松島 緋奈子の視点
「わかりました」と男性社員が口を開き続ける。
「今の時代にそぐわない考え方だと思いました。特に部下の人も男女平等の観点から考えてもアウトでしょう。もっと女性の権利を尊重するよう考えを改めるべきだと思いました」
東さんは思ったことを素直に答えて欲しいと言ってたけど、この男性はあきらかに東さんを意識し、私や女性社員に気を使った回答をしているんだと感じた。
違う、東さんが求めているのはそういった行動倫理ガイドブックに載っているような模範回答ではないのと私は心の中で呟いた。
「その通りだね。典型的なセクハラだ。ハラスメントのケーススタディでもここまでわかりやすいものは出ないだろうね」東さんは軽く頷く。
東さんは否定をしない。求めているものと違っても、それは東さんの頭の中にある『一般的見解』フォルダへと収められ、そこにある膨大なデータの一部として活用されるんだ。
「じゃあ次は」そう言って東さんは女性社員を指名した。
東さんに悪意はないだろうけど、この女性社員も一般的な回答をすると踏んでいるんだと思う。きっと次に指名されるのは私、一番聞きたいあっくんの答えは最後のお楽しみにとっておくのだろう。きっと、東さんはケーキを食べる時にイチゴを最後にとっておくタイプね。
「まず私は不快に思いました。力仕事は男性にかないませんが、女性の方が活躍できるステージだってあると思います。これだけポリティカルコレクトが叫ばれている世の中であの二人の考え方は時代錯誤そのものです」
彼女も女性であるが故に、さっきの会話は不快以外の何者でもなかったという思いが伝わってきた。私だってそう。
でも、これも違う。ニュースで聞くような用語を入れても結局さっきの男性社員と本質的なことは変わらない。
東さんはしっかりと耳を傾けて聞いているけど、その表情に変化はない。
「確かにそうだね。今は性別だけでなく、宗教を考慮してモスク(礼拝所)まで備える企業もあるくらいだから、時代遅れな考えであるというのは否めないね」
彼女の意見も「一般的見解」フォルダにドラッグされた。
だけど、私自身何を答えていいかわからない。あっくんは何と言うのだろう?何か一般的なものとは違う回答を考えないと。
「ヒナちゃんの意見も聞かせてくれるかな?」考えがまとまらないうちに私の番が来た。
「んーと、テレビとかでよくハラスメントのニュース見たりするけど、この二人もそのうちセクハラ、パワハラで訴えられるんじゃないかなーって」
私の答えに新入社員の二人はクスリとした。やってしまった。我ながらバカっぽい答えに顔が赤くなる。
そんな思いとは裏腹に、東さんの表情に変化が見えた気がした。
「その通り、スキャンダルは企業のイメージを著しく低下させるからね。株価が下がれば株主にも迷惑がかかる。課長というものは会社側に立つ人たちだから、こう言った場所でああいう会話も避けるべきなんだ」
意外にも私の答えは東さんの興味をひくものだったみたい。何のフォルダかわからないけど、別のフォルダに入れられた気がした。
「信くんはどうかな?」
とっておいたイチゴの番がきた。
「僕はあの会話の中から、ひとり社員に選ぶなら課長の奥さんにすると思います」
新入社員二人は驚きの表情を浮かべた。東さんの目も、それこそ求めていた回答だと言わんばかりに輝いていた。
「面白いね。続きを聞かせてもらえるかな?」
「まず、課長は論外です。いつもそうなら自分がガスの元栓を確認すればいいし、ケータイ持ったかと聞けばいい話なんです」
そういう見方があったんだと私は感心した。
「部下の人は戦場だと言っていましたが、この二人が指揮官なら部隊は全滅ですよ。でも、奥さんは言われたことをやってくれるわけでしょ?」あっくんは当たり前のようにそう答えた。
「やっぱり君は面白いね」
東さんが美味しそうにイチゴを頬張っている絵が見えた。
「さて、兄さんから聞いたけど、辻呉服店の件でも協力を求めることになってしまってすまないね。僕は戻らないといけないけど、必要なことがあればいつでも言って欲しい」
「わかりました」とあっくん。
「私も頑張ります!」
東さんは「期待してるよ」と微笑んだ。
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