花日先輩と礼蘭

「ランチボックス」の路上ろじょうライブがわったあと、さっちゃんは、花日はなひ先輩をさそった。

「先輩、一緒に神社にいきません?」

「いいわよ」

 花日先輩は、即座そくざに許可した。

「じゃー、ミーも行くなー!」

 何かをさっしたらしい、のん子がさっちゃんたちにつく。

礼蘭れいらとオルカは、どっか食べといてー」


 皆は解散かいさんした。さっちゃん、花日先輩、のん子は、神社へ向かう。

「じゃーレイラ、ボクらはラーメン食べにいこ」

「いーよ」


 神社へ出発する三人。

「で、どこの神社に行くのな?」

 のん子が訪ねた。

「ここ」

 さっちゃんが携帯をポチポチして、マップアプリで指し示した場所を見せた。

「ずいぶん遠いところにあるのね」と花日先輩は言う。

「ここで、さちとれいらんは出会ったの」とさっちゃん。

「すごい奇跡きせきなね」とのん子はおどろいたように言った。

「うん、奇跡だよ」とさっちゃんは、のん子の言葉をり返し言った。

「この神社に行くのに、どうやって行ったの」

 花日先輩は、たずねる。

「さちは、歩いて。れいらんは、自転車」

 さっちゃんは、答えた。現時点でいる場所から、目的地の神社まで行くには、相当そうとう歩かなくてはならない。

『すご』

 答えを聞いた二人は、思わず口に出た。

「今回は、電車使いましょ?」

「さんせーい」

 さっちゃん的には、歩いてもよかったのだが、多数決で、電車を使うことに決まった。早速さっそく最寄もよりのえきに向かった。



「ここが、さっちゃんと礼蘭が出会った神社な?」

「うん、そう」

 目的地の神社に到着とうちゃくした。

「立派なお社ね」

 と花日先輩は、感嘆かんたんの言葉を発した。

 三人は、さっそくおやしろを前に、参拝をした。小銭をとうじて、お祈りごとをした。

「れいらんと会わせてくれて、ありがとう」

 さっちゃんは、口に出して、神様に感謝を伝えた。

 両脇にいる、花日先輩とのん子は、お祈りを済ませると、驚いてさっちゃんを見た。

 さっちゃんは、それが気になって、左右をキョロキョロ見渡す。

「ん? なん?」

 そんなさっちゃんの愛くるしい様子に、二人は思わず微笑んだ。

「さっちゃんて、心に思い描いた言葉とか、口に出すタイプな?」

 のん子は尋ねた。

 さっちゃんは、やや困りながらも答えた。

「思うだけじゃ、うまく決まらんくって。声に言った方が、ばっちり決まる」

「なるほど。それで、礼蘭の耳に止まったのね」

 たしかに、礼蘭の時も、こんな感じだった。


 お社から、少し離れたところで、さっちゃんは、花日先輩に話しかけた。

「あの、先輩」

「ん? どうしたの、さっちゃん」

 花日先輩は、さほど驚いていない様子で、きもが座っていた。


「さちと出会う前のれいらんて、どんなだったん?」


 さっちゃんは、知りたいと思った。さちと出会う前の、さちの知らないれいらんを。

 花日先輩は、答えた。

「今と大して変わらないわ。とっても可愛くて、とっても優しい。オレのことを、初めてめてくれた子なの」

「え、なんで?」 

 さっちゃんは、驚いた。先輩はこんな綺麗きれいな姿なのに。これを褒めたのは、礼蘭しかいないのか。

「オレは、男だからね」

 花日先輩は、手をパーっと広げて言った。その手は、大きく、ゴツコツとした、男性の手だ。

「男が、スカートをいて、可愛くなって、きれいなものが好きだなんて。おかしいって、みんなが言ったよ」

 それから先輩は、うつむいた。

「どうして、そういうのが好きなんですなー?」

 のん子が尋ねた。

 先輩は言った。


「人が何かを好きになるのに、理由をつける必要なんてないのよ」


 まあでも、強いて言うなら、物心がついた頃から、ずっと可愛いものに囲まれていたからよ。

 うちのお母さんが、乙女なものが好きで、裁縫さいほうでぬいぐるみや可愛い服を作って、お庭には、たくさんのお花を育てているの。

 本当は、女の子を望んでいたんだろうと思う。でも、オレは男に生まれた。

 それでも、お母さんは「花日はなひ」って、女の子につける名前をつけたけどね。赤ちゃんは、男女関係なく可愛いから。

 オレはこの名前気に入ってるけど。

 そんで、生まれたあとも、あわいピンクの可愛い服を着せて、女の子のような格好をさせていたわ。髪は、短かったけど。

「父親は、反対しなかったのな?」

「お父さんは、お母さんのそう言う乙女なところに惹かれたっぽいし、名前に込めた願いを聞いたら、納得したってね」

 お日様に向かって、りんいさましく咲く花のような人になるようにっていう願いだけど、お父さんを納得させるためにつけたものだろうね。

 

