第12話 少年執事とデート
「僭越ながらお嫁さまのサポートにはぼくが付くことなりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします」
あまりの礼儀正しさに、思わず萎縮してしまうアイルである。
てっきり女同士リントと組むかと思いきや、リント自身が「あるじ作戦会議をしましょう!」とユーリウスを引っ張って行ってしまったので、結果としてヴルムと組むことになった。
わずかな戸惑いが顔に出てしまっていたのだろう、アイルの顔を見たヴルムがしゅんとする。
「すみません、やっぱりリントの方が良かったですよね……」
「いやいや、たしかにリントちゃんとの方がよく話している気がするけど……これを機に、ヴルムくんとも仲良くなれたら嬉しいな」
中身がドラゴンとはいえ、見た目は五歳くらいの少年である。そんな子どもに泣かれそうになって、思わず大人として耳障りのいいことを口にするアイル。
すると、ヴルムの顔は花が咲いたように綻んだ。
「ぼくも、これを機にお嫁さまと仲良くなれたら嬉しいです」
――うわ、かわいい。
だけど、その直後に「それじゃあ元の姿に戻りますね」と真ん前で巨大で屈強なドラゴンに変身させれしまうのだから……。
――詐欺だよなぁ。
と、思ってしまうアイルである。
ヴルムの背に乗って向かうのは近くの港町だ。
正直、アイルはあまり料理に心得がない。そのため、メニューはとりあえず食材を見て決めようと、色んな行商が集まる町を聞いたら海路が発展している港が近くにあるという。
「お嫁さまは今までどんな朝食を摂られていたんですか?」
「正直、たいてい二日酔いしているから朝は食べないことが多かったんだよね」
「なるほど」
ヴルムもリントと同様、背中に乗るアイルが快適に空の旅ができるよう、保護の結界を張ってくれているらしい。リントよりもスピードが少し遅いものの、その分揺れも少ない。そんな安全な飛行にアイルがのんびり風景を楽しんでいると、ヴルムが質問を重ねてくる。
「飲酒のくせはいつ頃から?」
「……覚えてないな」
さすがに町のど真ん中に降りるわけにはいかないので、町はずれの丘に着陸する。
ヴルムの話の通り、港には立派な帆を付けた船がたくさん着けられていた。荷物を運ぶ人たちが多く行き交い、一見するだけで町に賑わいがアイルまで伝わってくる。
「近々お祭りでもあるのかな?」
「そのような情報はありませんが……商店を見て回りながら、少し話も聞いてみましょうか」
そして海辺付近の商店街を見て歩くことになったアイルとヴルム。
「本当に勇者様が来ているのかい?」
「あぁ、どうやら王様に呼ばれたらしくて、今この国に来ているらしいんだよ」
井戸端会議を聞くからに、どうやら賑わっている要因の一助に勇者の来訪があるらしい。
勇者といえば、アイルが昔パーティーを組んでいた相手だ。アイルを追放した相手でもある。
「やはり他の町に移動しましょうか」
「別に、この国っていっても広いんだから。まず会わないでしょ」
ヴルムの気遣いを肩を竦ませていなせば、ちょうどのタイミングでとある店主が「まぁ、かわいいね~」と話しかけてくる。その『かわいい』の視線はヴルムに向けられていた。燕尾服を着た五歳の少年だ。可愛くないはずがない。
「お嬢ちゃんの弟さんかい?」
「そんなとこです~」
「お姉ちゃんのお手伝いして偉いねー。二人して飲みなー。南国でココの実って言われる……ジュースみたいなものさ」
そうして渡されたのは、黄緑色帯びた固い実だった。大きさは人間の頭部より少し小さい程度。アイルは初めて見た植物だったが、おそらく半分に割って二人で分けるよう提案されていると憶測を付ける。
ちなみに、同じようなことは町に来てから三回目だった。
ここまでにふかふか生地で甘辛く似た肉を包んだパンのようなものや、まるいモチモチした串に刺さった団子をヴルムのおかげでもらったりしていた。ちょうど喉が渇き始めたところだった。
なので感謝の意を込めて、アイルはヴルムに耳打ちしてみる。
「人気者だね?」
「あまり嬉しくないです……」
――男の子だなぁ。
悔しそうにしているヴルムを見下ろしながら、アイルは貰った果実を弄ぶ。果汁が飲めるそうだが、周りが固くてとてもじゃないけどアイルの力では割れそうにないのだ。
そのことに店主も気が付いたのだろう。「あぁ、ごめんね」と包丁片手に貸してを手を出してきたときだった。
「大丈夫です」
ヴルムがアイルの手からココの実を優しく奪う。そしてまるでクラッカーを割るような気軽さでミキッと固い実を半分に割ってみせた。
「店主、ストローのようなものはございますか?」
「え、あぁ……葦でよければ」
店主は小さい子の怪力に呆然としているが、アイルは渡された細い筒状の茎を使ってありがたく飲ませていただく。
まろやかな甘みが優しい味だった。それこそパンケーキのクリームに混ぜてもよさそうだな、と思いつつも……朝からそんなメニューが出てきたら自分が辛いので、あくまでお土産としてもう二つ買わせてもらうことにした。丸いまま持って帰っても、問題なく飲めるだろう。
「弟くんは未来の勇者さまだね!」
「冗談はよしてください……」
そんな感じで店主に別れを告げて、アイルたちは次の店を探す。
「やっぱり名物は海産になるのかな?」
「そうですね。あるじはサーモンが好きですよ」
そんなことを話していた時だった。
「アイル!」
自分を呼んでくる声に、アイルは聞き覚えがあった。
行き交う人々が、みんな声の主に注目している。
金の髪に、赤いマント。腰には長剣。
そんな目を引く身なりの美しい青年は必死に、だけど嬉しそうな顔でアイルの腕を掴む。
アイルは呆然と彼の名と二つ名を呼び返すことしかできなかった。
「勇者クルト……」
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