第71話  ラフェ

 ◇ ◇ ◇ ラフェ


 グレン様が寝ずに馬を走らせてくれている。


 執事さんがわたしの話し相手になってくれる。

「ラフェ様信じてください。グレン様は口が悪いですが、あれはいつも自分の本音を誤魔化すために言ってるんです。

 絶対薬を持って来てくれますから、どうか諦めないでください」


「グレン様が……口が悪いのは……あれは彼が心の中を人に見せないようにするための鎧のようなものですよね?照れ隠しだったり……グレン様を無理やり利用しようとする人達から避けるために無能になったり……本音を知られたくなかったり……わたしも意地っ張りで兄さんに……義姉さんとの確執知られたくなくてずっと隠して過ごして来ました」


 わたしは何故か優しい執事さんには本音が言えた。おじいちゃんみたいで優しくてあったかで、心がふわっとなる執事さん。

 つい心の中を見せてしまう。



 「エドワードが死んだ後、家を出て貧しい暮らしをしていて、食べるのも儘ならないのに……意地を張って唯一頼れるのは兄さんしかいないのに……惨めで悔しくて、だけど兄さんにだけは頼ろうとしなかったんです」


「ラフェ様はお優しいのですね?お兄様のシエロ様の家庭を壊したくなかったのでしょう?本当のことを話せばお兄様が傷つくと思っていたのでしょう?」


「……そんないいものではありません……幼い頃両親を亡くして……貴族令嬢として過ごして来たわたしは……一人で服すら着ることができませんでした。

 髪の毛を梳くのも、お茶を淹れるのも、お風呂に入るのも、一人では何もできませんでした。

 家の外に出たこともなく……そんなわたしにお腹の大きかった義姉さんは呆れて

『わたしを馬鹿にしているの?平民だからと言って!』と言われて怒られてばかりいました。

 あの頃はどうしてそんなに怒るのかイライラしていたのか意味がわからず、わたしもよく反抗していました。両親が突然いなくなり生活が一変してしまったので……

 だけど自分もアルをお腹に宿してやっと少し義姉さんの気持ちがわかります……子供がお腹にいるってほんと大変です。

 産まれた後もとっても大変でした。そんな状態で何も出来ない義妹も育てないといけない、兄さんは仕事を立ち上げたばかりで頼りにならない、今になって……やっと、少しだけ理解できました。

 お互いの確執を今更なかったことにも出来ないし、素直になるにはもう遅いんです。義姉さんにはもう迷惑はかけられません」


 いろんなことを思い出しながら……


 なんだか懐かしくて思い出し笑いをした。


「わたし……兄さんの家を出る時……義姉さんに……『もう二度と会うことはないと思いますので今までありがとうございました』なんて酷いことを言って出て行ったんです。

 ずっと我慢して……みんなが服を持っているのに買ってもらえなくて、エドワードのお母様が買ってくださるものだけで過ごして来て、食事は食べさせてもらってはいたけど……お腹いっぱい食べることは出来なかった。

 友達と遊ぶこともなく、学校から帰るとずっと家の手伝いをするのが当たり前、縫い物が得意になったのも内職をしていた義姉さんの手伝いをしていたからなんです。でもそのおかげでアルバードを養うことが出来た。

 なんだか矛盾してます、恨んではいるはずなのに……義姉さんの気持ちもわかるし、兄さんには本当のこと知られたくないし……やっぱり意地っ張りなんです」


「ラフェ様は頑張って来たのですね」


「そうかな?頑張って来たと思ってもいいのかな?

 アルをあんな辛い思いさせて死にそうになったのはわたしが目を離したからなのに。

 意地を張らずに兄さんに頼れば、無理して働かなくてもいいのに……アルを一人にさせることもなくて、近所の人に迷惑をかけたりしなくて済んだし、知らない人と仲良くなろうとなんてしなかった……

 本当はわたしが、アルを殺そうとした犯人なんじゃないのかな?

 わたしが……アルバードにいつも辛い思いをさせて我慢ばかりさせて、そのせいで執事さんやこの屋敷の人達に迷惑をかけて……グレン様にも迷惑をかけて……アレックス様にも迷惑をかけて……」


「悪いのはアル様に薬を飲ませた人です。ラフェ様は何も悪くありません。

 頑張って来たことは私達もここ数ヶ月見ています。アレックス様やグレン様に頼まれたから仕方なく貴女に届け物をしたわけではありません。みんなアル様に会いたくて、ラフェ様が嬉しそうにしてくれる姿を見たくてお届け物をしていたんです。

「今日は何を持って行こう」

「何が喜ばれるだろうか」

 そんなことを考えるのが我々使用人は楽しかったんです」


「………ありがとうございます」


 執事さんの優しい言葉にわたしは救われながら、薬が届くことを待ち侘びていた。


 

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