今日相方が死んだ。

ビーデシオン

今日相方が死んだ。

 今日、相方が死んだ。



 唐突に現れた怪物に、理不尽に無残に殺された。

 私はただ見ていることしかできなかった。

 そういうものがいるってことは知っていた。

 この世界がこうなった原因は、ああいう奴らのせいだって知っていた。

 でも、実際に見たことはなかったから、どこか信じられずにいた。

 今まで見なかったのだから、これからも大丈夫だと思っていた。

 相方が死ぬことなんて、ないと思っていた。


 

 相方と出会ったのは、世界がこうなった後だった。

 朝起きたら、私以外の人はみんないなくなっていた。

 コンビニに行ってみても誰もいなかったし、家にも家族はいなかった。

 時々道路に赤いペンキみたいなのがこびりついていたり、民家の窓が割れていたり。

 はっきり言って異常だったけど、それでも何日かは耐えられた。



 絶望感に襲われたのは、近所のコンビニでコーラ味の飴の袋を開けた瞬間だった。

 あまりにも唐突に、先のことが見えなくなった。

 未来構想なんてぼんやりとしかもっていなかったけど、それが全部不可能になったってわかった瞬間、死にたくなった。



 気が付いたら私は家にいた。

 毛布にくるまって、何もせずに2日くらい過ぎた。

 過ぎた後、唐突に思った。

 ここに居ちゃいけない、と思った。

 元々アウトドア派な人間じゃなかったけど、旅に出ないといけない気がした。



 思ってからは早かった。

 家にある中で一番大きいリュックを引っ張り出した。

 使えそうなものはなんでも突っ込もうと思ったけど、工具箱の重さで諦めた。

 必要最小限のものだけ詰め込んで、コンビニに向かった。

 食べ物は全部コンビニで仕入れた。

 本当はお菓子ばっかり持っていきたかったけど、缶詰とかを優先した。



 旅に出てからは、たまに人の痕跡を見つけられた。

 あくまで痕跡だけど、たしかに私以外の人がいたことの証明だった。

 道路に落ちてた手帳から、何が起こったのか大体知れた。

 怪物っていうのが現れて、他のみんなを襲ったらしかった。

 怪物は人を襲うとバラバラにして、その後残さず食べるらしかった。

 身につけているものも一緒に食べるから、その痕はとても綺麗らしかった。

 その日の私は信じなかったけど、次の日の私は違った。

 道路にこびりついた赤いペンキの正体がわかってしまった。

 怖かった。



 それでも私は旅し続けた。

 右手にホームセンターで見つけたバールを持って、歩き続けた。

 そのせいかはわからないけど、道路やお店だけじゃなく、そこら辺の民家も探索し始めた。

 ドアをこじ開けて入った後、意味もなく家具を破壊したりした。

 ストレスはそうして解消できたつもりだったけど、結局限界は来た。



 いつまで経っても人は見つからなかった。

 私は死んだ目で歩き続けた。

 食事もめんどくさかったけど、死ぬのは怖かったからちゃんと食べた。

 覚えているのは食事の記憶だけ、そんな毎日だった。



 日付も分からなくなったある日、前方の道路に何か見えた。

 もしかしたら人かも、なんて思わなかった。

 最初に感じたのは恐怖だった。

 それはたしかに人型だったけど、怪物じゃないかと思った。

 バールを両手で握って、うずくまっているそれに近付いた。



 うずくまっているそれは、人だった。

 しかも生きていて、女の子だった。

 私と同じくらいの年だったけど、可愛いピンクのリュックを背負っていた。

 私みたいにバールは持ってなかったけど、ピンクリュックには、いろいろ詰まっていそうだった。



 そうしているうちに、その子は顔を上げて、こちらに気づいたようだった。

 何故か、赤く目を腫らしていたその子に、私は話しかけてみた。

 とても久しぶりに、会話ができた。



 彼女はとてもフレンドリーだった。

 私と違ってとても明るくて、活発な子だった。

 常に笑顔を絶やさない子だった。

 最初のうちはなれなかったけど、そのうち私達はずっと話をするようになった。

 ある日、彼女は私を相方と呼んだ。

 私にもそう呼んでほしいというので、私も相方と呼んだ。

 彼女と一緒に歩くようになってから、私も少しずつ明るくなれた。

 性格も彼女に似通っていった。



 相方との探索は一人の時とは違った。

 一番記憶に残っているのは、デパートに行ったことだった。

 レジからお金を引っ張り出して、ゲームセンターのメダルに変えた。

 デジタル金魚すくいやエアホッケー、とにかく好きなだけメダルゲームをした。

 その後は服屋や旅具店に行って、相方と同じ服、同じバッグを揃えた。

 食料品売り場は異臭がして、とても近づけそうになかったけど、それ以外はいい思い出ばかりだった。

 ずっとこんな旅が続くと思っていた。



 私は相方が好きだった。

 一緒にいるだけで楽しかった。

 ストレスを解消する必要がなくなって、いつの間にかバールは捨ててしまっていた。

