第32話 グレン
◆ ◇ ◆ グレン
ラフェに会いにいくと言うよりアルに会いにいく方が多かった。
ラフェは俺に関わりだからないし人に頼らない。
マキナに似ていると思ったのは最初だけだった。
マキナは、か弱く優しいもの静かな女だった。常に守ってやらないといけない。だから俺はいつも大切にしてきた。婚約者になって結婚してずっと大切に守り続けたつもりだった。
マキナが死んだ時俺はもう全てを失った気分で、どんなに女たちが寄ってこようと靡くことはなかった。
愛する女が死んだのに他の女を抱いて紛らわすことすら煩わしい。
だからラフェに対しても恋愛感情はなくただ少しの同情とアルへの……なんだろう?
アルに会えると何故か癒される。
ガサガサになった俺の心が……カラカラに渇いて何にも感じなくなったはずなのに。
書類仕事を無理やり早朝に起きてこなして、アレックス様に「じゃあ行ってきます」と言って、昼前には料理人に何か差し入れを作ってもらってアルのところへ会いに行った。
2歳半のガキなのに、まるで恋人に会うかのように楽しみで仕方がない。
「ギュレン!」と俺を見ると抱きついてくる。
「あそぼっ、なにする?」
目をキラキラさせて俺にしがみついてくる可愛いアルを抱っこすると
「たっかいね、ギュレン!」と嬉しそうにしていた。
母親が体調悪くて寝込んでいる間、隣のおばちゃんに預けられていても、我儘も言わず、隣の自分の家をチラッと見ると、口をグッと噤んで我慢して
「ギュレン、アルはいいこなの、だからおかあしゃんなおるよね」
と言う。
「おう、アル、お前がいるからお母さんはすぐに治るさ」
「うん!」
ボロボロの古い家は冬になれば隙間風が入りそうだ。雨漏りも所々あるようだ。
少しずつ手は入れてはある。だが金がないのだろう。
なんとか住めるようにしているだけだった。
近所の人たちの好意でこの親子は生かされている。
痩せこけたラフェは、自分は我慢をしてでも息子のアルには不自由させないようにしているのがわかる。
アルはしっかり食事も摂れているので人並みに成長しているし、みんなからたくさんの愛情を受けて育っているので明るく優しい子に育っていた。
ラフェはなかなか熱が下がらなかった。
医者曰く栄養不足と過労の所為もあり、なかなか治らずにいるらしい。
アレックス様も心配して食事を届けるようにと指示された。もちろん言われなくても持って行くつもりだった。
ついでに屋敷の使用人達に声をかけて、ラフェの家の補修工事を頼んだ。
常に屋敷の手入れをする専門の職人達にとってラフェの家は簡単で、数日で人間が住むことが出来る家に仕上げてくれた。
ラフェは何かをしてあげると困った顔をして感謝をする。だが本当は俺たちに頼ることをいやがった。
「もうこれ以上は大丈夫です」
「お返しはできないのでやめてください」
逆に断られてばかりだった。
ラフェにとっては俺たちのしていることは施しでしかないのだろう。
それもわかってはいた。
赤の他人からされる施しほど惨めなものはない。ラフェは他人に頼れない性格で、人に甘えられない。
してもらうことを当たり前のように受け入れる人が多い中で、ラフェは辛そうに頭を下げる姿に俺はこれ以上ラフェに理由もなく何かをすることを止めようと思い始めた。
迷惑なことも押し付けなこともわかっていたから。それでもしてやりたいと思ったんだけど。
ちょうどそろそろ領地に帰るころだ。
ラフェとアルから離れるいいタイミングだ。
そう思っていたらラフェもそう感じていたようだ。
『俺さ、そろそろアレックス様と領地に戻るんだ。アルには会えなくなる……アルのことつい可愛がったけど、変に期待させてごめん』
『わたしの方がお世話になって感謝しかありません。お二人がずっと王都で暮らすことはないことくらいわかっていました』
ーーラフェはわかっていた。ずっと続くわけがないことを。
人に甘えられないラフェ、俺はこの二人を放って領地に帰ることを選ばないといけないくせに、どうしてか気になる。
癒しのアルに会えなくなるからなのか……また会いにくればいい、そう思った。
そう思うのに気がつけばラフェのことを考えてしまう。マキナとは全く違う。似ていない。マキナはもっと儚い常に守るべき存在だった。
一人で強く生きてきたラフェ、俺はそんなラフェが気になって仕方がない。マキナとは似ていなかったのに。
ーーなんでだ?
もうすぐアルとお別れになる。
そう思いアルと二人で遊びに出かけた。
アルもなんとなく何かを感じていたのだろう。
別れる時
「ギュレン、また、あえる?」と少し寂しそうに聞いてきた。
「ああ、またな」
俺はもう会うことがないかもしれない二人に明るく別れた。
ラフェはいつもならあっさり「ありがとうございました」と言って別れるのに、この時は違った。
「いつもお世話になっているアレックス様とグレン様に気持ちだけですが、これを」
と言ってヴァレンシュタイン辺境伯の紋章と俺の家のノーズ子爵家の紋章の入ったハンカチを渡された。
丁寧に刺繍されていた。
ラフェの裁縫の腕前は有名だった。
彼女が仕上げた騎士服は何故か動きやすいらしい。
他の人と違う細部にまで細かい心遣いのされた丁寧な縫い方が、着心地、動きやすさ、そして丈夫さを引き出しているのだろう。
そんな彼女の刺繍も俺が今まで見たなかで一番すごい仕上がりだと思えた。
「ラフェ、ありがとう。アレックス様にも渡しておくよ」
「はい本当はアレックス様にも直接お礼を言わないといけないのに、グレン様にお願いする失礼をお許しください」
「アレックス様は今一番忙しい時だから、仕方がないよ」
ラフェに抱っこされたアルは疲れたのか彼女の腕の中でスヤスヤと眠っていた。
俺はアルの頬にそっと触れて
「アル、ありがとう。お前のおかげで生きる気力が戻ったんだ。またいつか会いにくるからな」
アルは聞こえたのか、ただ夢を見ただけなのか、ふわっと笑顔になった。
「ラフェ、無理はするな。何かあったら辺境伯のタウンハウスに駆け込め。アルとラフェが来てもすぐに受け入れられるようにしているからな。わかったか?」
「はいそのお気持ちだけで十分嬉しいです」
ラフェは頼ることはないんだろうな、そう思いながら俺は彼女と別れた。
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