本題
「わー、こっちもステキですね。大人の雰囲気で女子は絶対好きですよ」
「気に入ってもらって嬉しいわ。さぁ、座って」
「さて、どこから話そうか」
「何か深刻なことでも?」
慎重に言葉を選ぶ東さんの様子に思わず僕は尋ねた。
「既に話した通り、僕たち三人は協力して会社を成長させた。それで今、東海地方から北陸地方への進出を計画してる」
「すごい、着々と事業拡大してるんですね」とヒナ。
「おかげさまでね、ただこの業界にも縄張りみたいなものがあって、よそ者が土足で踏み込めるものではないんだ。そこで加賀を本拠地とする、かつて業界トップだった前田建設にアプローチした」
「僕は加賀で前田というと前田利家を連想します」
「末裔というわけではないよ。でも前田利家も名古屋から加賀へ移り住んだわけだから因果的ではあるね。話を戻そう、それで大樹兄さんが対応にあたっていて、順調に進んでいたんだけど問題が起きた」
「問題?」僕とヒナが声を揃えて聞く。
「お待たせしました」ウェイターがデザートとコーヒーをサーブしにきた。東さんは全員に行き渡るまで待って話を続けた。
「単刀直入に言うと盗難事件なんだ。被害額は百万円」
「警察には届けてあるんですよね?」と僕。
「前田社長は業界トップに返り咲くことを狙っている。犯人が関係者ということもあって新聞沙汰は避けたいそうだ。それで内々に処理しようという腹積もりなんだろう」
「犯人が誰だか分かっているんですか? あ、まさか大樹さんとか」ヒナが冗談なのか本気なのかわからないトーンで聞く。
「そうではないんだ」東さんがおかしそうに言う。
「犯人は、前田建設で兄さんの窓口となっていた秘書の中村さんと結論づけられた」
「証拠があるということですか」
「まぁそんなところだね。証拠が揃いすぎているということだよ。それで、中村さんを解雇して、そのまま業務提携の話を進めるという話になったんだけど、兄さんが待ったをかけた。中村さんが犯人であるはずがないとね」
「何か確信があるということですか?」僕は疑問を口にした。
「残念ながら何もない。そこで社長は条件を出した。ゴールデンウィーク明けまでに中村さんの潔白を証明してみせろと。そうすれば中村さんは今まで通りで業務提携の話も了承する。できなければ白紙とね」
「もうわかるわね、そこであなた達の力を借りたいの。大樹兄さんを助けてあげてもらえないかしら?」梢さんが持っていたカップをソーサーに戻して言う。
「生憎僕も梢もしばらく手が開かなくてね。報酬は日給1万円、食費、宿泊費、交通費、その他必要なものは別途支払う。忙しいところ悪いけど、どうだろう」
「行きます行きます!何にも予定なさすぎて困ってたんです。ね、あっくん?」
「ヒナ、遊びじゃないんだよ。僕は探偵じゃない。安請け合いして解決できなければ申し訳が立たないよ」
「その点は心配しなくていいよ。こちらも無理なお願いをしてるのは分かっているからね。先方も大事になるのは歓迎していないから探偵を雇うわけにもいかない。どういう結果になってもいいから何とか引き受けてほしい」
「私からもお願い」
僕が何とかできるものかと不安があったが東さんと梢さんに頼まれて、断ることができなかった。
「わかりました。期待に応えられるかお約束はできませんけど全力を尽くします」
「ありがとう、じゃあまた詳しいことはメールで連絡するよ」
僕たちは森文をあとにした。
「さて、どうなることやら」東が梢に向かって言う。
「そんな心配してないでしょ」と梢は返す。
「顔に書いてあるわよ。あの子たちなら大丈夫って」
「梢もそう思っただろ?」
「まぁね」
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