生徒を押しのけ、真朱を空いているベッドに放り込んだ。
大柄な男子生徒はじろりじろりと、ベッドの上の瀬田に視線を這わせている。
その無遠慮さに、紺鉄はいらだつ。
「なんか鬱陶しいな、あんた」
「それはお互い様だな。
「あっ?」
紺鉄が大柄な男子生徒に詰め寄り、睨みあげる。
大柄な男子生徒は、紺鉄の敵意を眉一つ動かさずに受け止めていった。
「
そうして大柄な男子生徒は、紺鉄に背を向けて保健室から出ていく。
紺鉄が誰何する。
「あんた、名前は?」
「
「!」
「コンドームなら保険医の机の右の引き出しに入っている」
「誰が使うか!!」
紺鉄が怒鳴り声をあげたが、すでに六車の姿は保健室から消えていた。
「なんなんだあいつは」
紺鉄はいらだちが収まらず、荒らげた語気を吐く。
言葉をかわしたのはほんの1,2分なのに、六車は異様に紺鉄の神経を逆なでした。
理由はわからない。
奴とは顔を合わせたことも、話したこともない。
それなのに六車とは相対するだけで無性に心がささくれだった。
なにか根本的に相容れない。
いらだつ紺鉄は、ふらつきながらベッドから降りようとしていた真朱を押し倒した。
「おら!」
「いや、やめて!!」
悲鳴を上げる真朱にかまわず、紺鉄は真朱に馬乗りになり、制服の上着とカーディガンを剥ぎ取り胸元のリボンを奪い取った。
勢い余って、真朱の白いうなじと鎖骨が大きくあらわになる。
その白い肌にあったものに、紺鉄は目を見張った。
「変態!死ね!」
真朱は紺鉄の顔に爪を立て抵抗する。
紺鉄は真朱の顔に枕を押し付けて無理やり黙らせると、ベッドから降りてカーテンを閉めた。
「しばらくおとなしくしておけ」
紺鉄は近くにあったパイプ椅子を2つ並べて、刀を立てかけ腰を下ろす。
斗鈴も椅子にちょこんと腰掛けると、持ていた大盛り唐揚げカレー弁当を紺鉄に差し出す。
紺鉄と斗鈴は、しっかりと手を合わせると、猛然とカレーを口にかきこみはじめた。
ふたりとも、お互いに負けじとカレーを飲み込んでいく。
カーテンの向こうから、ボフッと、真朱が体を横たえる音がした。
「……見た?」
カーテンの向こうからやり場のない忿懣を無理やり押し込んだような真朱の声。
紺鉄はカレーをかきこむ手を止めずに聞き返す。
「どっちを?」
「私の左目以外にないでしょ」
「見た」
「変態」
「いつからだ」
「……昨日の朝、目を覚ましたらこうなってた」
真朱の左目がなくなったのは、屋上に真朱の血の海ができたのと同じ夜ということだ。
「心当たりは?」
「あるわけないじゃない!こんな髑髏みたいに……」
仮に目を外科手術で取り除いたとしても、ああはならない。
あれは外科的に取られたのとは別の、もっとおぞましいものだ。
「一昨日の夜、どこで何をしていた?」
「なによ、それ?」
「いいから」
「8時まで演劇部で稽古してたわよ。
その後まっすぐ家に帰ったわ。
なんなら、お風呂でどこから洗ったかも教えてあげようか」
真朱の声の最後はヤケ気味だ。
紺鉄はカレー弁当を食べる手を止めた。
「校門を出たのは何時だ?」
「……たぶん、8時15分頃だと思う」
はっきりしない口調の答え。
紺鉄はじっと手のスプーンに目を置く。
おかしい。
小鹿神狩は真朱が8時55分まで演劇部にいたと話していた。
あの誇り高いストーカーが真朱の行動に関して嘘を言うとも思えない。
「今日はどうした?さっき帰ったんじゃないのか」
「そう……よね」
真朱の声が不安げに震えている。
「あんたが声をかけてきたのがキモくて、さっさと帰ったはずなんだけど」
「キモい言うな」
「気がつたら、トイレの個室にいたのよ。トイレの前にはあんたがいたし、本当にキモい」
「だからキモいはやめてくれ、地味に効く。……で、覚えてないのか?」
「……ええ」
しばし紺鉄と真朱が沈黙する。
横では斗鈴が大盛り唐揚げカレー弁当を完食して、行儀よく両手を合わせていた。
カーテンの向こうから真朱が呼びかけた。
「さっき私が見たのって聞いたら、あんた、どっちをって聞き返したわよね。
他になにかあるの、私に?」
紺鉄は口の中の唐揚げをゆっくりかんで飲み込む。
「ピンクなんだな」
「え?」
「おまえのブラジャー」
次の瞬間、カーテンの合間から飛び出してきた枕が、紺鉄の顔面を直撃した。
「バカ!スケベ!死ね!!」
罵倒とともに、真朱が布団にくるまる音がした。
紺鉄は枕を拾いあげると、大盛り唐揚げカレー弁当の残りを一気にかき込む。
紺鉄が見たのはピンクのブラジャーだけではない。
真朱の白い首に、くっきりと青黒い痣がついていた。
痣は真朱の首をぐるりと一周していて、まるで首を絞められた跡のようだった。
だがその痣は、ありえない早さで消えていったのだ。
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