第9話

 ◇ ◆ ◇ アーバン


 ラフェが赤ちゃんを産んだ。


 近くにいても俺は何もしてやれなかった。


「エドワード」ラフェは何度も兄貴の名前を呼んだ。


 その度に俺も父上も何も言えなくなった。


 意識朦朧としている時に心配で「ラフェ」と呼ぶと「エドワード?」と兄貴を探す。


「もう死んでいないんだ!」

 腹立たし紛れにそう言いたかった。


 俺はこの想いを隠しながらラフェのそばに居られるのだろうか?


 産まれた赤ちゃんは男の子で兄貴にもラフェにも似ていた。

 二人のいいとこ取り。


 両親は泣いて喜んで、ラフェが出ていくと言っても離さないだろうなと思う。


 俺は………二人を守って行きたい………


 そう願わずにはいられなかった。


 また外を見ると雨が降っていた。


 ーー兄貴、俺にこの二人を愛する権利をくれないか………



 そう切に願った。





 ◆ ◆ ◆ エドワード



 扉の前で聞こえてきた話。


 この村でたった一人の俺に抗う術はない。


 まだリーシャは眠っているだろうか。


 急いでブレンさんの家に戻り、物音を立てないようにブレンさんの部屋に入った。


 どこかにあるはずだ。俺の記憶を失う前に身につけていた服や何か持ち物が。


 焦りながらも静かに。


 クローゼットやタンス、そして引き出しと探した。


 ーーない………どこにもない。


 ーーどこだ、どこにあるんだ?


 ふとベッドの下を覗いた。


 手を伸ばして探してみた。


 何か物に当たった。


 ーーこれは?


 引っ張り出した物は布に包まれていた。


 広げてみると、ぼろぼろの破れた騎士服、そしてペンダント、身元証明のものなのか紋章があった。


 これで俺の身元がわかるかもしれない。


 俺は紋章とペンダントとだけをポケットに入れた。


 もう誰にも挨拶などしない。夜が明ける前にこの村を出て行こう。


 働いて貯めたお金も僅かだがある。あとは働きながら王都を目指そう。


 ふと服の間に挟まった紙を見つけた。


 まだ真新しい紙。


 薄暗くて読めない。とりあえずその紙をポケットに突っ込みこっそり自分の部屋へ戻り荷物を布の袋に纏めて部屋を出た。


 リーシャは音がうるさくても眠って仕舞えばなかなか起きない子だ。


 俺はそのままこの家を後にした。


 いくら世話になったとは言え、村のために生き続けたいとも女達のオモチャにされたいとも思えない。


 信用していたブレンさんもカイロもみんな俺を裏切っていた。


 俺はひたすら走った。


 馬で追いつかれればすぐに見つけられてしまう。この土地の地理を知り尽くしている村人達。新参者の俺は地理には疎い。


 だから遠回りにはなるけど王都へ行くには反対方向から迂回して行くことにした。





 ◇ ◇ ◇ ラフェ



 赤ちゃんの名前は


 “アルバード・バイザー”


