8.二年後

「キリ、最近の調子はどうだ?」

「いきなりだな。ぼちぼちってとこだな。そういうライトさんは?」

「絶好調とまではいかないが、いい方だ。最近は忙しさも減って、休めるようになったからな」


 こうして、君と食事に行けるぐらいには。とアイオライトはくすりと笑う。

 襲撃事件から二年後の今日、桐谷はアイオライトから「食事でもしないか? 家族で外食だ」と言われ、明らかに高級そうな見た目の店に来た。

 普段外食をしないアイオライトの選んだ店に珍しさを感じた桐谷は、アイオライトの笑みに答えるようにニコリと微笑んで食事に目を落とす。

 少し豪華な料理が桐谷とアイオライトの前に置かれていた。料理を一口食べてから少し間を置いて「……美味しい」と桐谷は呟いた。


「こんなとこ、どうやって見つけてきたんだ。アンタ普段外食なんてしないのに」

「みんなに教えて貰ったんだ。キリと食べに行きたいと相談したらここをおすすめされてな」

「へえ、そうなん……ん? 今みんなって……」

「ん? みんなだ。俺の部下達だ。知ってるだろう? あいつら凄かったぞ。キリにいいものを食わせてやろうって張り切ってな」

「あの微笑ましそうに俺を見ていた理由はそういうことか! あぁぁぁ嬉しいのに恥ずかしい気持ちがぁぁ……」


 ここに来る前、兵士のみなが桐谷を微笑ましそうに見ていた事を思い出した桐谷は顔を赤らめ頭を抱えた。そんな桐谷を見てアイオライトは声をあげて笑い、桐谷の頭を撫でた。


「ははは! みな君を案じてるんだ。素直に嬉しいと思えばいい」

「俺より他の奴の方を心配しろよぉ……なんで俺を……」

「そういうことを言わずに素直にみんなの好意を受け取りなさい」

「……ぁりがとう」


 小さく呟いた桐谷の発言が耳に入ったアイオライトは「戻ったらみんなにも言ってやりなさい」と微笑み、撫でる手を納めた。

 こくりと頷き、桐谷は顔を赤くした状態で料理を食べ進める。

 その後はアイオライトと共に雑談に花を咲かせた後、店から出た。


「ああそうだ。キリ、戻ったら渡したい物がある」

「今じゃないのか?」

「失くすのが怖くてな。事務室の引き出しに置いてきた」

「ふぅん……。――父さんのプレゼント、楽しみにしてる」

「っ! あぁ、楽しみにしてなさい」


 ニヤリと子供のような表情をして桐谷はそう呼んだ。

 初めて桐谷に父と呼ばれたアイオライトは少しの間驚いた表情をした後、顔を緩めて幸せそうな表情をした。

 だが、そんな幸福な二人を切り裂くように絶望の音が奏でられた。




『開始』




 ――パリンッ!!!!!!


「――は?」


 何かが割れる音が桐谷達の耳に入った。空を見るとキラキラと光っているガラスのような欠片。それがポロポロと壊れている様子だった。

 同様に空を見上げたアイオライトはガラスの様子を見て「どうして」と小さく声を漏らした。


「なんで、結界が」

「けっ、かい……」


 結界って、なんの……? と理解が追いついていない桐谷に、その理由を教えるように叫び声が桐谷の耳に入り込んだ。


「うわぁぁぁぁ!!! 魔物だぁぁぁ!!!!」

「ま、もの……」


 叫び声の方向を見ると、こちらに向かってきている複数の魔物の姿。

 同時にけたたましいサイレンの音が街中に響き渡り、周囲は混乱に陥った。

 

「クソッ!! 今までこんなことなかったのに。何が起きている!!」


 焦りながらアイオライトは剣を鞘から引き抜き魔物に向かっていく。

 対して桐谷はその場で立ち尽くしていた。目の前の光景に、あの時の光景が過ぎっていく。

 村を襲った魔物。みんなを殺した魔物。――家族を殺した魔物。

 憎しみが桐谷の心を占めていく。目を大きく開き、ギリギリと奥歯を噛み締める。

 

