プロローグ

 大学生になって初めてのゴールデンウィークが目前に迫っている。ウキウキする気持ちとは裏腹に懐具合はよろしくない。

「働けど働けどなおわが生活くらし楽にならざり、じっとサイフを見る」思わず心の声が口をついて出る。

「あっくん、何くだらないこと言ってるのよ。ねぇゴールデンウィークはどっか行こうよ」とヒナが言う。

「そうしたいのは山々だけど、バイトもしなきゃだし」

「えー、そんなんばっかじゃん」

 ヒナこと松島 緋奈子ひなことは2年前のバイトで知り合った。そこで行われたイベントを通じて親密になり、こうして今も付き合っている。

「そういえば、あっくんはサークルどこ入るか決めた?」

「ESS (英語サークル)にしようと思う」

「あっくんって前に英語苦手って言ってたよね?」

「うん、ほらあずまさんにあの時言われた言葉が響いてね」

「知らないまま終わらせるか、そこに探究心を持つかで、人は大きくも小さくもなるみたいなのだったっけ?」

「そうだね。どんなことでも知っている方がいいし知識は盗まれることもないしね」

「なんか、懐かしいね。結局東さんたちはうまくいったのかな」

「うまくいってるんじゃないかな。あの後、社名がフォレスト エステートになってたよ。東さん、こずえさん、大樹ひろきさんがタッグを組んだんだと思った」

「めでたしめでたしね。ねぇ、とりあえずお茶でもしよ」

「ちょっと待って電話だ」

 そう言ってスマホを見ると、小林建設と表示されていた。フォレスト エステートに変更する前の社名だ。以前バイトを申し込んだ時に登録してそのままにしてあったようだ。

「もしもし」

明壁あすかべ あきら君のケータイでよかったかな?」

「もしかして、東さん?」

「久しぶりだね、番号変わってなくて良かった。以前使った会社の電話からかけた方が出てくれるかと思ってね」

「え、東さん? あっくん、ちょっと替わって」

「東さん! お久しぶりです!」

「おっと、その声は猫ちゃんかな」

「もうその呼び方はやめてくださいよー。私、あの時すごくドキドキしてたんですよ」

「ごめんごめん、じゃあヒナちゃんと呼ばせてもらうよ。でも、君がいるのもちょうどよかった。スピーカーモードにできるかな?二人に話しがある」

「ちょっと待ってください。えーと、はいOKです」

「君たちも察しているかもしれないけど、あの後僕らは三人で会社を引き継いだんだ」

「僕たちもちょうどその話しをしてたんですよ」

「奇遇だね。それで、おばあちゃんの目に狂いはなかったよ。得意分野が異なる僕ら三人の力が相乗効果となって会社を急成長させた」

「おばあちゃんって、布留ふるさん、じゃなくてえっと双葉さんですね」と僕。

「どちらでも好きな呼び方でいいよ」東さんがおかしそうに言う。

「あー、私なんだか布留さんに会いたくなっちゃった」

「残念だけど、おばあちゃんは亡くなったよ」

「え、ごめんなさい、私ったら」

「いいんだよ。これも話そうと思っていたことだしね。『タネから芽吹いた双葉はなつめという大木になり、そこから生まれた木々達が森を育む。なんて素敵な人生でしょう。もう思い残すことは無いわ。これもあの子たちのおかげね』これがおばあちゃんの最後の言葉だったよ」

「布留さん」ヒナが涙ぐむ。

「さてと、今回電話したのはちょっとしたお願いがあってね」

「お願い?」何だろうと思って僕は尋ねた。

こずえがレストランをプロデュースしてね、そのモニターを頼みたいんだ。僕的にはいいセンいっていると思うけど、身内贔屓みうちびいきがあるかもしれないからね。それで君たちにディナーコースを食べてもらって、味や店の雰囲気含めて意見を聞かせて欲しいんだ。報酬は1万円。どうかな?」

「行きます!ね、あっくん」

「僕はそういうことうといんですけど大丈夫ですか?」

「問題ないよ。全てのお客様が精通してるわけじゃないからね。色々なデータをとって多角的に分析したいということだよ」

「僕たちでよければ是非。いつですか?」

「できれば早い方がいいんだけど、明日の夜でどうかな?」

「私は大丈夫です」

「僕も」

「じゃあ詳しいことはショートメッセージで送るから僕のケータイ登録しておいてくれるかな」

「わかりました」

「それじゃ当日に」

 そう言って電話は切れた。

「ディナーなんて楽しみね。いつもファミレスばっかだし」

「お金ないからね。でも僕は東さん達に会うのが楽しみだよ」

「よーし、じゃあ私美容院行ってこ。東さんから連絡きたら私にも連絡先教えてね。私のも教えといていいから」

「わかったよ」

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