第46話

「うわあああん、助けて! ディアス、ディアスぅぅううう!」


 遺跡のトラップに引っかかった紅髪の少年が、水蔦に足を取られ、地面に突っ伏しそう叫んだ。

 あぁ確か、そうだ。これはが十五の頃だ。能力が開花した俺は、あるめいを受け、当時の仲間とともにここへ潜り込んだ。

 この紅髪、紅目の少年ガキは、ジルコ、という。


「ふ、騒がしい雑魚が。この俺に助けを乞うとは、それなりの覚悟があって……」


 己の能力に過信していた俺は、ジルコが助けを呼ぶのに気を良くし、その迫りくるトラップを処理するのも後に、片目を覆うようポーズを決め「焦るな」とため息をついたのを覚えている。


「いいから! 早く! ねぇ!」


 このトラップ。床のスイッチを踏むと水蔦が絡みつき、部屋の床がせり上がるというものだ。このまま何もせずに待てば、間違いなく天井と床の間に挟まれ、俺もジルコも潰されるのは目に見えている。


「俺にかかればこれぐらい」

「うわあああ!? 加速してない!?」


 言われて気づく。確かに、心なしか最初と比べてせり上がる速度が上がっている。

 そこで慌てればいいものの、あろうことか、この期に及んで俺はまだ余裕だとばかりに本を開くことはせず、今と同じように腰から下げた皮表紙に軽く触れただけだった。


「ま、まぁ、これぐらい本を開くまでもない。石柱せきちゅう!」


 本来、本を開いてあの長ったらしい台詞とポーズをするのだが、これまた舐めていた俺は、その自分で定めた行程をすっ飛ばし、石の柱が出てくる魔法を口にした。

 結果は散々だった。

 上手く能力の制御が出来ず、俺の放ったそれは、ジルコの足元から発生したのだ。視界いっぱいを埋め尽くすような、ジルコと同じ紅色は、仄かに光る壁や床には、とても不釣り合いだな、なんてぼんやりと考えていたのを覚えている。





「――ッ」


 嫌な感覚で目を開ければ、隣に並んで座るガレリアが、俺を心配そうに覗き込んでいた。


「……なんだ」


 なるべく息を粗くせず、平静を保ちながら息を吐いた。辺りを見れば、寄せ集めの木や葉でつけた炎が、壁にゆらゆらと俺とガレリアの影を映し出していた。横になったままの他三人の背中が規則的に揺れているのを見るに、どうやら起こしてはいないようだ。


「貴方でも眠るんだなぁって思っただけよ」

「俺はれっきとした人間だが。寝るし、食いもする」

「そうみたいで安心したわ」

「なんだそりゃあ」


 それにしても、こんなところで寝るなんてらしくない。さらに夢なぞ見るなんて。

 場所だ。場所がいけないのだ。だから俺は”風舞う国“から出たくなかったのに。


「やけにうなされていたようだけど? やっぱり、そういう立場になると色々あるのかしら」


 さらに顔を寄せてきたガレリアを「静かにしろ」と押しのけ、俺のほうから少し距離を取った。ガレリアが「口でも塞ぐ?」と笑うのをため息で返してから、


「悪かったな」


と壁に背を預け、天井を仰ぎ見た。昔と比べ随分と剥げ落ちていたが、まだまだ賊や傭兵が盗りに来るには困らないだろう。


「見ていてくれたんだろう? あとは俺がやる。お前も寝るといい」

「えぇ? 結構楽しかったんだけど。ディアスちゃんの寝顔が可愛くて」

「それは明日にでもヴェインに言ってやれ」


 ガレリアは嘘か真か、もう一度「えぇ?」と声を上げたものの、腰を上げると火の近くまで歩いていった。日が昇るまでは時間がある。

 昔の記憶を思い起こしながら、さて明日はどこを通るかと息をまた吐いた。

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