自信アゲ大作戦
二十分の長い休み時間になると、私は
「花日先輩」
「礼蘭、どうしたの?」
「先輩に相談したいことがありまして……」
「いいわよ。相談室にいきましょ」
答えが早い! さっすが先輩!
「ありがとうございます」
ナチュラルカラーがあたたかな相談室にて、先輩とソファに
「それで、話って?」
「さっちゃんとの仲をもっと
すると先輩は、得意げになってほほ笑んだ。
「何ですか?」
「別に。でも、そうねぇ、人間関係って
「ぜひ! 教えてください!」
「人との仲を深めるには、まずは、相手のことをよく知って、相手に合わせてお話したりすることよ」
「まあ、そうですよね」
「そういう当たり前に思えることほど、意外とできていなかったり、難しかったりするものよ」
「……ですよねぇ」
先輩はクスクス笑った。
「……私は、さっちゃんのことは、それなりに知っているつもりだったんですけど」
「
「!?」
「自分では『知っているつもり』だと思っていても、それは
何と
「
ホントは私、さっちゃんのこと、まだ全然分かっていないみたいだ。
「それに、礼蘭とさっちゃんでは、価値観が大きく違うでしょう。例えば、礼蘭は誰とでも
「あ、確かに!」
バイトでも、すぐにクタクタになっていた。大したことは、していないはずなのに。
この「はず」って思いこみが、けっこう危険だったりするんだな。視野が
「どうしたら……」
さっちゃんのことをもっと知ることができますか? なんて、聞いたところで、答えは一つしかない。
「いえ。もっと彼女のことを知ろうと思います。話を聞いてくださりありがとうございました」
「あ、あと礼蘭、
「物理的?」
すると先輩は、ソファの
近い!
さらに、先輩は、私の手にそっと、自身の手を
ふ、触れたー!!
「せ、センパイ……」
先輩は、すぐに手を離し、距離を離した。
「こんな感じかな ♪ 」
にこやかな表情で言った。
「センパ〜イ♡」
「あんまり近づきすぎると逆効果になるけど、物理的に近づいていくことで、だんだん心理的な距離も縮まっていくと思うわ」
「なるほど!! 参考にしてみます!! 本当にありがとうございました!!」
さっそく
次の授業の時間から、私はさっちゃんのとなりに座った。なるべく距離を詰めて。うしろの問題は、座って
それで積極的に話しかけた。授業中は、内容に関する話し合い、それ以外では、その他もろもろの
さっちゃんは、
お昼は、さっちゃんと二人きりで食べた。のん子や花日先輩とも一緒に食べたいが、まずは私とさっちゃんとの仲を深めたい。二人には申し訳ないけれど。
「ねぇ、れいらん」
ついに、さっちゃんが口を開いてくれた。私はうれしくなり、前のめりになって聞いた。
「どうしたの!?」
「どうして、さちにめっちゃ構うの?」
「さっちゃんと仲良くなりたいからだよ」
「……別にいいのに」
そう言ってさっちゃんは、暗く
「私、さっちゃんのことは、まだ全然理解していないみたい。でも、それでも私は、さっちゃんのことが大好きだから、もっとずっと、一緒にいたいんだ」
さっちゃんは、まだもくもくとご飯を食べていた。
弁当箱に
「……れいらんお布団みたいね」
「こんなことができる女子は、私くらいだろうね」
それから私は、さっちゃんのかわいいつむじを、指でつんと押した。さらには、
するとさっちゃんは、びくっと動いて、魚のように飛び跳ねた。私の
私はじわっと
「さちと仲良くなんの、やめた方がいい」
さっちゃんは、私に顔を
「えっ、なんで?」
「きっと痛い目見る。さちには、たぶん鬼が住んでるから」
「鬼?」
「うん、きっと
——鬼の存在は、半透明。さっちゃんが名付けた、架空の存在だろう。当たり前か。それは、さっちゃんの胸の内に抱える問題。
