第9話 私はけっこう役に立つ


「正直なところ、俺もよく魔物でスイーツを作っている」

「ほう?」

「骨をよく煮るとトロトロの成分が出てきてな、ムースなどの材料に使えるんだ」

「骨を煮て作るスープって美味しいよね。それに麺や野菜を入れた料理を昔食べたことがあるんだけど、お酒の後にこれがまた沁みるんだ~」


 リントとヴルムは、本当にドラゴンに変身した。

 ものすごく端的に言ってしまえば、カッコいい蜥蜴とかげにこれまたカッコいい翼が生えた巨大な空飛ぶ二匹の魔獣である。当然アイルはこのような生物に乗るのは人生二度目だが、ドラゴンの魔法なのだろう、風圧を防ぐ障壁を張ってくれており、とても乗り心地は存外悪くなかった。


「あと魔獣の卵もよく使う。色の濃いスポンジ生地は見た目のとおり、旨味も強い」

「燻製卵も美味しいよねぇ。鼻に燻る匂いを、お酒でスーッと流すと……永遠に食べていられるのよ」


 そうして四人で来たのは、とある砂漠大陸の半島にある海岸だった。

 ここを住処としてしまったファイアータートルのせいで、船の行き来はもちろん、一帯の海水温度が上昇し、魚の生息にも影響が出始めているのだという。


「けっきょく酒だな⁉」

「人のこと言えないと思いまーす!」


 そんな体長十メートルはある巨大な亀は、口からフゥーフゥーと燻った煙を吐き続けていた。名前の通り口から炎を吐き、その赤く太い手足の温度は常に八十度以上が保たれているらしい。

砂浜に残る黒い足跡をついつい触ってみようとしたアイルを、ユーリウスはひょいっと持ち上げて後ろで下ろした。


「ほら、もっと下がってろ。リントとヴルムは絶対に彼女のそばから離れないように――」

「私、結構役に立つので使ってくれていいよ?」


 戦闘態勢に入ろうとするユーリウスを覗き込むようにアイルが尋ねれば、やっぱり彼の顔は赤く染まる。


「だが、きみは俺のお嫁さんなんだから――」

「お嫁さんだからでしょ」


 夫婦なのだから一蓮托生。アイルがそれを告げるよりも前に、ユーリウスは顔を背けてしまった。なにかのスイッチが入ったらしい。


「……一瞬で終わらせてくる」


 そして単身、大剣を片手に掲げて巨大亀にツッコんでいくユーリウス。

 大柄な彼だが、それでも十メートルの亀と比べたら、その黒い甲冑を纏った背中もとても小さく見える。


 ――本当に一人で大丈夫か?


 本来なら、この手の巨大な魔物は十名以上の冒険者たちが連携して倒すのがセオリーだ。

 顔をしかめていたアイルの背中をリントがポンッと叩いた。


「まぁまぁ、だてに『怪物伯』なんて呼ばれてないから」


 その時だった。口を開こうとする亀に、彼はいきなり大剣を投げつける。巨大亀とて目の前に刃物が飛んで来たらうろたえるのは必然。次の瞬間にはユーリウスが高く跳躍していた。そして、彼が片腕を薙ぐと――亀の眼孔が引き裂かれる。


 彼の片腕の服が破け、見える肌には文様が鱗のように赤黒く光っていた。その手のサイズが五倍くらい大きくなっており、その鋭い爪先は先に見たドラゴンたちと同じ兇刃が伸びていた。


 それを遠くから眺めて、アイルは感嘆の声をあげる。


「おぉ、あれが噂の怪物の腕?」

「お嫁さまは怖くないの?」

「これでもけっこう驚いているつもりだよ」


 ユーリウスの猛攻は止まらなかった。

 さすがに亀の甲羅に爪攻撃は効かないらしく、首や手足に猛撃を与えている。熱源に直接攻撃なんて、彼もただじゃ済まないだろうに……。


 だけど、ダメージはしっかり効いているようで、亀の片足が折れる。


「そろそろかな」

「そうね、終わりそうだわね」


 アイルがリントと何気ない会話をしている間に。

 その隙を逃さず、ユーリウスも最後の跳躍をした。思いっきり爪を振りかぶり、その亀の首を切り裂く。血の代わりに噴き上がるのは紫色の魔素。紫の霧を全身に浴びた竜の腕を持った男は、たしかに『怪物』といわれるのも納得の立ち姿だ。


「ふう……アイル殿、怪我は――」


 なかったか、とアイルを案じてくれているのだろう。だけど、その横で。頭を失くした亀の甲羅の内部が突如赤く明滅を始める。


 アイルが指を動かしたのは、その時だった。


梟の祝福よフェイ・オブ・オウル


 亀が爆散したと同時に、ユーリウスの周りに光の文字が結界のように張り巡らされる。


 ファイアータートルの最後っ屁。熱と砂塵が去った後で、目を丸くしたユーリウスは祝福を授けた聖女の名を呼ぶ。


「アイル殿⁉」


 アイルは、ついでにもうひとつ祝福を授ける。

 遠目から見ても、彼が火傷を負っていたからだ。最後の爆発ではなく、攻撃している最中に受けた怪我だろう。指で描いた光の祝詞をついっと飛ばして、彼の怪我を一瞬で治療してみせたアイルは片目を閉じる。


「その食材は山分けね?」


 呆然とアイルを見つめ返すユーリウスの後ろで、小さな亀がコテンと身体を横たえた。

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