のんべえ聖女とスイーツ怪物伯のおいしい契約結婚

ゆいレギナ

1章 給金3か月分の生贄

第1話 生贄ですか?


「おまえを怪物伯へ身請けさせることにしました」

「はい?」


 それは、小さなミスだった。

 アイルがひょんなことで小さな水晶を壊してしまったのだ。その水晶の価値は、およそ金貨百枚。ちょっと優雅な生活三か月過ごせるかな、くらいの値段である。


「弁償なら、私の貯金で――」

「弁償は結構ですよ。その分を結納金として怪物伯からいただくことにしたのです。さらにおまえを手放すことで今後の給金の節約もできる。こちらも厄介払いができて助かりました」


 そんな、とアイルが絶望する一方で、司教はとても朗らかに微笑んだ。


「酒好きのんべえの聖女なんて、うちには要りません。どうか怪物の元で幸せになりなさい」




 聖女とは、世界各地に所在する教会に所属する、治療や守護の奇跡に特化した魔法使いの総称である。


 アイルはその中でも格段に見目麗しい聖女であった。

 桃色の長い髪に、青い瞳。目もぱっちりと大きく、肌も白い。さらに聖女としての能力も高く、かつては勇者パーティーに同行していたこともある。その見た目と能力が相まって貴族から身請けしたいという声も後を断たない。


 しかし、アイルには一つだけ悪癖があった。

 毎晩の晩酌がやめられないのだ。聖職者のイメージとして、酒飲みがよくないことはわかる。だけど規則として酒を飲むなというものはない。


 聖水や清めの水なんていっても、中身はただの酒。


 儀式で使った酒を、どうするか――そんなもの、仕事おわりに聖職者たちが飲むに決まっている。タダじゃないのだ。捨てるなんてそれこそ勿体ない。


 なので飲酒に年齢制限のないこの世界、今年二十歳になるアイルも他の仲間たちと夜は晩酌をしていたのだが……ちょっとだけ、本当にちょっとだけ酒癖が悪かった。


 ――あれかなぁ。

 ――調子に乗って司教のハゲ頭に水晶を乗せて遊んだのがいけなかったのかなぁ。


 しかも、その記憶がアイルにはない。

 たいてい、楽しく酒を飲んだあとの記憶がないのだ。昨晩の話も、今朝同僚から聞かされて顛末を知った次第である。


「ちゃんと謝ったのに……」


 そう後悔したとて、後の祭り。

 昨日の今日でいきなり怪物伯が迎えに来てしまうという。なのでただでさえ少ない荷物の整理をしろと言われて、部屋に閉じ込められていた。外から鍵もかかっている。いわば、怪物伯が来るまで逃げるなよ、という軟禁である。


 悔しいので、アイルも中からがっつりと扉が開かないように細工しておいた。

 聖女の奇跡を使って錠前が回らないようにし、扉の前にもタンスを移動して内開き対策&バリケードも完璧だ。なんならタンスの重量も奇跡で十倍にあげた。


「だからといって怪物伯とか……ただの嫌がらせじゃない……」


 怪物伯は界隈で有名な二つ名だった。

 正式な名称はユーリウス=フェルマン天空伯。辺境伯の亜種で、世界で唯一の空飛ぶ島を管理している領主である。それだけなら、かなり有望な嫁ぎ先だ。


 ただし、その肝心の領主が『怪物』でなければ。


「あれでしょ……かなりの大男で、その片腕は人の物ではないんだっけ?」


 天空島を管理するに留まらず、その領主は持ち前の剛腕で各地の魔物討伐にも尽力しているという。それだけなら美談だが、かなりの大剣を片手でぶんまわし、人外の手で魔物を引き裂き、鮮血を浴びながら高らかに笑っているのだとか。


 しかも伝説上の化け物『ドラゴン』を使役しているという噂まである。

 そのおぞましい姿は、どちらが『怪物』なのか、わからないらしい。


「そして噂によれば、人間を食べることによってその力を維持しているとか……」


 つまり、あれだ。アイルは生贄として捧げられたのだ。


「聖女なら、生贄として見栄えもするしね~」


 ひとりでケラケラ笑って、ため息を吐く。


 ――やってらんね~。


 そりゃあ、たしかに酒癖は悪い。それは認めよう。

 だけど三か月分の生活費で餌にされちゃう命とは。


「アイル、準備はまだですか?」

「まだでーす♡」


 司教から扉をノックされるが、アイルもただで餌にされてたまるか。


 ――ギリギリまで抵抗してやる!


 先方が諦めて帰るまで、ここで籠城してやるのだ。水も奇跡で作れるので、食べ物がなくても五日は籠城できるはずである。まだまだノックは六回目。先は長い。


「さて、のんびりお昼寝でもするかな~」


 正直、昨日のお酒がまだ残っており、身体がだるい。

 この先の戦いに、英気を養っておこうとベッドに身体を横たえた時だった。


 どがんっ‼


 扉とタンスが爆散された。

 声すら出ない。散々重くしたタンスの木片が飛び散る光景に、アイルは目を見開くのみ。


「えっ……」


 そして身を起こした瞬間には、視界が暗くなる。

 目の前に黒い甲冑を着た大男が立っていたからだ。銀色の短髪に、宝石のような碧眼。体躯と釣り合わないくらいに整った顔付きの美丈夫が、真顔で問うてくる。


「きみがアイルで間違いないな」

「そうだけど?」


 一瞬、しらを切ろうとも思ったが、激昂されて今すぐバリバリ食べられたらたまったものじゃない。それなりに場数は踏んできているので、アイルも虚勢で口角を上げてみせる。


 だけどその男はひょいっと片手でアイルを持ち上げた。


「はっ、何よいきなり――」

「三時間待っても出てこないのでな。無理やり連れていく許可を司教にもらった」


 ――あいつ~‼


 俵抱きで無理やり通路に連れ出されれば、司教がわざとらしくハンカチを目元に当てて、ひらひらと手を振っている。


 こうなりゃ反撃してやると印を切ろうとするも、


「酒が好きなんだって? 俺のお嫁さんになってくれるなら、いくらでも美味い酒を用意してやる」

「私と結婚してください♡」


 酒が好きなだけ飲めるなら話は違う。

 見事、契約結婚の合意である。




 そして、いざ天空城。

 名前の通り、空に浮かぶ島に行くまでにやたらカッコいい飛竜に乗ったりと、色々特筆すべき事案はあったものの……アイルにとって一番の事案はこれだった。


「おおう、絶景だね……」


 アイルは椅子に座らされていた。なかなかに豪華な食堂だ。

 大きな窓の外は真っ青だった。うっすら白く見えるものは雲である。これまた絶景ではあるのだが、アイルがこう称したもっともたる所以は――


「さぁ、遠慮なく食べてくれ!」


 かわいいエプロンを身に付けた怪物伯が、大きなテーブルを埋め尽くさんと並べられたスイーツの前で、腕を広げていることだった。


 その男はアイルが固まっていると、彼が「そういや自己紹介がまだだったな」と両手を打つ。


「俺がきみの夫となるユーリウス=フェルマンだ。これから末永くよろしく」


 今日からアイルの夫になった男が、「俺のお嫁さん」と嬉しそうに微笑んだ。

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