第25話 義母
◆ ◇ ◆ 義母
毎日がお金に追われる日々。
夫の給金が入れば借りたお金を返済する。
息子の給金が入れば使用人達の給金を払う。
エドワードの遺族給付金が入ってなんとか生活が出来る。
それなのに社交はやめられない。
まるで中毒のよう。
行かなければもう誰もわたしに振り向いてはくれない。
一度でも休めばわたしのいる場所はなくなる。
だから何がなんでも行かないといけないの。
夫はそんなわたしの気持ちを理解してくれない。
貧しくて社交など出来なかったわたしの独身時代を知らないから。
惨めで恥ずかしくて、辛かった。
綺麗なドレスを着たい。輝いて見えるあの場所への羨望、この気持ちを分かってはもらえない。
息子のアーバンは
「いい加減に金がないのなら社交なんかやめろよ」
と言うが、わたしが伯爵家の夫人達と親しくしていなければ、アーバンやエドワードが、早くに騎士団に入団して精鋭の部隊に入れてもらえないし、ましてや副隊長の位置になんてつけるわけがなかった。
わたしのおかげなのに。
なにも知らないくせに!
それでもわたしは二人には借金のことは知らせない。
なんとか凌いでいればいつか借金も終わる。借金が終わればまた以前のように幸せになれる。
そんなある日知らない男がわたしの前に現れた。
「貴方は一体誰なのですか?」
「わたしはコスナー伯爵家の執事を致しております」
整えられた服装と髪型、背筋も伸びていて話し方もきちんとしている。
「失礼致します。エドワード様は貴女の息子さんですよね?明るめの茶色い髪で少し癖毛がありますか?瞳の色はコバルト色で身長は高めでーーー」
何を言っているのだろう。
頭の中にこの男の話が入ってこない。
エドワードが生きている?
体が震えた。
もし生きているならこんなに嬉しいことはない。
「息子が生きているのですか?」
「はい、エドワード様は生きていらっしゃいます。ただ………記憶を失っているようです」
「記憶?」
「偶然村人に川に流されていたところ助けられたそうです。しばらくは村で過ごし、紋章とペンダントを頼りに王都を目指したそうです。
その時に一緒に真新しい紙があって、そこには行方不明になった騎士を探していると書かれていたらしく自分のことではないかと思ったらしいのですが、記憶がなく紋章を見てもどこのものなのかわからなかったそうです。
我が家の騎士として働きたいと本人からの申し出があり紋章を元に調べたらエドワード様と特徴があっていたのでこちらに伺いました」
「エドワードは元気なのでしょうか?」
「はい記憶がない以外はお元気だと思われます」
「良かった、まさか生きていてくれたなんて」
嬉しかった、もう死んでいると思っていた。
葬式もあげ空っぽのお墓に手を合わせるのは辛かった。
「ところで……失礼ですが……」
「はい?」
「こちらは今かなりお金に困窮していると聞いております」
その言葉にカッとなって
「失礼ではないですか?」とキッと睨んだ。
「はい、ですから失礼だと言っております。こちらの借金を全て伯爵家が肩代わりしたいと当主が言っております」
「肩代わり?当主様が?何故?……です?」
「エドワード様はとても優秀な方のようですね?
調べさせていただいたら子供の頃から優秀で父親であるバイザー様のご実家の伯爵家からの援助でしっかりと高度な教育をされていたようですね。
語学堪能で数字にも強い。さらに高等部も優秀な成績で卒業されております。本来なら文官を目指しても良いはずが、剣の実力にも優れていて幼い頃から騎士になることに憧れて父親と同じ騎士を目指されたとのことですね」
この人は我が家のことを全て調べている。
なんだかとても怖くなった。
夫すら知らない借金のことまで……
「エドワード様が生きていることがわかれば、死亡保証金や遺族給付金も返還しなければいけなくなるのでは?」
「えっ?」
思わず執事を見て目を丸くした。
そんなこと考えていなかった。
借金だけでもかなりあるのに。さらに増える?
「エドワード様が生きていることを騎士団に報告することも、お金のことも、全て伯爵家が終わらせます。なのでもしエドワード様がこちらに来てもエドワード様ではないと答えて欲しいのです」
「どう言うことですか?」
「エドワード様は記憶がありません。伯爵家のお嬢様がとても気に入られていて是非我が伯爵家の婿にと希望されているのです」
「……だから?」
どう言うことなのだろう?わからない。
「もしエドワード様だとわかればそちらは借金がさらに増えますよね?こちらとしてはエドワード様とわかれば子供と奥さんがいることがエドワード様に知られてしまいます。それでは婿に来てもらえなくなります」
フーッとひと呼吸整えて執事はまた話し出した。
「こちらで全て対処いたします。貴女の胸の中に全て収めてください。騎士団の方の報告も返還も全て行うので彼はいないものとして欲しいのです」
「エドワードが生きているのに……生きていたと報告するのに誰にも気づかれないようになど出来るわけがありません」
「それが出来るのが高位貴族でお金がある者の力なのです。裏で全て処理はいたします。エドワード様にはある貴族の養子になってもらいます。そして違う名前になって我が伯爵家の婿養子になってもらいます。以前の奥様と子供さんとは離縁した形になっていますのでもし二人に会うことがあってももう赤の他人です。
これら全てを貴女がお一人で受け入れて下されば、全ての借金は帳消しになります」
「……借金がなくなる、エドワードは幸せになるのですね?」
「はい、領地で暮らすことになり王都には出てこないようにするつもりです。ですので似た人がいると思われてもエドワード様だと気づかれることはないはずです。時が経てばそんなことも忘れられるでしょうし顔も変わっていきますので安心してください。
彼にはいずれ整形してもらいますので」
怪しい笑顔がふと見えた。だけど困窮して行き詰まっていたわたしは迷わず了承してしまった。
エドワードが現れる前に雇っていた数人の使用人は辞めさせて、新しい使用人を数人雇うことにした。
そしてエドワードが来た時、追い返した。
心が引き裂かれるような思いの中、『ごめんね』と心の中で謝りながら追い返した。
そして我が家の借金は全て帳消しになった。
なのにわたしは贅沢がやめられなかった。
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