第8話「この世は無常」

第八話「この世は無常」




明くる日の朝、ホテルを出た俺と春奈は、さっそく撮影場所へ向かった。




撮影所では、今日も大勢の人が、忙しく機材の合間を縫って、動き回っていた。


しかし、何か昨日とは違うような……。




同様に感じ取った春奈が、歩き回るスタッフの一人を捕まえ、どうしたのかと聞く。




「どうしたんですか?皆さん、何やら慌てているようですが。」


「おお、霊媒師のお二方。お待ちしておりました、実は重大な問題が発生いたしまして……」


「問題?」


「実は、監督が昨日から行方不明なんです。」


「ええ!?」




思わず、声が出てしまった。


監督が行方不明!?まさか偶然じゃないだろう。


おそらくは怨霊の仕業だ。しかし、北条の台本に、そんな展開あったか?




「どうやら、監督はあの怨霊の武将に連れてかれたらしい」


俺たちの話を聞きつけたドラマの主演俳優が、小走りでこちらに向かい、丁寧に事の顛末を話してくれた。




「これが、監督の部屋の壁に掛けてあったんだ」


俳優は背後のスタッフからA4サイズほどの和紙を受け取ると、そのままそれを俺たちへ回した。


「なんだこれ?」


紙の上部には、大きな文字で『果たし状』と達筆に書かれている。


それから、下の細々した文字に目をやり、それを読み上げた。


『監督を返して欲しくば、今日戌の刻のころ、N橋へ来い』


「N橋ってもしかして……」


「例の決闘の場所ね。」


「戌の刻――っていったら、20時くらいか。」


「ええ。」


「しかし、一つ疑問が残る。怨霊はどうして監督を誘拐したんだ?時代劇の台本に、『監督を誘拐して決闘』なんて展開があるとは思えない。」


疑問に思う俺に、俳優はあっさりと答えた。


「恐らく、ですが、役を混同しているのではないでしょうか。」


「混同?」


「ええ、北条さんは、『本当の自分が分からなくなっていった』から、怨霊になったのでしょう?頭の中で、演じたキャラクターがぐちゃぐちゃになってるんですよ。だから、北条さんの演じている役は一つではないのかもしれません。」


「だとすれば、監督を誘拐したのは猟奇犯の役の台本が元になっているのかもしれないわね。監督とのいざこざがあったっていう」


「なるほどな。」


北条の演じるキャラクターはひとつだけじゃない、か。ただでさえ高難易度の除霊だってのに。本当に俺と春奈だけで大丈夫なのか?不安になってきた。


「なあ、この決闘、俺とお前だけで勝てると思うか?春奈」


「何言ってるのよ。決闘するのはアンタだけよ。」


「え?」


俺は首をかしげた。


「怨霊は時代劇の台本通り、N橋の上で、一対一で行われないといけないの。誰も手出ししてはいけない。それに、主人公の性別くらいは台本で決まってたでしょう?」


「つまり……」


「アンタ一人で、除霊してもらう必要があるわ。」


「え!!?」




春奈は今一度俺を見つめて、耳元で小さくささやいた。


「これはチャンスよ。もしあの怨霊を倒せれば、あなたは監督を救い出したヒーローになれるわ。ドラマ化もされるに違いないわよ。」


「でも……」


ためらう俺に、春奈はとどめの一撃、マイクタイソンもおっかなびっくりな右ストレートをぶち込んだ。


「それに、成功したら多額の報酬も。」


春奈も、伊達に俺と10年以上幼馴染をやっているわけじゃないようだ。俺のツボをしっかり押さえている。春奈に好きなようにされるのはつまらないが、仕方がない。俺は金の話に弱いのだ。


「そ、それって?」


「70万。アンタの50万に私が20万上乗せしてあげるわ。」


報酬の金額を聞いた瞬間、俺の脳が活性化するのを感じた。頭の中を炭酸で満たされるような、そんな感覚。


俺はさっそくケータイを取り出して、帳に電話をかけた。


「すみません、明日の8時から、N橋の周囲半径500mを立ち入り禁止にしてください。」


「わかりました。手配いたします。」




会話の一部始終を聞いていた俳優さんは、なんだか不思議そうな顔をしている。乗り気じゃなかった俺が、唐突にやる気になったことが気になるらしい。


「朝日南さん、佐藤さんになんていったんですか」


すると、春奈は意地の悪い笑顔を見せて


「とっても単純な人なんですよ、アイツは。」




ハタチともなると、昔は長いように感じていた10時間もあっという間に経ってしまう。


約束の午後八時が訪れ、俺は一人、N橋のたもとに立っていた。歴史を感じさせる、鉛丹の色をした木製の橋だった。N川を挟んだ反対側の際には、長槍を携えた、あの怨霊がいた。怨霊は、仮面をつけておらず、素顔を露わにしており、その隣に、グッタリと倒れて意識がないように見える監督がいた。


