6.不穏な気配
「隊長、入りますよ」
「……いつも言ってるが、入る前にそれを言え、で、どうした?」
アイオライトの元に向かい部屋の扉を開けながら言う桐谷に、アイオライトは呆れた様子で桐谷のほうを向いた。
「聞きたいことがあって」
「なんだ?」
「なんで今回に限ってヘルシーさん達の隊を迎えに行くようにしたんだ」
「――どういうことだ?」
桐谷の言葉にアイオライトは困ったような表情をした。その様子は何故その話を知っている? ではなく、桐谷の発言に対し意味が分からないといった様子だった。
「そんな話、した覚えはない」
「ファイスさんが『隊長から迎えに行け』と言われた。と言っていたんだが」
「ファイスが……? 少し待っていろ」
アイオライトは焦った様子で部屋から出ていった。桐谷は先程のアイオライトの発言を思い出し、嫌な予感がした。
ファイスの胸騒ぎ、アイオライトの覚えのない指示。何かが起きそうな気配が気がした。
そこで桐谷は一つの思考に辿り着いた。何かが関わっているんじゃないのか。と。
「……なら、なんのために?」
直後、バンッ! と扉が開かれる。そこから取り乱した様子のアイオライトが部屋の中に入り、机の引き出しから何かの鍵を取り出し、桐谷のことを気にも留めず部屋から飛び出していった。
そして暫くしてから部屋の外が慌ただしくなった。バタバタと走る音、兵士達の声が聞こえ、桐谷は廊下に顔を出す。
こちらに向かって走ってきている武装している兵士達。彼らの表情は焦った表情をしていた。
「あの、何があったんですか?」
「第四部隊の信号がなくなった! それに第二部隊の奴らが全員いない!」
「信号?」
「ここに来た時教えて貰っただろ! 魔法の一つだよ! 地図に居場所を示してくれる魔法! あれが消えたんだ!」
誰でも簡単に使える魔法の中に、自身の場所を地図に示してくれる魔法があった。地図上で赤く光るそれは普通消えることはない。それが消えるのは意識がなくなるか、死ぬかの二つだけ。
そして、ファイス率いる第二部隊が全員いない。アイオライトに話す前なら、迎えに行くんだからいないのは当然だろ……と思ったが、アイオライトに話しを聞いた今はそう思えなかった。
「それって……」
「おい!! なにもたもたしてる、早く来い!!!」
「っ……悪い! 話は別の奴に聞け!」
詳しく内容を聞こうとしたが、先に行っていた兵士の怒号が聞こえ、説明をしてくれた兵士は桐谷に謝って走って行った。
「どう、なってるんだ」
話を聞き、桐谷は地図がある部屋に向かう。
慌ただしい様子の兵士や、何が起きているのか分かっていない兵士。兵士達の様子は二種類に分かれていた。
部屋の近くまで行くと、数人の兵士が部屋にいた。中にいる一人が桐谷に気づき、振り向く。
「新人がどうしてここにいる」
「地図を見せてください、確認、したくて」
「……来い」
桐谷の青ざめた表情を見て、間をおいてから指をくいっと地図のほうを指し、兵士は桐谷を迎え入れる。桐谷は息を整え、一度長く深呼吸をしたあと地図に近づく。
広げられた地図の中、信号は一つしなかった。端を見ても、目を凝らしても、他に赤く光る物がなかった。
部屋にいた一人がある地点をトントンと指差す。
「第四部隊の消息が消えたのがこの地点。第二部隊は最初から記されていなかった。部隊長は魔法を使い場所を知らせるのが規則なんだが……第二部隊はそれをしなかった。あの真面目なファイスが、だ」
ファイスは任務や業務はしっかりとこなす為、周りから信頼されていた。
信用を落とす真似はするはずがないのだがな……。とぶつぶつと目付きが鋭い兵士がファイスの普段の様子を思い出しながら呟く。
「……こっちの動いてる信号は?」
「先程出発した第一部隊だ。隊長が魔法を使ってから出発したから信号が出ている」
「第二部隊は、ファイスさん以外も出ているんですか?」
「ああ、……全く、あいつらは何を考えているんだ」
「ファイスさんは、隊長に、ヘルシーさん……第四部隊を迎えに行けと言われたって言ってました」
「――なんだと? おい、誰かこの話を聞いたか?」
兵士の言葉に周りにいた同僚と思わしき者達は首を横に振り、知らない。と答える。
「それは本当にファイスが言ったのか?」
「そう、ですけど」
