さっちゃんとのん子

 そして、さちは、のん子の家に招かれた。誰かのお家にお邪魔じゃまするのは初めてだ。さちがれいらんの家に行ったことはなかった。ゲームをやろうと言っていたので、さちの方からも、何個かおもちゃを持って行った。

 のん子の家は、目が皿になるくらいの豪邸ごうていだった。

 ピンポンの音も、ピンポンではなくオシャレな音だった。

「よく来たなー、さっちゃん」

「のん子ん家、すっごい豪邸なんやね……」

 さちは、震えながら言った。

「普通の一軒家なよ?」

 のん子はぽかんとした様子で言った。

 中に入ると、さちん家とは比べものにならないくらい、広くて豪華な空間だった。やっぱりずっと、震えっぱなしだった。そうか、れいらんとのん子、お金持ち同士で仲がいい。貧乏人のさちとは、釣り合わない。

 にゃーお。にゃー。のん子の家には、二匹の猫がいた。

「サムコ〜! リンスケ〜! お客さん来たにゃー」

 猫二匹を目の前にすると、のん子の口は一段と甘い感じになった。

 なるほど、のん子の独特の口癖は、ここから来とんだな。

「そういや、さっちゃんは猫イケるかにゃ?」

 さちに対しても、変わらず甘い口で話した。

「さあ。わかんない」

 猫なんて、家の近所で見かけるぐらいで、飼ったことも、触れたこともない。

「うんにゃあ、とりま、ゲームしよ。ミーの部屋で」

「ゲームって何を?」

「対戦しようぜ」

「対戦?」


 のん子の部屋は、ものすごかった。家具のあらゆるものが、猫、猫、猫!! 

 ベッドの上、机の上、棚の上には、猫のぬいぐるみや置物、あと、ロボットや人の置物がたくさん置かれていた。

「すんごい、猫とロボと人の置物が……」

「置物って、フィギュアね。ロボはプラモだけど」

「プラモ?」

 知らない言葉がたくさん出てきた。さちとは生きてる次元がちがうんやなぁ。

 のん子は、大きな画面に電源を入れて、機械きかいの準備をした。多分、これがゲームというものだろう。さちに馴染なじみある遊びとはだいぶちがう。

 のん子が用意したゲームは、見るからに戦うやつだった。これでさちをボコる気か。

 細い四角を渡された。四角の真ん中には、黒いボタンがいくつもついていた。

「なんこれ?」

「コントローラー。これでゲームをするんなよ」

「さちの知ってる遊びじゃない!」

「さっちゃん、ホントにミーと同い年? 誰でも知ってる常識よ? このゲームなんか、世界中で人気だし、レイラとも、昔よく遊んだよ」

「れいらんも……」

 れいらんもこんな遊びをやっていたんだ。でも、さちは、全然知らない。

「さちん家貧乏だから、こんな高いの買えん」

 貧乏人は、常識の中にも入れない。やっぱり、れいらんとさちには、深く大きな溝がある。さちはなんて、無謀むぼうなことを言っただろう。さちは、お金持ちどころか、常識の中の人にさえもなれない。一緒にいたいと思う人と一緒にいることもできない。

「……貧乏人は、貧乏人にしかなれない」

 つい、口からこぼれ出てしまった。

「ごめんね、のん子、さちは帰る」

 体をくるりと回して、出口のドアに進んだ。

「れいらんとは、もう……」

「待って、さっちゃん!」

 肩をグッと掴まれた。

「!?」

「ゴメン、キミのこと知らなさすぎだ。せっかく用意したんだ、一緒に遊ぼうよ」

「なんで? のん子は、さちのこと嫌いでしょ?」

「……正確には、何も知らなかったんだ。」

「さちは何も言ってないもん」

「そりゃあそうだよ。誰だって、知らないものは怖い。すぐに悪い妄想をしてしまう。だから、知りたいんにゃ、キミのこと。やり方教えてあげるからさ、やってみたら、モーレツにハマるかもな。世界がハマった神ゲーなからなー」

「……わかったよ」

 そこまで熱く言われて、応じないわけにもいかない。さちは、ゲームをやることにした。


 のん子に操作方法を教えてもらい、キャラクターを動かす。さちが選んだキャラクターは、可愛い精霊使い。精霊を操り、敵をボッコンボッコンにする。ある程度なれたところで、のん子と対戦する。のん子のキャラクターは、いかついロボットマン。

