第5話  エドワード

 ◆ ◆ ◆ エドワード


「リオさん、見て!」

「俺の字も!」

 子供達が我先に自分の書いた名前を見せに来る。

 ここではまだ自分の名前を読むことは出来ても書くことまではできない人が多い。

 簡単な計算は出来るが沢山の数字になるとほとんど出来ない。


 体が動くようになってから近所の子供達を集めて勉強を教えた。

 村のみんなはお金を出し合って俺に給金を渡すから先生としてこの村に住んで欲しいと言って来た。


「リオさん、どうか頼む」


「俺は自分が誰なのかどうしても思い出したいんです」


 夜な夜な夢に誰かが現れる。目覚めるとそれが誰なのか顔すら覚えていない。

 男なのか女なのか、それすら。


 だけどどうしても思い出したい。何故か心だけが急かされる。

 思い出そうとしても何も思い出せないのに。


 俺を待っている人がいる。ずっとそう感じる、もしかしたら俺にも家族がいるのかもしない。子供達を見ているとふとそう感じる時があった。


「この半年間、カイロに俺が教えられることは伝えてあります。どうかカイロを先生として雇ってやってください」


 カイロは18歳の青年だ。俺が字を教え出すと子供達に混ざって熱心に習いに来た。


 昼間は家の畑仕事や山仕事に追われ、夜疲れた体で俺の元に必死で通った。


「どうしてそんなに熱心なんですか?」


「村では麦や野菜、木材を買い取ってもらう時全て商人の言い値なんです。それが高いのか安いのかも俺たちにはわかりません。

 でもきちんと勉強すれば対等に話せるようになります。少しでも生活が楽になればこの村も豊かになるんじゃないかと思うんです」


「なるほど」

 こんなしっかりした考えを持っているカイロなら村の教師になるには相応しい、そう思った。


「カイロはまだ若すぎる、それにあんなに大人しくて暗い男じゃみんなも教えてもらいたいとは思わないぞ」


「ああ俺もそう思う」


 村の男達が納得しようとしなかった。


「じゃあ一度貴方がたも子供達に混ざり一緒に勉強してみませんか?その時カイロにはこの話は内緒で手伝ってもらいます」


 そしてカイロのお試しの日、子供に混ざり沢山の大人達が字を習いに来た。


 俺だけでは手が足りずカイロも一緒に字を教えた。普段のカイロは大人しい青年だ。


 だけど子供達と接する時は生き生きしているし教え方も上手だ。


 明るく接するカイロ、子供達もカイロと楽しそうに会話をしていた。



 次の日、村の男達が俺のところに来て「カイロのことを勘違いしていました。アイツになら子供達を託せます」と言ってくれた。


 これで安心して村を出られる。


 しかし男達は思ってもみないことを言う。


「リーシャはリオさんをあんなに献身的に支えたのに捨てていくつもりなんですか?」


「結婚の約束は反故にするつもりなんですか?」


 苛立ちの中俺に詰め寄る村の男達。


「待ってください!俺はリーシャの家に世話になっています。助けてもらったのも確かです。しかし怪我の時一番世話をしてくれたのはリーシャの父であるブレンさんです、年頃のリーシャとはきちんと距離を置いて過ごしていました」


「はあ?何言ってるんだ。リーシャはあんたともうそう言う関係になっていると言っていたぞ」


「そう言う関係とは?」

 わかっているのに思わず聞いてしまった。


「そりゃ体の関係だろう?リーシャの初めての男なんだろう?村の若い奴らはリオさんなら仕方がないと言っていたぞ」


「俺はリーシャのことを妹みたいに可愛いと思ってはいますが彼女を女として性の対象としてはみていません。そんな関係ではないことを誓います」


 まさか、そんなことをリーシャが言ったなんて信じられなかった。



 その日リーシャはいつものように明るい笑顔で

「リオ、お願い。畑に野菜を採りに行くからついて来て欲しいの」と言った。


「わかった」といつもと変わらぬ態度で過ごした。


 どう見てもそんなことを言いふらすような子には見えない。自分の価値を下げてしまうそんな恥ずかしいことを人の前で言うなんて。


 そう思っていたらカイロが教えてくれた。


「リーシャがリオさんとの事言いふらしているようですね?」


「君も知っているのか?」


「まぁ小さな村ですから一人に話せばみんなに伝わります」


「何故そんな嘘を言うんだろう?」


「リオさんほど顔が良くて頭もいい人はいないからみんな女達は狙ってます。だからリーシャは焦って自分のものにしようとしてるんでしょうね、男と寝たなんてこの村では当たり前のことなんでなんとも思わないんですよ。

 ただ村人ではないリオさんと寝たとなれば女達は手を出しにくくなる。ま、そんなところでしょう。気をつけないと変な薬飲まされて本当の話にさせられかねませんよ」


 俺はそんな話を軽い気持ちで聞いていた。






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