第3話

 一方で、すんなりと輪の一番内側に辿り着くことが出来たメリッサは、事の行方を見守っていた。


「殿下、どういうことか教えてください」

「簡単な話よ。貴方が嫌いだから婚約破棄しようって言っているの」


 跪いている大きな身体のジェイクを見下ろし、そう言い放つクラリス。

 彼女は隣に長身で引き締まった体躯で整った顔の伯爵令息トーマスを侍らせいて、見る人が見れば恋仲なのだと想像出来る。


 そのことはメリッサにも理解出来ている。

 けれども、トーマスを好きになる理由は理解出来ない。


(どうして、みんな弱そうな人を好むのかしら? 絶対に、自分を守ってくれる人の方と一緒に居た方が幸せになれるのに……)


 一方で、周囲の評価は違った。


「隣の美しいお方って、あの最果てのダンジョンから帰還したのよね?」


 最果てのダンジョンというのは、毎年のように厄介な魔物を吐き出してきた、いわば王国にとっての癌のような存在だ。

 そのダンジョンを攻略して、無事に帰還したトーマスは英雄として扱われている。


「ええ。帰還者きかんしゃのトーマス様で間違いないわ」

「確か、帰還者様って王女殿下と結婚できるって言われているのよね?」

「そのはずよ。可愛らしい王女様と結婚したい殿方が躍起になって鍛えていたのはそのせいよ」

「そうなのね。私なら王女殿下との結婚なんて選ばないのに……」

「私も同じ意見よ。殿下って、男好きじゃない。だから浮気されると思うのよね」


 仲良しで知られる侯爵令嬢達の会話は、耳の良いメリッサに届いても王女達には届かない。

 同じくして、王女達の会話も少し進んでいた。


「私のことがお嫌いになられたことは分かりました。しかし、これは王家の命で結んだ婚約です。このような形で破棄するなど、許されることではありません」

「何を言っているのかしら?

 帰還者のトーマスには私と結婚する権利があるのだから、政治的な意味でも私と貴方の婚約は破棄される運命なのよ?

 それに、貴方はすっごく汗臭いのよ?」

「ですが、陛下の命を得ずに破棄するなど、許されることではありません!」


 常識を守ろうとするジェイクの言葉も、我儘を優先しようとするクラリスの言葉も、嘘は含まれていない。

 そんな時、席を外していた国王が戻ってきて、輪の中に入り込んだ。


「何の騒ぎだ」

「お父様っ! やっと来てくださったのですね!

 私、トーマスと結婚するために、ジェイクとの婚約を破棄しようとしていましたの!」


 嬉々として口にするクラリス。

 その様子を見た国王は顔をしかめた。

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