「……そうか。新人、お前は一度部屋に戻っていろ。お前じゃ何もできん」
「わ、かりました」
その言葉に桐谷は大人しく引き下がる。今の状態では行った所で無駄になるだけ。この五ヶ月でそれは嫌という程身に染みていた。古参な兵士に勝つことができない。動かし方を分かっていても、神の時と同じようにはいかない。だから、桐谷は何かしたいと思っても、大人しく引き下がるしかなかった。
不安な気持ちのまま個室へと向かい、部屋の扉を閉めてその場に座り込み力強く床を叩く。
「クソッ!!! この体じゃなければ、助けに向かえたのに!!」
自身の現状に嫌気が指した。そして髪をぐしゃぐしゃと乱し深いため息を吐く。俯き、目を閉じ気持ちを落ち着かせた。
暫くして桐谷は顔を上げ立ち上がる。窓から見える外は夕焼けになっており、桐谷はそんなに時間が経ってたか……と思いながら机に向かって引き出しから黒薔薇が描かれている本を取り出す。
そしてペラペラと最新の記録まで捲ってから桐谷はぴたりとその手を止めた。
『永終桐谷の同士が始末される』
「……は。また、これ……いや、それより、これ、同士って……」
あの時と同じ誰かの記録。書かれた文章に釘付けになっていると、また、誰かの記録が現れた。
『君に当てはまる役割は[主役]』
『君は状況を変えれる力を持つ』
「しゅ、やく。なん、なんだ、これ、なんなんだ」
『救いたければ、行動する事』
桐谷に語り掛けてくるような文章が流れ、桐谷の頭は混乱する。役割とはどういう事なのか、主役とはどういう事なのか、この記録は誰のモノなのか、桐谷は分からなかった。理解が追い付かなかった。
混乱している桐谷の耳に声が聞こえた。
『第一部隊、第二部隊、第四部隊帰還!!!!』
「っ、なんなんだよ!!」
本を引き出しに戻し桐谷は部屋から飛び出し出入り口に向かう。出入り口にはすでに桐谷以外にも兵士が集まっていた。
桐谷は兵士の間を通り抜け、帰還してきた部隊を確認する。
鉄臭い匂いを感じてから視界に兵士達を入れた。血だらけの兵士達。気を失っているのか、背負われている兵士。手で傷口を抑える痛みに顔を歪める兵士。全員が全員血を流していた。そして、担架に乗せられた兵士。
呆然とする桐谷の後ろから兵士が何があったのか問いかけた。
「隊長、何があった」
「迎えに行った時にはもうみな傷を負っていた。……負傷者が多いが、死亡者も数人いる。彼らを運びたい、手を貸せ。負傷者はすぐに医務室に」
アイオライトの言葉と共に一部の兵士達が担架に乗せられた兵士達を運ぶ。その担架の上に見覚えのある姿を桐谷は目にした。
数時間前に、桐谷と話した男。胸騒ぎがすると言っていた男。
「――ふぁ、いす」
喉が詰まったように言葉が上手くでない桐谷の目の前を担架は通り過ぎる。どうして、なんで、アンタが。桐谷は顔を真っ青にして呆然とその場から動けなくなった。
そんな桐谷に追い打ちをかけるように、ある言葉が聞こえた。
「青い、花が……」
「花びらが、ああ、あああ!!!」
「青い、花、花びらが、あ、ああ……」
「…………ぇ」
負傷者がぶつぶつと怯えたように同じ言葉を繰り返す。花、青い花、花びら。桐谷は、青い花に心当たりがあった。だけど、違うと思った。思いたかった。
だってあいつは花なんて――。
桐谷は比較的正気な負傷者に近づく。そして震えた声で、話しかける。
「ぁ、の、青い、花って……」
「花が、舞ったんだ、そしたら、マントを羽織った奴が、俺達を、襲って」
「その、花って……」
「花、そう、花、俺、咄嗟に花を掴んだんだ、ほら、ほら、これ、この花、花びら」
負傷者はそう言って握り絞めていた手を開く。そこには潰れた青い花びらが数枚。
花の形状に桐谷は見覚えがあった。――薔薇だ。
懐かしい記憶が桐谷の脳内に流れた。人間になるほんの少し前に話した
『やあ黒。調子はどうだい? 何を見ているんだい?』
『青、見てくれ! この間行った世界で撮った風景! 綺麗だろう』
『
『ああ、大好きだ』
自身の片割れ。対称的な片割れ。白髪に青い横髪。一本に括った髪を流し、いつも笑みを浮かべている片割れ。
「青、薔薇……」
どうして。と桐谷は片割れに刻まれた名を、呼んだ。
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