ぼくはみたんだよ
ぼく、いつもクマのぬいぐるみを抱えていただろう。違う。きみが言っているのはイヌのぬいぐるみだ。阿呆。
とにかく、ぼくはいつもクマのぬいぐるみを抱えていたんだ。そう。いたんだ。
その朝、目が覚めていつも通りクマにおはようのキスをしようとしたんだ。そしたら、クマの目玉がなかったんだよ。あのピカピカで、ビー玉みたいにくりくりした目玉が、すっかり無くなっていたんだ。
かつて目玉があった場所は、窪んでいて、それはまるでへその穴のようだった。ほじくればほじくるほど、頭がおかしくなるんだ。
ぼくは先ず目玉を探すことにしたんだ。けれど、ベットを探しても、枕の下を探しても、床を探しても、全く見つからないんだ。変だよね。
そのとき、ぼくは二階建ての一軒家の二階に住んでいるんだけれど、外の方から、
「おうい」
と呼ぶ声が聞こえてきたんだ。
ぼくはなんだか知らない。なんだか知らないけれど、その声はとても恐ろしいもののように感じたんだ。だから答えちゃいけないと思って、無視をして、目玉を探し続けたんだ。そしたら、外から変な音が聞こえてきたんだ。一寸きみ、目頭を指の先で弄ってくれないか。違う、ぼくのではなくきみの目頭を自分で触るんだ。阿呆。
クチュクチュと鳴るだろう。丁度そのような音が、いや、音は比べ物にならないくらい大きいのだけど、それが外から聞こえてきたんだ。
ぼくはもう恐ろしくて、恐ろしくて耳を塞いだんだ。しかしその音はぼくの手を貫通して左耳から入ってきたかと思うと鼓膜を貫通して右耳の鼓膜を内側からノックして返事を待たずに扉を開けて出ていった。
どのくらい経ったんだろう。
気付いたら音はやんでいて、腕に抱いていたはずのクマのぬいぐるみが無くなっていたんだ。
やけに静かだった。
ぼくはもう不安で不安で堪らなかった。ママに助けを求めようと、部屋のドアを開けて1階に降りようとしたとき、後ろの窓からボフッ と何かが落ちる音がした。
しまった。窓を開けていたのだった。そう後悔しながら後ろを振り返ると、そこにはぼくのクマのぬいぐるみがあった。外から投げ込まれたようだった。ぼくはしばらく待って、なにも起きないことを確かめると、クマにかけよって抱き上げた。
外から投げ込まれたクマのぬいぐるみはね、たしかにぼくのものだった。けれどぼくのものではないとも言えるんだ。目玉はあったんだ。けれどそれはあのピカピカで、ビー玉みたいにくりくりしたクマの目玉ではなかったんだ。人間の目玉。それがすっぽりとはめ込まれていたんだ。
そのとき、後ろのドアから声がしたんだ。
「おうい」
ぼくは恐る恐る後ろを振り返った。
そこには、おじいさんが立っていた。どこにでも居そうな、おじいさん。だけど、ぼくは怖くて怖くて、しばらく固まって何も言うことが出来なかった。おじいさんはピクリとも動かず、じっとこちらを見つめているだけなんだ。そして気が付いた。シワだらけの顔にあまりにも異質な存在である「それ」。ぼくのクマのぬいぐるみの、ピカピカで、ビー玉みたいにくりくりした目玉を、かつて本物の目玉があったであろう窪みに、はめていたんだ。
その後どうしたかって?いや、それが全く覚えていないんだよ。気付いたら、ぼくはクマのぬいぐるみを腕に抱えたままドアの前に立っていたんだよ。もちろん、クマのぬいぐるみに人間の目玉なんてはまっていなかった。だけど、クマのぬいぐるみの目玉は、見つからないままなんだ。
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