 オレは、幼い頃から、髪が長くて、スカートをよくはいて、ピンク色のものが好きだったんだ。

 裁縫や料理なんかの家事にも興味を向いて、お母さんに教わっていったし、幼稚園も小学校も、中学も、制服は全部女の子の方を着て行ったの。

 みんなから変な目で見られたわ。でも、クラスメイトは、れていくうちに、大して気にならなくなるけどね。授業も真面目に受けてたし。

 でも、中学は別でね。毎日のように、たくさんの先生からとがめられたの。


「ミーらの中学は、おかたいところだからなー。身なりの規程きていも細かいし、少しのゆるみもきびしく指摘するし」

 のん子が、言った。

「のん子と先輩は、同じ中学やったんやね」とさっちゃんは言った。

「そうなー。レイラもなよ」

 花日先輩は、話を続けた。

「それで、毎日しつこく言ってくるから、流石さすがのオレもわずらわしく思ったわ。校則は、ちゃんと守っているし、授業も真面目に受けて、成績も悪くないのに、どうしてこんなにも言われなきゃいけないんだろって」


 言われた常套句じょうとうくとしては、「男なんだから、ズボンを履け」「男のくせに、スカートを履くな」「常識的に生きろ」「男らしくいなさい」「高校受験の面接でも、その格好で行くの?」「そんなワガママじゃ、この先、生きていけないよ?」「お前のために言ってんだぞ」など。

 高校や社会に出てからの問題は、スカートを履いた男子でも受け入れてくれる場所に行けばいいと思っていた。

 オレの反論はんろんとしては、「校則はちゃんと守ってるからいいじゃないですか」と、シンプルに「ダメですか?」と「今は多様性の時代ですよ」など。でも、日に日に、短い返しも面倒くさくなって、何も言わないでスルーも多くなった。

 頭を空っぽにして、バカみたいに軽く流したり、それが余計に逆撫さかなでしたりもするけど。面倒くさいのは、スルーするのが一番いい。

 先生に毎日とがめられるオレは、他の生徒からも白い目を向けられて、同じようなことを尋ねられるから、常套句の言い分を繰り返し言う。

 生徒の方は、気持ちを丁寧ていねいに伝えれば、理解してくれることもあるけれど、先生の場合はどれだけ丁寧に説明しようとも、ハナから理解する気がなかったり、一通り話は聞いても、跳ね返されてしまう。

 どうしても、普通の男子でいることを求めてくる。

 そもそも、普通の男子って、どういう人のことをいうのだろう? 普通って何?

 オレにとっての普通は、スカートを履いて、リボンをつけて、髪が長いこの姿で、幼い頃からそうしてきたのに。

 それを否定されてしまうのは、オレという人間が否定されているようで、いやだった。

 でも、学校には毎日行った。単純に、休むと次の日が困ってしまうのと、不登校になってしまうと、大人たちの権力けんりょくに負けてしまった感があるから嫌だった。

 でも当然、学校が楽しいだなんて、思えるわけもなかった。

 日に日に心は荒んでいった。校内には、どくけむり蔓延まんえnしているかのように思えた。


「でも、本当、突然のことだったの。三年生になって、しばらくったある日」


 授業が終わって、いつも通りに帰ろうとした時に、声をかけられた。


「あの、花日先輩」


 そちらを見ると、背の高い、見知らぬ女子生徒がいたの。それが礼蘭れいらなんだけど、最初はめっちゃ警戒けいかいしたわ。

「そりゃあそうでしょうね」とのん子が同感する。


「どうしたの?」と聞くと、礼蘭は何かためらいながらも、言葉を伝えた。

「私は、一年三組の天田あまた礼蘭といいます。先輩、とってもお美しいので、ぜひ、お近づきになりたいと思いまして!」

 と、ハキハキとした笑顔を見せた。

 オレは、あまりに突然の出来事に、うまくめず、放心していた。

「え、えっと……どうしてオレに?」

「私のセンサーが、ビビッと反応したんです! 先輩のお姿を一目見てから、あのお方と仲良くなれたら、きっと毎日がトキメキするだろうなって」

 それってもしや、一目ひとめれってこと? もしや、オレ、告られてる? この見た目に、告白してくるなんて、彼女は特殊とく珠へきでも持ってるのだろうか?

「先輩って、物語の主人公みたいですよね。漫画や映画とかの私が好きなタイプの」

「へ?」

 新たな唐突とうとつな発言に、オレはきょとんとしてしまった。というか、完全な告白じゃないか。

「私が好きになる漫画やアニメや映画などの主人公は、大抵まわりの人とはちがうんです。まわりの視線なんて、全然気にしてなくて、つらぬくんです! まわりの人より、ひとクセ、ふたクセもあってね。それはそれは、小石の中にある特大サイズのルビーのようで、全然ちがうかがやきがあるんです!!」

「ルビー……」

「花日先輩は、小石の中のルビーみたいです。そういう主人公って、人想いで、仲間にいい影響を与えるんです! だから、私も、先輩と仲良くなれたら、いいことが起こるかも!」

 ウソ……。

 信じられないと思った。そんなことを言われたのは、初めてだ。彼女のような、独特どくとくな感性を持つ人は、そうそういないだろうけど。

 オレは、心が震えた。あともう少しで、決壊けっかい寸前すんぜんだ。

「ありがとう、礼蘭ちゃん。君は、ハーレムものの主人公みたいだね。たくさんの女の子をとりこにするような」

「えっ、そうですか!?」

「うん。じゃあ、またね」

 オレは、そう言って、いそぎ足で礼蘭の前から去って行った。

 そして、ひとりになって、めちゃくちゃ泣いた。

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