「のん子、ロボット好きなん?」

「うん、猫とロボと天使なカワイコちゃんは、刺さりまくりな」

 まるでオジサンだ。

 対戦じゃ、のん子にボッコボコにされた。

「ゲーマーなめんなよ!」

「ひどい。もうちょっと加減してよ」

「それじゃ、勝負になんないなー。レイラと戦った時だって、一度たりとも手ェ抜いたことはないなー」

「れいらんは、何のキャラ使ってたん?」

「いろんなキャラ試すタイプだけど、可愛いキャラをよく使ってたなー、このコとか」

 それは、つぶらな瞳が可愛いキャラだった。

「さちもそれにする」

 それでも、のん子には勝てなかった。むしろ、精霊使いよりも使いづらかった。

「ちがうのやろ。さちが持ってきたやつ」

「何すんの?」

 さちは、巾着の中から取り出した。

「花札!」

「花札!? トランプじゃなくて?」

「さちは、和のほうが好きやから」

「でも、ミーは花札のことはよく知らんよ」

「さちが教えてあげる。あと、やる遊びはさちのオリジナル」

「オリジナル?」

 オリジナルといっても、トランプでやるような遊びを花札版にしたものだ。

 はじめにやったのは、花札版ババ抜きだ。花札を切って、双方に同じ分量の札を渡して、トランプのババ抜きのように抜き合う。そもそも花札は、十二の月ごとに四枚ずつ札があり、その四枚か二枚が揃えば、二枚のカードを抜いて出すように、四枚の札を抜いて前に出す。今回は、最初は四枚、札の数が少なくなったら二枚とする。

「題して『月抜き』」

「でもそれ、勝ち負けがないのなー」

「うん、ない。全部無くなったら終わり」

 のん子は、「そんなのゲームじゃない!」と、持っているトランプからババを抜いて、花札に加えた。

 結果は、のん子の勝ちだった。花札はさちの得意分野だと思っていたけれど、運を必要とする遊びの勝敗は、神や仏ぐらいしか知らない。

 でも最初、二分割された手札を取ると、五光と月見で一杯、花見で一杯が揃うという奇跡が起こった。あれを出せていれば、さちが勝っていた。

 次にやったのは、花札版ポーカーだ。これは、さちが勝った。花札ポーカーは何回もやった。大袋に入ったクッキーで賭博をした。勝敗は、勝ったり、負けたり、勝ったり、負けたり、熱い戦いを繰り広げた。結局、クッキーは半分の数に分けて、ジュースと一緒に食べた。

 そんでさちは、名残惜しくも帰った。とっても楽しい時間を過ごした。のん子とはもう、友達と言っていいくらいの仲になっていた。


 さっちゃんが帰ったあと、ミーは、ベットの上で、サムコの頭を撫でながら、すごく泣ける気持ちになった。もちろん、すぐ近くに、リンスケもいる。

 さっちゃんは、別次元に住んでいるみたいだった。あのゲームだけでなく、フィギュア もプラモも知らない様子だった。まるで、現代にタイムスリップしてきた昔の人みたいに。それでも彼女は、ミーと同い歳で、同級生だ。家が貧乏だっていうのは、レイラから聞いていたが、それであれほどまでちがうのか。

 でも、ミーの知らない遊びを知っていた。いや、厳密には、ミーでも知ってるトランプのゲームを、花札版に改良したものだが、トランプで遊ぶのとはだいぶ違って、新鮮で面白かった。恐らくというか、見るからに絶対、洋より和の方が好きだからだろう。

 工夫次第で、四十八枚の札であっという間に時間を潰せる。ゲームで丸一日が潰れるのと、何らかわりはない。

 痛いほど思い知った。テレビゲームというものを知らないさっちゃんを、馬鹿にした自分がどれほど視野が狭かったか。ミーにだって、知らないこと、できないことはたくさんあるのに。

 つくづく思う。一番の地雷は、ミー自身だってこと。大好きな親友を一番困らせまくっている。さっちゃんは別に悪いことをしているわけじゃない。ミーは彼女に何か嫌なことをされたわけでもない。それどころか、さっちゃんは何もしていない。

 レイラに言った、さっちゃんへの後ろ指の一本一本が、ブーメランのように自分に突き刺さる。ミーにだって、そんなところがないわけじゃない。たな上げしすぎだ。

 ゲームや花札で遊んでいたさっちゃんは、多彩な表情を見せた。負けた時には、思いっきり落ち込み、悔しがり、勝った時には思いっきり喜んだ。学校での無愛想とは別人だ。学校では、猫か、猫ではない別の生命体をかぶっているのだ。その理由は、レイラが話せないようなものなんだろう。そんなことも、考えないで——。


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