2章 いざ尋常に勝負!
第11話 勝負に必要なもの
やっぱり、朝ごはんに用意されていたのはパンケーキだった。
今日は黄色のソースがかけられている。アイルが一口舐めてみると、まろやかな甘みと酸味からして南国の果物と柑橘が混ざったもののようだ。
アイルは口を尖らせる。
「私は甘いものが好きではないと、何度言えばわかるの?」
「だけど、朝から魚のヒレを炙ってマヨネーズと唐辛子で食べたいという趣向はどうなんだ?」
この天空城で生活を始めて一週間。
毎朝二日酔いをしていたら、とうとう昨夜から飲酒の制限を言われてしまって不満たらたらのアイルである。アイルは酒が飲み放題(語弊あり)と聞いたから結婚したのに。一週間にして契約違反だ。
しかもヴルム特製の煎じ薬がすごく不味い。
効果は抜群で、どんなにひどい二日酔いも服用後はたちまち回復するのだが。
だけど、ここ数日は『晩酌時のみ三杯まで可』という制限もあって、お世話になったのは最初の二回くらい。しかも深酒をやめさせられたせいか、今朝はこの一週間で一番寝覚めが良かった。
それでも、口を尖らせたアイルはフォークでふかふかパンケーキを突っつく。
「二日酔いがないとしても、朝から甘いものは重い」
「だからサッパリするようなソースにしてみただろう?」
「だけど、パンケーキ自体が重いよね?」
「俺の愛情が重いことは諦めてくれ」
「誰もそんなことは言ってない」
――この新婚ボケはいつまで続くんだろう?
あくまで跡継ぎ目的の契約結婚のようだが、一応ユーリウスなりに自分を大切にしようとしていることは、この一週間で十分理解してしまったアイルである。
だけど、それは『お嫁さん』という存在に恋をしているだけで、『アイル』という自分に対するものではない。そもそも出会って一週間で自分の何がわかるというのか。
――ま、そのうち飽きるでしょ。
ともあれアイルの目下の不満はやはり朝食である。
アイルはわざとらしくため息を吐いてみせた。
「これなら何も食べない方がマシだなぁ」
「うぐっ」
「もうこのまま何も食べずに夜まで飲まず食わずでいた方が、夜のお酒が身体に沁みわたるかも?」
「そんな不健康一直線はやめてくれ!」
ユーリウスがドンッと机を叩いて立ち上がった時、揺れる食器にまったく動じることなくお茶の用意をしていたリントが口を出す。
「それじゃあ、お嫁さまがお手本を作ってみるってどう?」
「生贄のみならず、家政婦までさせられると?」
「そんなネガティブじゃなくて……そうさね。勝負でいいんじゃないかしら」
その単語に、目を丸くしたのはアイルだけではなかった。
彼女の主であるユーリウスが怪訝に白銀の眉をしかめる。
「俺はたとえアイル殿が世界を破滅させる魔女だとしても、絶対に爪を向けるつもりはないぞ」
「どうしてあんたたち夫婦はそんなに物騒なんだわさ……」
リントの『夫婦』という言葉に、嬉しそうに顔を赤らめるユーリウスはさておいて。
リントはアイルの前にお茶の入ったティーカップを差し出してくる。
「相手が好きそう、かつ自分が食べたいと思う朝食を作り合うの。そうしたらお互いの趣向の確認や妥協点がわかるでしょ?」
「アイル殿の手料理が、食べられるだと……?」
何やらユーリウスがガタガタ震え出したが、アイルは無関心を装ってお茶を飲む。
――あら、けっこう苦いな。
おそらく自分が『甘い』と文句を言ったから、あえて濃く淹れてくれたのだろうか。
そんな気遣いに報いるため、アイルは「まぁいいんじゃない?」と合意した。
「材料はこのお城にあるものを使わないとダメなの?」
「いんや。今日はあるじもあたしたちも特に予定ないし、お嫁さまがしたいようにしてくれていいだわさ。どうせならチーム戦にする? 今日はそれぞれ材料集めや作戦会議して、明日の朝にいざ決戦! みたいな――」
その時だった。今まで後ろで控えていただけだったヴルムが小さく手を挙げる。
「それなら勝者には褒美が必要かと……」
「ヴルムくんってあんがい好戦的なんだねー」
アイルが「男の子だねー」と率直な感想を漏らした途端、彼は気恥ずかしそうに俯く。
「すみません……」
「いいんじゃない? たしかに何かないと面白くないし……」
そして、アイルは考える。
正直勝ったとて、欲しいものなど酒しかない。すごく希少な酒を取り寄せてもらってもいいが……逆にユーリウスが勝った時、自分に要求されるものは何なのか。
――うん、なんか。なんかだな……。
一通り想像した結果、アイルは思考の方向性を変えることにする。
「じゃあ、負けた方が罰ゲームにしようか! 無難に過去の恥ずかしい話を暴露するとか!」
「アイル殿の、恥ずかしい話……」
「何を想像してんのよ……」
なんだか一人で色々妄想を楽しんでいるユーリウスはさておいて。
アイルの提案にリントもヴルムも異論はない様子だ。
ちょっとしたゲームに、アイルも浮かれてパンケーキを一口食べる。
なんやかんや完食したアイルのお皿に、ユーリウスはなかなか気が付かない。
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