第5話 生徒会長はよく聞いている(1)
日没が近づいても、文化祭の準備の賑わいは収まる気配もない。
そのなかを、
演劇部員たちから真朱について事情を聞いておきたかった。
紺鉄が廊下を歩いていると、校内放送がかかった。
「生徒会からです。2
「なんだぁ?」
紺鉄は首を傾げた。
なぜ生徒会が?
なぜピンク電話に?
いろんな疑問が頭に浮かぶが、無視はできない。
紺鉄は回れ右して職員玄関に向かった。
普段、職員玄関に生徒は近寄らない。
紺鉄がやってきたときも、人気がなかった。
照明が落とされていて暗く、喧騒は遠く静かで、不気味だった。
ピンク電話はすぐに見つかった。
ちゃんと賞状や歴代校長の胸像に並んでそこにあった。
ずんぐりとした形といい、目立つ色といい、かなりの存在感があるのに、いまのいままでここにあることに気が付かなかった。
「ん?」
紺鉄は目を凝らした。
ダイヤル式のピンク電話には、めったに使われないであろうにも関わらず、ホコリ一つついていない。
隣に並んでるいつかの校長の胸像はホコリが被っているのに。
ジリリリン、ジリリリン……。
いきなりピンク電話が鳴り出した。
紺鉄はあたりを見回す。
守衛室や職員室から誰か来る気配はない。
仕方なく紺鉄は受話器を手にとった。
思った以上に重量感がある。
受話器を耳に当てると、サーと白砂のようなノイズが聞こえてきた。
「もしもし?」
「京終紺鉄くんかな?」
受話器の向こうから、不鮮明な音声が聞こえてきた。
ゆったりとした、少年のような声だ。
「青淵だ。はじめまして。」
声を聞きながら、紺鉄には彼女の顔と姿がぱっと思い出せなかった。
終業式やら体育祭などで、壇上に立つ
「急に呼び立てて申し訳ない。話をかせてほしくてね。少し時間をもらって大丈夫かな?」
「それは……構いませんが、なぜ電話なんですか?いま外ですか?」
「いいや、生徒会室にいるよ」
「おい」
遠慮のないツッコミにみづちは電話の向こうで楽しそうに笑う。
そうして変わらずゆったりとした口調で言う。
「いまは通信技術が進んでいるからね。
直接会わなくても大体の仕事はこなすことができるさ」
「はあ……」
紺鉄は目の前に鎮座している、ダイヤルの数字が擦り切れた、前時代的なピンク電話を見ながら釈然としていない相槌を打つ。
「それに電気変換された声ほうがよく分かることもある。
とりあえずお茶でもどうだい?」
「お茶?」
「電話機の裏に用意してある」
紺鉄が身を乗り出してピンク電話の裏を覗くと、たしかに何かある。
手を伸ばすと、小さなお茶のペットボトルとクッキーの包が2つづつ出てきた。
お茶はまだ温かい。
不気味だ。
紺鉄は考えるのをやめて素直に茶をいただくことにした。
斗鈴にもペットボトルとクッキーを渡してやる。
受話器を肩と顎ではさみ、両手でペットボトルのキャップを回す。
温かいものが喉を流れていくと、ほうっと肩から力が抜けていく。
「それで何を聞きたいんですか?」
「昨日、君が見つけたものについてだ」
「屋上のですか?それなら警察と先生にあらかた話しましたよ」
「私が知りたいのは大人が見向きもしないようなことだ」
「というと?」
「君が屋上で大量の血痕を見つけた時、
「斗鈴ですか?」
斗鈴は紺鉄を見ながらクッキーを両手で持ち、小さな口でポリポリとかじっていた。
紺鉄と目があうと、「ん」と手を突き出してきた。
紺鉄はもう一つのクッキーの包を、柔らかそうな小さく手のひらに乗せてやる。
斗鈴はニコっと笑い、包みを開けながら言った。
「あの時、いい匂いがした」
「ああ……」
たしかにあの時、斗鈴はそう言って屋上を指さしたのだ。
紺鉄が電話口の向こうにそのことを伝えると、みづちの声がわずかに上ずる。
「ほう。斗鈴くんがそう言ったのか」
「なにがいい匂いなのか、よくわからないですが」
「いやいや。斗鈴くんが反応したということは、それはオカルト的な何かだということだよ」
「オカルト……、ですか?」
「もし屋上の件をミステリー、つまり合理的に説明しようとするなら、誰かが瀬田真朱くんの血液を保管先から持ち出し、校舎の屋上に撒いたということになる。
瀬田真朱くんは長く入院してたから医療関係者ならそれを入手できるかもしれない。
文化祭前だから、犯人が学校に侵入するのも簡単だろう。
だがこの説明になんの意味がある?
犯人が少々異常でしたと結論して終わりだ。
それは原因を人間の非合理にこじつけただけで、事の全体は非合理のままだ。
心の闇などをもちだしても説明できないことに変わりはない。
この事件はミステリーとして理解するには不十分だ。」
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