「かまわないよ。それも、さっちゃんの一部でしょ? 私はさっちゃんの全てを愛すよ」
私がそう言うと、さっちゃんは、驚いた様子で私を見た。
「……知らないよ」
「だから、さっちゃんも、自信を持って! 鬼さんともお友達になれるようにさ!」
「……無理だよ」
「大丈夫!! さっちゃんなら、できる! 私もついてるから、一緒にがんばろう!」
「……れいらん……」
私は、さっちゃんに駆け寄り、肩をガッとつかんだ。それから、己の拳を空高く突き上げ、声明を出した。
「これより、さっちゃん自信アゲ大作戦を決行する!」
授業が終わると、いち早くさっちゃんを連れて、ライブ喫茶に行った。
ちり〜ん。
「こんにちは〜」
「お疲れ、礼蘭、さっちゃん」
「お兄ちゃん、バイトの前に、スタジオ使わせていただくよ」
「……まあ、いいけど……」
「お歌の練習にね〜」
さっちゃんの手を掴んだまま、ライブ喫茶のスタジオへ。
「あー」
「れいらん、ここでなんすんの?」
「さっちゃん、歌、歌おう!」
「歌!?」
驚くさっちゃんは、首を横に振った。
「む、無理無理! さちには無理!」
「モノは試しさ! なんでもいいから、好きな歌歌ってみて」
「歌なんて、
「十分じゃんか。その時、歌ってた歌とか」
「そんな大層な歌じゃないけど」
「いいよ」
ここまで言われて、さっちゃんは
さっちゃんが歌った歌は、合唱曲のあの曲だ。私も歌ったことがある。……ただ、さっちゃんの歌は、お世辞にも上手いとはいえないものだった。それどころか、歌の形容も
これには、本人も納得いかなかったようで、不満げな顔で、スタジオを去って行った。
「ムリぃ。やっぱ、さちは、れいらんみたいになれなーい」
さっちゃんは、空いてる席に座り、テーブルに顔を突っ伏した。
これは、どうしたものか……。
歌を歌えば、嫌な気分だって忘れ去ってしまうものだと思っていたが、それには、ある程度の歌唱の技術が必要だということを思い知った。
「人は急には歌えない」
一度大きく失敗すると、その後も長く尾を引いてしまう。でも、このままじゃあダメだと、ガンバってガンバってみた。
「い……いらっしゃい……ませ。……好きなお席にどうぞぉ」
店に来たお客に声をかけてみた。
「タラトゥイユ と、バナナスムージーです。どうぞぉ」
そう言うときには、目を細くして笑って見たり(笑えてるかは知らんけど)。
がんばったあとには、れいらんが「いいよ、さっちゃん。その調子!」と褒めて、頭を撫でてくれる。
がんばりをちゃんと見てくれて、褒めてくれる。それがほんのり、嬉しかった。
その嬉しさを、ほんのちょっとのお砂糖にして、なんとか仕事をがんばった。
夜になって、さちは、れいらんよりも早い時間にバイトを上がる。
「わたしはこれで、失礼します」
「お疲れ、さっちゃん。今日はすごいがんばってたね」
マスターにも褒められた。さちの周りには、優しい人がいっぱいいた。
家に帰って、夜遅くになると、携帯に見知らぬ相手からのメッセージが届いた。見てみると、それは、玉子Pだった。
『やあ、さっちゃん。そんなに、落ち込むことでもないよ。人には
これはつまり、
どうしたものか。
それから数日が経った休日に、また玉子Pからメッセージが送られた。
『聞くだけなら、得手不得手もないから、聞いてみるといいよ』
メッセージの下には、何やら音楽が付けられていた。
再生すると、とっても心地良い、あたたかな音楽が流れた。それから、可愛い女の子の歌が聞こえてきた。女の子の声は、とってもキレイでやさしくて、心がこもっていた。これは、誰の歌だろう。れいらんじゃないのは、確かだ。玉子Pのツテだろうか。
「さっちゃん自信アゲ大作戦」は、言うほど
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