「――して、やる。殺してやる!!!!」


 そう憎しみに満ちた声を上げ、剣を引き抜き憎しみに飲まれたまま魔物に向かっていく。

 一体、二体、三体と魔物を次々切り伏せていく。殺さなくては、家族の仇。殺してやる。死ね、死ねよ!!!! と桐谷は無我夢中に魔物を切り伏せていく。


「貴様らぁ!! 一匹残らず倒せ!!! これ以上犠牲者を出すんじゃねぇ!!!」

「お前らは住民の避難を! そこのお前らはあいつら倒せ!!!」


 いくらか経ったあと、桐谷の耳に応援に来た兵士達の声が聞こえた。

 そうして兵士達は桐谷の周りにいた魔物を倒しながら住民の避難を始めた。

 そうして一度落ち着けるぐらいに片付いたところで一人の兵士が桐谷に近づいた。 


「キリ! 無事か?!」

「はぁっ、はぁ……俺は、俺があいつらを、あいつらを全員殺さないと……!!」


 息を整えている桐谷の前に先輩兵士が近づき声をかけた。

 桐谷は憎しみに支配された心で叫び、魔物を殺しに動き出す。

 それを先輩兵士が腕を掴んで止めた。


「落ち着け!! お前、傷だらけだぞ!」

「どうでもいい!!」

「どうでもよくねぇよ! 回復しろ!」

「うるさい!!!」


 手を振り解き、桐谷は走る。次の魔物を

殺すために。

 背後から桐谷を引き止める声を無視し、走る。

 そうして見つけた魔物を一体、また一体と殺していく。


「っい“!!」


 何度か殺したところで桐谷は痛みに顔を顰め、次の魔物を探しにいく前に立ち止まった。 


「くそ……」


 回復しないと支障が出ると思った桐谷は回復薬を取り出したところで、未来が脳内を過ぎった。

 桐谷の胸に刀が出てきた光景が。


「っ……――ぇ」


 桐谷はそれを見て未来通りにならないように振り向いて飛び退く。そしてこれから攻撃するであろうモノを見て、桐谷の思考は停止した。

 桐谷に瓜二つの男がそこにいた。色合いと服装と髪の長さが違うモノ。


「……未来視は正常に動いてるんだね。予想外だ」

「あ、お、ばら……?」

「やあ黒、久しぶり。君が人間になってから初めて会ったからー、十七年ぶりかな?」


 くすりと笑う真を見て、桐谷は「なんで」と掠れた声が漏れた。


「なんで、か。うーん、まあ、知らなくていいよ」

「俺を、殺すのか」

「いや? 実験の為にちょっと動けないようにするだけ」


 わざとらしく話す真の言葉に桐谷は目を見開く。


「実験、お前、知ってるのか」

「知ってるよ、僕は主の一番の道具だからね」

「っなんだよ、それ! 青、実験について教えろ! 主は何を企んでる!!」


 胸を抑え、目の前にいる片割れに桐谷は問いかける。

 桐谷の様子に、真はずっと浮かばせていた笑みを一瞬だけ崩し、苦しそうな、泣きそうな表情をした。

 初めて見た片割れの表情に桐谷は「青?」と名を呼んだ。

 呼ばれた真はすぐにいつもの笑みを浮かべて、淡々と言った。

 

「ごめんね。それは、言えない」

「青、お前何かされて――っ!?」


 片割れにも何かされているんじゃないか。と手を伸ばした桐谷に、真は斬りかかった。


「青!!!」

「おやすみの時間だよ、黒」

「まっ――」


 未来が何度も流れ、桐谷は未来を変える為に対処しようとしたが、呆気なく真に切り伏せられてしまった。

 崩れ落ち、血が口から出る。意識が落ちていく中、桐谷は片割れの名を呼ぶ。


「ごほっ、ゲホッ……ぁ、お」

『――』

「ごめん、すぐ向かう」

「ぃ……くな」


 手を伸ばす桐谷に視線を向けずに、真は白羽を出しその場から飛び去っていった。

 そして桐谷は意識を失った。







『記憶処理を開始します』







『処理完了』

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