「約束通り、来たぞ」


すると、怨霊が口を開く。


「一人で、来たのか……?」


貫禄のある、低くて渋い声だった。とても一朝一夕では出せないだろう。年輪の太さが窺える、そんな第一声だった。


「ああ、さあ約束だ。監督を解放しろ。」怨霊は頷き、左手で監督の襟首をつかむと、それをこちらへと放り投げた。「おっとっと!」俺は頭上から降ってきた監督を受け止める。監督はどうやら気絶しているだけのようだった。それにしても、この監督、近くで見るとなんだか小汚い。風呂に入ってないな?一体何時まで撮影所にこもってたんだ??パズーでもこんな奴が降ってきたら受け取らないわ。


そんなことを考えていると、怨霊はおもむろに槍を構えて声を張り上げる。


「さあ、来い!ここで真剣勝負といたそう」


戦闘の合間と受け取った俺は、監督を安全な場所へ投げ捨て、怨霊に聞こえるように大声で叫んだ。


「北条さん!アンタ、北条匠真さんって言うんだろ!!?」


怨霊は表情一つ変えず押し黙って、ただただ俺を睨んでいる。俺はもう一度大声を上げた。


「北条さん!そうなんだろ!?思い出してくれ!!」


しかし、怨霊には届かなかったようだ。


「北条……誰だそやつは?私はそなたが申しておるような名の者ではない。くだらんことをほざかず、さっさと勝負せい!」


「北条さん!分かってくれ!!」


「問答無用!!」


聞く耳も持たず、至極色の甲冑を着た怨霊はこちらへと迫ってきた。


「いたしかたあるまい!」


俺は、すかさず懐からナイフを取り出し、迫る怨霊の首元目がけて思い切り右手を振り下ろした。


「ふん!」


怨霊は持っていた長槍をヤッとばかり突き、俺のナイフを弾く。


あまりの衝撃に、俺は思わず手を放してしまった。五指から解き放たれたナイフは、回転しながら打ちあがり、やがて、橋の下、川の底へと落ちていった。


「冗談だろ!?まだバトルは序盤だってのに!」


俺は敵の予想外の強さに動揺しながらも、左手で内ポケットから予備のナイフを取り出そうとした。


「させるか!」


しかし、怨霊は、突きの姿勢のままの長槍を360度回転させ、今度は石突で俺の左手を弾く。


「くそう!またか!」


すると、怨霊は一度俺の喉仏に穂先を突きつけ、


「どうした?もっと俺を満足させてくれよぉ?」


とにやけて後ろに下がった。




首元に、血液の熱い感覚が流れる。




それにしても、さっき怨霊の雰囲気が明らかに変わったが、あの俳優の言っていた通り、奴が演じているのは一役だけではないのかもしれない。


もしかすると、怨霊が演じる役の中に、北条匠真も紛れ込んでいるかもしれないな。




俺は、ほかに隠し持っていた3本のナイフを怨霊に向かって投げた。


「このようなもの……」


怨霊は長槍を一振りして、ナイフを一気に弾き飛ばした。しかし、それと同時にこちらに走り来る健斗の姿には気が付かなかったようだ。


「なに!」


「やっぱり、長槍はリーチは長いが機動力が劣るな。さっきのようにはいかせない。」


俺は奴の懐に入り込み、足蹴りを一発かました。


「ぐほ!!」


渾身の一撃を喰らった侍将軍は、くの字をして吹き飛び、橋の欄干に激突した!


「痛い!!」


怨霊は子供のように声を上げて、痛がる様子を見せる。一体、なんの役だろうか。


かと思えば、怨霊は何事もなかったかのように起き上がり、再び長槍を構えた。


「お前、なかなかやるようだな。」


「生きてるやつと死んでるやつじゃ、どっちが強いかなんて明白だろ?」


「だが、そなたは注意力が足りん」


「しまった!!」


気が付くと、辺りは霧に満たされていた。あの時と同じく、怨霊のお得意の幻覚で怨霊の数が数十体に増える。


「さあ、どうする?」




「これでどうだ!」


俺は、縄を巻き付けたナイフを投げ、それを縦横無尽に振り回した。


これは春奈の提案した戦法だ。




「アンタの武器は一対一の戦闘に向いてるわ。一方向への攻撃でなら、他に劣らない。だけど、多方向への一斉攻撃には向いていないわ。そこで、ナイフに縄を巻いて、鎖鎌のように攻撃するのよ。そうすれば、一気に分身を消せる。」




怨霊は、感心したように笑い


「なるほど、その刃物は偽物の体をすりぬけ、本物だけに当たる。そして、私がはじき返した瞬間に、すぐさま懐に入り込んで攻撃するというわけか。」


「そうだ!いいだろ!これ!」


「考えたな。だが、これはどうかな……」


突如、怨霊は長槍を振り上げ、そして、一気に振り下ろした。




パキ、パキパキ……




振り下ろされた長槍によって、橋に少しずつヒビが入る。


「おいおいおい嘘だろう?!??!」




バキッ、バキバキッ!




