第98話  王妃

 ◇ ◇ ◆ ◇ 王妃



「グレンがあの親子を助けに行った?」


 コスナー伯爵とあのラフェという女を同時に襲わせた。


 もう諦めたと思っていたのに。あの女はグレンに追い出されて亡くなったと思っている夫の実家を頼って暮らし始めた。


 それを聞いた時わたくしは、ほくそ笑んだ。もう彼には愛する人はいない。


 わたくしは陛下に嫁ぐことが決まっていたのに彼には他に愛する女がいた。


 美しく優しい女性だった。


 わたくしよりも4歳年上で王太子だった陛下はセリーヌ様を愛していた。学園では二人のことを知らない者はいなかった。

 中等部にいたわたくしですら何度となくお二人の仲睦まじい姿を見ていた。


 お二人は結ばれることのない恋だった。

 セリーヌ様は子爵家の娘。王太子の婚約者になるには家格が低すぎる。せめて伯爵家、実際は侯爵家以上の家格を求められる。


 それでも二人は真実の愛でなんとか結ばれようと頑張っていたが結局二人が結ばれることはなかった。


 そして結局公爵家の娘であるわたくしが婚約者として選ばれた。わたくしは16歳で陛下と結婚した。


 愛のない政略結婚だった。


 彼は初夜の日、わたくしを抱くことを拒んだ。そして結婚してもなおセリーヌ様だけを愛した。セリーヌ様は王城の外れの寂しい離れに数人の使用人と暮らした。


 前国王に反対されても諦めきれなかった陛下がセリーヌ様を前国王の目を逃れるように古びた廃屋に近い離れに住まわせたのだ。そして二人は人目を忍んで逢瀬を繰り返した。


 わたくしは愛されることもない王太子妃として王宮内では惨めな思いをして過ごすことになった。陛下はわたくしを抱くことはなくても、妻としては大切にしてくれたし、わたくしを王太子妃として公の場では寄り添ってくれた。


 それでも王宮内でのわたくしの立場は惨めな王太子妃のままだった。


 セリーヌ様が妊娠した知らせを聞いた時のわたくしのショックは言葉に言い表せられなかった。


 屈辱と怒り、そしてわたくしの面目を失わせたことえの腹立たしさ。


 ーーーわたくしは陛下を愛しているから嫁いだわけではないのに。どうしてここまで辱められなければいけないの?


 愛して欲しいわけではない、だけどもっと王太子妃としてわたくしのことも考えた行動をして欲しかった。それにセリーヌ様も受け身でいるだけではなくもっと自分の意思を示して欲しかった。


 愛されるだけの愛妾ではなくこの国の王太子の愛人として自分から地位を向上させることも必要だったのではないかと思う。


 勉強をもっと努力して周りに文句を言わせないくらいの成績を取るとか、ダンスが得意ならダンスの実力を上げるとか淑女教育で名を挙げるほどのマナーを覚えるとか、外国語が話せるようになるだけでもいいし、やりようはいくらでもある。


 なんの努力もなしにただ愛され子供を産むなんてわたくしには許せなかった。


 だから彼女の離れに陛下がこの王城を離れている時を狙って会いに行った。


 そこはとても寂しい場所だった。


 ここなら前国王にも見つからずわからないだろうと思う。噂が流れているので皆知ってはいるけど。


 でも見かけほど部屋の中はボロボロではなかった。しっかり部屋の中は手を入れられていて華やかではないけど暖かみのある優しい色味の壁紙、高級ではないけどセンスよく置かれた家具達。


 彼女の人となりが出ているホッとさせられる優しい家の中になっていた。



 セリーヌ様はわたくしが突然来たことに驚きながらもしっかりと頭を下げて挨拶をした。


「王太子妃殿下にご挨拶させていただきます」


「頭を上げてちょうだい。わたくし貴女とお話をしてみたかったのよ」


「…………はい」

 消え入りそうな声で返事をするセリーヌ様。まるでわたくしは悪役のようね。


「かなりお腹も大きくなっているわね、座ってお話ししましょう」


 わたくしの家でもないのに、セリーヌ様に座るように勧めてわたくしも白い椅子に向かい合わせで座った。


 本当は………

 何故貴女は陛下と別れないのか?別れることが彼への愛情ではないのか?

 わたくしに対してどう思っているのか?


 たくさん聞きたいことがあった。


 だけどお腹の大きな彼女を目の前にすると何も言えなかった。


 だって彼女のお腹の中には陛下の子供がいる。


 それが答えだから。


 わたくしは愛されなかった。そして彼女は愛されたのだ。この国の将来王妃として選ばれたのはわたくし。


 だけど彼の横で愛される権利を得たのは彼女だっただけだ。


「あとどれくらいで子供は生まれるのかしら?」


「今……8ヶ月なのであとふた月ほどだと思います」


 やはり小さな声で震えるように返事をした。

 彼女付きの使用人達は青い顔をしてセリーヌ様を見守っている。

 わたくし付きの侍女はわたくしの行動を困った顔で見ていた。


「………そう、あの……「セリーヌ!大丈夫か?何故君がここにいるんだ?」


 声の主の方へと振り返った。そこには怒りを露わにした陛下がわたくしにつかみかかりそうな勢いで立っていた。

 その顔はわたくしを睨みあげ本気で殺さんばかりの顔つきだった。


 ーーー愛されないだけでなくわたくしを嫌い睨む陛下の顔は今も忘れられない。


 そのあとわたくしは追い出されるようにセリーヌ様の離れから出された。


 お二人がそのあとどんな話をしたのかわからないが陛下はそれからはわたくしの顔を見ようともしなかった。ご一緒に行わなければいけない公務の時ですらわたくしの横で作り笑いの笑顔になることすらなかった。


 そして………セリーヌ様がグレンを産んでそのままお亡くなりになったと知らせが入った。


 わたくしが乳飲み子のグレンを追い出したと噂されていたけど、それをお決めになったのは前国王だった。前国王のお耳に入らないようにしていたため、グレンのことは全くご存知なかったのだ。


 いや、多分怖くて知っていても誰も前国王に伝えなかったのだと思う。もし伝えていればセリーヌ様は亡き者にされていただろう。前国王は陛下に愛妾がいることには目を瞑っても、正妃が産んでない子供に対しては許さないと陛下にはっきりと伝えていたから。


 前国王はグレンを殺すことはなかったが、王都から一番遠い辺境の地へ追いやった。それも力をつけることができないように子爵家へ里子に出した。


 陛下はわたくしがしたと思い恨み言を言った。


「セリーヌが死んで嬉しいか?わたしからセリーヌとの子を離すことができて嬉しいか?」


 わたくしの心はこの時………壊れた。



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