ボクのお嫁に

@d-van69

ボクのお嫁に

 目の前には芝生が広がり、そこで4歳になる娘が一人で遊んでいた。広げたレジャーシートの上で、お気に入りのぬいぐるみを抱いたり寝かせたりしている。少し離れたベンチに妻と並んで腰掛け、その様子を微笑ましく眺めていた。

 気がつけばいつの間やら男の子がそばにいた。どこから来たのかとあたりを見渡すが、親らしき大人の姿は見えない。娘と同じ歳くらいだろうか。その子は躊躇いもせずに娘に駆け寄ると、親しげに笑い合った。

「おいおい。誰だあいつ」

 俺の疑問に妻が答える。

「ああ。よくこの公園で会う子ね。どこの子か知らないけど、仲良くしてるみたい」

「どこの子かわからないって、そんな無責任な」

 目くじらを立てる俺に、妻は呆れた表情を浮かべる。

「いいじゃない。子供同士仲良くしてんだから。それに、この公園だけの友だちみたいだし、そんなに気にしなくていいわよ」

 彼女が言っている間に、少年は靴を脱いでレジャーシートに上がった。娘の隣に腰を落ち着けると、肩を寄せ合い一緒に人形遊びを始めた。おままごとなのだろうが、その雰囲気はまるで新婚夫婦のようだ。

 男親として、その光景は看過できるものではなかった。

「なんだあいつ。馴れ馴れしい。追っ払ってやる」

 言うと同時に立ち上がる俺の後を妻が追いかけてくる。

「よしなさいよ。子供の遊びでしょ」

「遊びでも娘に勝手に近寄るやつはダメだ」

「もう。今頃からそんなんじゃ、先が思いやられるわよ」

 子供たちに近づくにつれ、二人の会話が聞こえてきた。

「ねえ。大人になったら、ボクのお嫁さんになってくれる?」

「うん。いいよ」

「約束だよ」

「うん。指きりしよ」

 俺に無断でそんな約束を。頭に血が上ると同時に、不意に子供の頃の記憶が脳裏に甦った。

 思わず足を止めた俺の顔を見て、妻が怪訝な表情で問いかける。

「どうしたの?」

「いや。あの子たちの会話を聞いていて、急に思い出したんだよ」

「なにを?」

「幼稚園の頃、仲のいい女の子がいてさ。いつも一緒に遊んでた。ある時、俺も彼女に言ったんだ。お嫁さんになってくれって」

「それで、その子はなんて?」

「もちろん、OKしてくれたよ。でもさ、引っ越しちゃったんだよね。それからすぐに」

 名前はなんて言ったっけ。ミホ、ミカ、ミキ、ミク……。そうだ。ミクだ。と、そこでようやく気付いた。ミク。妻と同じ名前じゃないか。

 そう思いながら彼女を見た。

 虚空を睨んだまま、ミクは一切の感情を失った表情でぽつりと言った。

「やっと、思い出してくれたのね」

 それから俺へと視線を移し、怪しげに笑った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ボクのお嫁に @d-van69

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