ヒビは次第に大きくなっていった。橋が崩れる振動を感じる。これは幻覚じゃない……現実だ!




ィビギャバギュェ!!!




大きな崩落音と共に、足許が消えた。日本の文化財の一つが、一瞬にして藻屑となった。


「くそ、いてて!」


橋が崩れ、俺は真っ赤に塗られた木材と共に川へ落ちた。


視界が水に満たされ、おぼろげになる。


耳に水が入り一瞬、世界から音が消えた。


なんとか泳いで、水面から顔を出す。




奴は、奴はどこだ?


辺りを見渡すが、怨霊の姿はどこにも見えない。




「くそ、透明化か、だが策は……」


言いかけた瞬間、


「『既に練ってある』ということか」


耳元で怨霊の低い声がした。


「幻覚で音は消せない。私を川に落とし、移動する際の水の動きや音で僕と戦おうって魂胆だろ?やってみろ。俺のほうから橋は落としてやったぞ。はじめっからそのつもりだったんだろ?」


近くで水が跳ねる音がした。


「さあ、かかってくるがよい」


「くらえい!」ビュン!と水中で槍を振るわれる音がした。


腹に熱い感覚。さっきと同じだ。切られた。幸い、直前に避けたので致命傷は避けたようだが。


「そら」


今度は肩が切られる。


「ほれ」


次は足を切られる。


「おらっ!おらよっ!ざまあねェな!!」


体中が熱い。精一杯避けているが、下半身が水に浸っており、移動が困難だ。


「どうした、死人のような顔をして」




避けろ、避けろ、避けろ。避けなければ死んでしまう。


……いや、待てよ。




死ねば勝てる、な。




「これで、最後じゃ!」


怨霊が、俺を突き刺した。


「あっはっは、我の勝ちだ!」


長槍は俺の脇腹を貫き、そこからドブドブ血が流れて行く。




――――勝ったな。




「な、何ィ!?」


俺は、突き刺さった槍を、両手でぐっと掴んだ。


そして、少しずつ、少しずつ前進する。


「なんという度胸か。人間技じゃねえ!」


怨霊に触れられるところまできて、俺はナイフを取り出した。


「やめろ、やめろぉぉぉおお!!」


俺は、怨霊の右腕であろう部分を断ち切る。


俺は、怨霊の左腕を断ち切る。


俺は、怨霊の両足を断ち切る。


俺は、怨霊の首元を断ち切る。




「痛い、痛いよう」


怨霊は、霊魂を破壊しない限り消えない。生首一つであってもだ。


「……お前は、北条匠真なのか?」




健斗には、不思議とこの子供のような人格が、北条匠真であることが理解できた。


「痛い、痛い」




首を切られた時点で、北条匠真以外の人格は台本上、『死亡』したことになった。


結果として、怨霊となり死ぬことのない、北条匠真の魂だけが、残ったのである。




俺は、その額にナイフを突き刺した。


「あ、あ、あ、」


怨霊は、不意に月を見上げた。美しい満月だった。


「お団子……」


「どうしたんだ?」


「パパがね、お団子買ってくれないの。僕の演技が下手だからって。だからね、僕はね、沢山練習したんだよ?」


「そうかあ、偉いなあ。団子なら、俺がいくらでもかってやるよ。」


腕の中の怨霊は、いつの間にか消えていた。


「や…べ、俺も……もう………」




足元がおぼつかない。視界が霞んで…意識が…………






「健斗ーー!!」


そんな時、河原のほうから春奈の声が聞こえた。


「ここだ!」


俺は大声で叫んだつもりだったのだが、実際に出たのは、蚊の鳴くような声だった。その小さな声に反応したのか喰狐の『コンちゃん』が顔をのぞかせる。そして、二人がこちらへ走り込んできた。


「どうしたのよそれ?!大丈夫なの?!」


春奈が慌てて俺の傷を見る。その間、コンちゃんは怨霊の残骸を吸い込み、完全に除霊したようだった。


「大丈夫・・・と言いたいところだけどやっぱりマズイかも」


「マズイで済むわけないじゃない!!のその傷」


「お!心配してくれるのか?」


「……ほら、行くわよ!」


春奈は俺を肩に担ぎ、医者のもとへと向かいはじめた。




武将の怨霊『ゴーストサムライ』鬼災レベル:除霊完了___。




・・・つづくの?続かないの~? つづく!!!・・・


スペーリとコンちゃんのAIイラストです


https://kakuyomu.jp/users/zyoka/news/16818023214313671885

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