 小さな小さな体で必死でおっぱいを飲む姿にわたしはこの子の母になれてよかったと心から思う。


 必死で息をして必死で泣き、必死でお乳を飲む。それ以外の時間はひたすら眠っているアルバード。


 乳母を雇うことなくわたしが育てる。


 お母様は乳母にお願いしようと言ってくださったがそんな贅沢はできない。


 今はエドワードの遺族給付金で生活をしている。少しでもアルバードに残さないといけない。それに……もう少ししたらこの離れを出て二人で暮らす予定だ。





 アルバードが産まれて二月経った頃、アーバンが恋人のベルさんを連れてお祝いに来てくれた。



「ラフェさんおめでとう」


 アルバードにベビー服をプレゼントしてくれた。


「ありがとう、今起きているところなの。よかったら抱っこしてみますか?」


「いいんですか?」


 アルバードを抱っこするベルさんの顔はとても優しげな顔だった。


「可愛い」そう言って微笑んでアルバードを大切に抱っこしてくれた。


 アーバンは「ちょっと本邸に行って来る」と出て行った。


 ベルさんとは半年ほど一緒に働いた。だからお互い顔見知りではあるけどベルさんの方が年上で仕事も出来る人だったのでわたしはそれ程親しくはなかった。


 わたしが仕事を辞めてからアーバンとベルさんは付き合い始めた。だから二人の馴れ初めは知らない。


「赤ちゃんがもう少し大きくなったらラフェさんはどうするの?」


 いきなりの質問に驚きながらも答えた。


「この離れを出て二人で暮らすつもりです」


「そう………じゃあこの離れはわたしとアーバンの家になるのね」


「………え、あ、はい」


 わたしが離れから出ればそうなるのかもしれない。アーバンがエドワードの代わりに家を継ぐことになるのだから。


「少し趣味が悪いわ。壁紙も張り替えなきゃ、それにこの家具とかそのまま使うなんて嫌だわ。ましてやベッドは、ねえ?二人で眠るのだから新しい物に変えて欲しいわ」


 クスッと笑いながらベルさんが言った。


 わたしとアーバンには恋愛感情がある訳でもないのに、そんなことを言われ、どうしていいのか分からずに困った顔で笑い返した。


「ラフェさん、もう旦那様が亡くなって一年近く経つのよ?もう自立してもいいと思うわ。アーバンだって暗く過ごすしか能がない未亡人の幼馴染が近くにいると、気が滅入ると言ってたわ。

 そろそろ自分から考えてみんなに迷惑にならないようにすべきじゃないかしら?

 わたしだって我慢の限界よ。アーバンとのデートの時間も減ったし、あまり泊まりに来てくれないの。付き合い始めた頃はしょっちゅう泊まりに来てたのに……アーバンったら変に優しいから貴女を見捨てられないみたいなの、同情しても仕方がないのに、ね?」


 言われていることは当たっているのかもしれない。


 暗く過ごしていた日々。

 そんなわたしにアーバンは心配して顔を出してくれた。

 二人の関係の邪魔になっていたことはわかっていたのにアーバンの優しさに甘えていたのかもしれない。


「ベルさん、早めに家を出ますので、ご迷惑をかけてしまってすみませんでした」


 何も言い返すことが出来ずなんとかその言葉を言うのが精一杯だった。

 そんな重い空気の中、アーバンが本邸からたくさんの食べ物を持って来た。


「これ母上から!」


 そう言ってテーブルにパンやチキン、ハムやサラダなどを並べてくれた。


「三人で昼食にしよう」


 ベルさんがアーバンに寄り添うようにくっついた。


「アーバンのお母様の料理?」


「通いの家政婦さんと二人で作ってくれたんだ」


「これ美味しそう」


「うん?どれ?」


 二人が仲良く話している姿を黙ってみていた。


 わたしはお邪魔だろうな。


「アーバン、二人でゆっくり食べていて。わたしアルバードを寝かしつけて来るから」


「えっ?今アルバード機嫌よく起きてるんだから大丈夫だろう?」


「うん、せっかくなのでミルクの時間だからご機嫌なうちに飲ませて寝かしつけておきたいの」


「もうアーバン!ラフェさんの子育ての邪魔をしたら駄目よ!貴方はただ叔父さんって言うだけの関係なんだから!父親でもないのに要らないことを言わないの!」


「わかったよ、ラフェ、じゃあ先に食事をしているよ。寝かしつけたら一緒に食べよう」


「ありがとう、ではベルさんゆっくりとして行ってください」


 ミルクを飲ませていると二人の楽しそうな声が聞こえて来た。


 エドワードが亡くなって仕方がないことなのに、侘しさと虚しさで胸がズキズキした。


ーー早くここを出なければ。















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