第19話
夕食だろうか。魚を焼く匂いが鼻を
金製の全身鎧を着込んだ兵士、いやあれはもっと上の、騎士が手にできるご立派なものを着た男が何か叫んでいるようだ。周囲にはご丁寧に、銀製の鎧を着た兵士、さらには金色のローブを着込んだ魔法士たちが控えている。
「――がいるのはわかって――」
“金”というのは、それなりに権威ある奴しか身につけることが許されない。ならあいつらは、この国の重鎮に違いないだろう、関わるのは避けたほうが無難だ。
探し人か、もしくは新しい女を調達しに来たのか。何にしろ、俺には関係がないことだ。
「……休むか」
雨風に当たらないだけマシだと、ベッドに横になるためカーテンを閉めかかった時だ。一人のガキが、騎士の前に両手を広げて立ち塞がった。
先ほど睨んできた、あのガキだ。確かこの宿の息子と言ったか? 騎士に楯突くなぞ馬鹿のすることだというのに。
俺はカーテンを閉め切り、サイドテーブルに置いた本を腰のホルダーへ仕舞う。ヴェインが「んん……?」と
「ヴェイン、もう夕飯出来た……?」
「いや。ここがカビ臭くてな、外の空気を吸ってくるだけだ。時間になれば起こしてやる」
「そっかぁ、じゃ、おやす、み……」
気絶するように再び眠り始めたヴェインに、俺は小さく「あぁ」とだけ返し、足早に廊下へと出た。隣から聞こえる軋みは、きっと宿が古いからだろうと言い聞かせ、怒号聞こえる外へと足を運んだ。
「母ちゃんを返せ!」
予想通りのその展開に、宿から出た俺は心底面倒くさそうにため息を吐き出した。ただ先ほどと違うのは、ガキを庇うようにあの店主が立っており、それをゴミを見るような目で、騎士が舌打ちをしたことぐらいか。
「ガキ、もう一度言う。お前の母親は、お前のために、我らの領主アークベルト様の元へ来たのだ。実際どうだ、そのお陰でこの村はまだ存在出来ているだろう?」
「嘘つけ! オレ知ってるんだからな! お前たちがお金を巻き上げて、オレたちを苦しめてるって!」
「このガキ、言わせておけば……!」
「すすすすみません、騎士様! 息子は、息子だけは、ふぐっ!?」
騎士が店主の顎を蹴り上げた。店主のそれなりに割腹のいい身体が宙に浮かび、そのまま雨上がりのぬかるんだ地面へと沈む。
「と、父ちゃん!」
「うぐ、うぁ、ああ……」
店主に縋りつくガキを横目に、騎士が「あー」と自分の鎧を見やった。
「汚れたじゃないか、どうしてくれる? この村ごと消してやってもいいんだぞ?」
すごむ騎士の目に、嘘も躊躇いも感じられない。あんな小さなガキでは、何も言えは――
「こ、この……皆を……母ちゃんを返せ! お前なんか、怖くないんだからな!」
「こンのクソガキィ……! いいだろう、光栄に思え。先にお前を消してやろう」
騎士の目が血走り、腕の筋肉がボコボコとせり上がってくる。それに呼応して鎧が外れていき、上半身が全て晒されていく。元の三倍はあるだろう鍛えられた肉体が、怒りを表すかのようにピクリと動いていた。
両手を組んだ騎士が、ハンマーを振り下ろすが如く、ガキに狙い定めた。
「チッ」
無意識のうちに俺は走り出す。指先を微かに本へ伸ばすと、その漆黒の皮表紙が輝きだした。
「よく吠えた、ガキ。いや、ハルト」
騎士の両手は少年に降ろされるよりも前に、間に立ち塞がった俺によって、その両手をへし折られていた。
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