第52話

 息が荒いヴェインに、リーフィが小走りで近づいていく。後ろに下がっていたフェリカなんぞは「終わりましたか!?」と頭を抱えたまま辺りを確認している。

 俺は本から手を離したものの、先へ続く通路の、その奥から吹き込む冷えた嫌な風に「ガレリア」と目で示してみせた。


「ヴェインを担げるか」

「嫌って言ったら?」

「無理にでも背負わせる」

「ふふ。聞くだけ無駄じゃない、それ」

「体裁だ」


 剣を杖代わりに膝をつくヴェインと、寄り添うリーフィ。その二人を追い越すよう少し先へ進んでから、俺は片膝をつくように屈んだ。仕方なしに本に軽く触れ、空いている手を床へとつく。


「索敵」


 その単語を口にした瞬間、本が黒く光り、その光は床についた俺の手を通して遺跡へと広がっていく。

 ひんやりしていた指先はすぐに熱を持ち、それは俺自身を焼くほどに熱く体内を駆け巡っていく。


『裁け』

「くっ……」


 突如頭に響いた声に顔をしかめた。その声は次第に大きくなり、気を抜けば呑まれそうだ。だから月が欠けていく期間に、能力を使いたくないというのに。


「ディアスちゃん……」


 いつもはおちゃらけてばかりのガレリアが、珍しく不安げな声を上げた。俺はいいから早くヴェインを担げ、阿呆。

 俺は体内の熱を下げるように息を深く吐ききってから、静かに目を閉じた。途端、脳内に広がったのはこの遺跡の内部だ。いや、厳密にいえば、この秘密通路の少し先か。

 百メートル先、マッドモスキートの群れがある。やはり先ほどのあれは、群れの餌を取りにきた先兵だったようだ。卵があるところを視るに、それなりに大きな群れらしい。


「……ぅ」


 ずきりと頭が痛み、俺はそこで視るのをやめた。額から汗が滑り落ち、ぽたりと床に染みを作る。それを手で払うようにして隠すと、何事もないように立ち上がった。


「先に、マッドモスキートの群れがある。流石にあれは俺が」

「ま、待ってください!」

「ぐ」


 そうフェリカにコートの端を引っ張られ、俺は足をそれ以上出すことが出来なかった。つうか、さっきまで後ろで震えてただろうに……。


「フェリカ、離せ」

「嫌です!」

「コートが破れる。買うにも直すにも金がいるんだ」

「着なきゃいいだけです!」

「お前と一緒にすんじゃねぇ!」


 とにかく、離せと言わんばかりにフェリカの手を叩く。それでも皺がつくほどにきつく握りしめていたため、仕方なく指を一本ずつ引き剥がすことにする。


「ほら、離せ」

「いーやーでーすー! だってディアスさん、コアが安定してないですよね!?」

「……」


 これだから優れた魔法士や法術士は嫌いなんだ。奴らはその研ぎ澄まされた感覚で、相手のコアの波、というか波長を感じ取り、異変を察知してしまう。こちらが隠していても、だ。

 フェリカにすらわかるということは、もちろんリーフィにもバレているだろう。案の定ちらりとリーフィを見れば、こちらを見つめるリーフィと目が合った。

 もちろん、すぐに目を逸らされてしまったが。


「これぐらい問題ない。だから大人しく」

「駄目です! 安定してない状態で無理しちゃ駄目です!」

「……わあったよ」


 言われたことに納得したわけではない。

 それでも、ここまで必死に引き止められて格好をつけたいと思えるほど、俺はもう子供ではなかった。

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