 だからこそ、突然現れたそれをどうすることもできなかった。

 あの時と同じように、それは人のように見えた。

 私はあの日から、全てが良くなった。

 今回もいい事だろうと、根拠もなく思っていた。



 突然、相方が私を突き飛ばした。

 私は動揺した。

 相方に嫌われてしまったのかと思った。

 でも違った、相方は私を守ってくれた。

 人型に見えた何かが、相方の胸を貫いた。



 私は意味が分からなかった。

 分からなかったけど、無意識に私は後退りした。

 死にそうになってる相方を前に、後退ることしかできなかった。

 それでも相方はこちらを向いていた。

 私がそれに気付いたと分かると、いつものように笑ってくれた。

 次の瞬間、人型の何かが相方を潰した。



 気が付くと、私はまた歩いていた。

 どこを目指しているのかはわからなかった。

 ただ、喪失感と共に、歩き続けた。



 たまに、遠くに人のようなものが見えたりした。

 でもよく見てみると、それは人じゃなかった。

 相方を殺したのと同じ、人型の化け物だった。



 戦おうとは思えなかった。

 もし相方がまだここにいたのなら、彼女を守るために戦えたかもしれないけど、相方はもういなかった。

 でも、なんだかんだ死ぬのは怖かったから、隠れた。

 生きるために食事もとったけど、ほとんど吐いてしまった。



 そうしてまた、生きている意味が分からなくなった頃だった。

 私は、既視感を覚えた。

 そこには、ドームのような建物があった。

 ドームのような建物がある、道路だった。

 相方と、初めて会った場所だった。



 私は、最初は道路を調べていた。

 もしかしたら何かあるかもなんて根拠もなく思いながら、調べまわった。

 結論から言えば、何も無かった。

 ドーム以外には、何も無かった。



 私は、ドームの中に入った。入り口は開いていたというより、壊れていた。

 ドームの中もぐちゃぐちゃで、そこらじゅうに傷や瓦礫や赤いものがあった。

 怖かったけど、私は進み続けることができた。



 やがて、一つの部屋に辿り着いた。

 赤色に染まった部屋の真ん中に、大きな何かがあった。

 部屋の中心にまた一つの部屋があった。

 入り口はさっきと同じように壊れていたけど、それの中は青色に光っていた。

 まるで入ってくださいとでも言うかのように、不気味に光っていた。



 私は帰りたかった。

 帰りたかったけど、帰っちゃいけない気がした。

 何が起こるかはわからなかった。

 もしかしたらこれはだだ漏電しているだけで、足を踏み入れた瞬間感電して死ぬかもしれなかった。



 でも、そう思った瞬間、私は怖くなくなった。

 明確に死を意識した瞬間、思った。

 どうせもうずっと一人なのだから、別に死んでもいいか、と、思った。

 そうして私は足を踏み出した。



 ---



 意識が曖昧だ。

 何も思い出せない。

 正しくは、誰かを探していた気がする、ということだけ覚えている。



 私はどうしようもなくだるい全身で、無理やり歩き出す。

 とりあえずここからでなければいけない気がしている。

 この道はなんだか赤くて、瓦礫まみれで、傷がところどころについている。

 不気味だけど、恐怖は感じない。



 とにかく誰かを見つけなければと思う。

 思うままに、歩き続ける。

 歩き続けると、出口が見える。

 出口を抜けると、道路が見える。



 外に出る。出た。

 出たけど、なにをすればいい?

 私は、なぜここにいる?



 原因不明の虚脱感と、喪失感に襲われる。

 私は何かを失ってしまったのだろうか。

 だとしたらそれはなんだ?

 だとしたら、なぜ思い出せない?

 なぜ、私は、ここにいる?



 意味不明に悲しくなって、理解不能な涙が流れる。

 視界がにじんで、目をこする。

 うずくまって、こすって、こすってこすっても、涙が止まない。



 でも、そのうち、一瞬見える。

 涙を拭ったその一瞬で、それが視界に移りこむ。

 道路の先に、人がいる。

 呆然とその人を眺めていると、あちらもこちらに向き直る。



 その瞬間、わかった。

 私はこの人を探していたのだ。

 記憶が曖昧でも、その顔だけは覚えていた。

 大好きだったその顔だけは、覚えていた。

 私の相方の顔だった。



 やがて、彼女は私に話しかけてくれた。

 おぼろげな記憶にある相方とは少し口調が違った気がした。

 でもそんな事はどうでも良かった。

 彼女の口調が違っても、私がいつも通りにすればいいのだ。



 そう思って私は、できるだけフレンドリーに言葉を返した。

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今日相方が死んだ。 ビーデシオン @be-deshion

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