自信アゲ大作戦

 二十分の長い休み時間になると、私は花日はなひ先輩のいる教室をおとずれた。先輩はいた。

「花日先輩」

「礼蘭、どうしたの?」

「先輩に相談したいことがありまして……」

「いいわよ。相談室にいきましょ」

 答えが早い! さっすが先輩!

「ありがとうございます」


 ナチュラルカラーがあたたかな相談室にて、先輩とソファにこしけ、さらに先輩におごってもらったココアを飲んで、リラックス。これぞまさしくなやめる女子って感じで、トキメキする。

「それで、話って?」

「さっちゃんとの仲をもっとふかめたいんです。高校に入る前は、よくお家に行って、ご飯食べたりお話したりして、仲良しだって思っていたんですけど、入ってからは、さっちゃんに警戒けいかいされたり、けられたりして、実はそんなに仲良くはなかったみたいです。……どうしたら、どんな時でも『一緒にいて心地いい』って、思える存在になれますか?」

 すると先輩は、得意げになってほほ笑んだ。

「何ですか?」

「別に。でも、そうねぇ、人間関係ってむずかしいものね。それじゃあ、オレが『相手との距離をめる』とっておきの方法を教えるわ」

 たよれる先輩の言葉に、私は飛びついた。

「ぜひ! 教えてください!」

「人との仲を深めるには、まずは、相手のことをよく知って、相手に合わせてお話したりすることよ」

「まあ、そうですよね」

「そういう当たり前に思えることほど、意外とできていなかったり、難しかったりするものよ」

「……ですよねぇ」

 先輩はクスクス笑った。

「……私は、さっちゃんのことは、それなりに知っているつもりだったんですけど」

礼蘭れいらんは、視野しやが広いものね。でも、盲点もうてんもあるわ」

「!?」

「自分では『知っているつもり』だと思っていても、それはたんなる思い込みに過ぎなくて、実はそんなに分かっていなかったりするものよ」

 何と鋭利えいりな言葉か。胸にさって痛い。

たしかに、ちゃんと分かっていたら、もっとさっちゃんを安心させれるようなやり方があったかもしれない」

 ホントは私、さっちゃんのこと、まだ全然分かっていないみたいだ。

「それに、礼蘭とさっちゃんでは、価値観が大きく違うでしょう。例えば、礼蘭は誰とでも気軽きがるに話せて、仲良くできるでしょう? でも、さっちゃんにはそれが難しいんじゃないかしら?」

「あ、確かに!」

 バイトでも、すぐにクタクタになっていた。大したことは、していないはずなのに。

 この「はず」って思いこみが、けっこう危険だったりするんだな。視野がせまいのはよくないとちゃんと思っている私だけど、私のほねずいまでんだ固定概念こていがいねんでは、ありないと思っている価値観かちかんの世界に、さっちゃんは住んでいるのだ。でも、だからって「次元が違う」と切り捨ててしまえば、おしまいだ。

「どうしたら……」

 さっちゃんのことをもっと知ることができますか? なんて、聞いたところで、答えは一つしかない。

「いえ。もっと彼女のことを知ろうと思います。話を聞いてくださりありがとうございました」

「あ、あと礼蘭、物理ぶつり的に距離きょりちぢめて見るのもありかもよ」

「物理的?」

 すると先輩は、ソファの間隔かんかくをぎゅっと詰め、私との距離が目と鼻の先になった。

 近い!

 さらに、先輩は、私の手にそっと、自身の手をかさねた。

 ふ、触れたー!!

「せ、センパイ……」

 先輩は、すぐに手を離し、距離を離した。

「こんな感じかな ♪ 」

 にこやかな表情で言った。

「センパ〜イ♡」

「あんまり近づきすぎると逆効果になるけど、物理的に近づいていくことで、だんだん心理的な距離も縮まっていくと思うわ」

「なるほど!! 参考にしてみます!! 本当にありがとうございました!!」

 さっそくためしてみよっ! そうすれば、さっちゃんの心もほぐれていくだろうから。



 次の授業の時間から、私はさっちゃんのとなりに座った。なるべく距離を詰めて。うしろの問題は、座って仕舞しまえば、大したことはないだろうと気にしなくなった。

 それで積極的に話しかけた。授業中は、内容に関する話し合い、それ以外では、その他もろもろの雑談ざつだんを。私には、雑談のネタがきないので、脳内であれこれあさって、さっちゃんに話しまくる。

 さっちゃんは、戸惑とまどっているのか、そっぽを向いて全然口を開かないが、それでもかまわず話し続けた。

 お昼は、さっちゃんと二人きりで食べた。のん子や花日先輩とも一緒に食べたいが、まずは私とさっちゃんとの仲を深めたい。二人には申し訳ないけれど。


「ねぇ、れいらん」

 ついに、さっちゃんが口を開いてくれた。私はうれしくなり、前のめりになって聞いた。

「どうしたの!?」

「どうして、さちにめっちゃ構うの?」

「さっちゃんと仲良くなりたいからだよ」

「……別にいいのに」

 そう言ってさっちゃんは、暗くうつむいた。私は、さっさと弁当箱を空にして、背後からぎゅっと、さっちゃんをおおった。

「私、さっちゃんのことは、まだ全然理解していないみたい。でも、それでも私は、さっちゃんのことが大好きだから、もっとずっと、一緒にいたいんだ」

 さっちゃんは、まだもくもくとご飯を食べていた。

 弁当箱にふたをして、さっちゃんは言った。

「……れいらんお布団みたいね」

「こんなことができる女子は、私くらいだろうね」

 それから私は、さっちゃんのかわいいつむじを、指でつんと押した。さらには、くちびるでも軽く触れた。

 するとさっちゃんは、びくっと動いて、魚のように飛び跳ねた。私のふところから離れてしまった。そして、さっちゃんは、じーと鋭い目線を送り続けた。

 私はじわっと可笑おかしくなって、「ごめん」とあやまりつつも笑った。


「さちと仲良くなんの、やめた方がいい」

 さっちゃんは、私に顔をそむけて言った。

「えっ、なんで?」

「きっと痛い目見る。さちには、たぶん鬼が住んでるから」

「鬼?」

「うん、きっと般若はんにゃみたいな、みにくくて凶悪な鬼だよ。それが暴れたら、たぶん止められない」

 ——鬼の存在は、半透明。さっちゃんが名付けた、架空の存在だろう。当たり前か。それは、さっちゃんの胸の内に抱える問題。

「かまわないよ。それも、さっちゃんの一部でしょ? 私はさっちゃんの全てを愛すよ」

 私がそう言うと、さっちゃんは、驚いた様子で私を見た。

「……知らないよ」

「だから、さっちゃんも、自信を持って! 鬼さんともお友達になれるようにさ!」

「……無理だよ」

「大丈夫!! さっちゃんなら、できる! 私もついてるから、一緒にがんばろう!」

「……れいらん……」

 私は、さっちゃんに駆け寄り、肩をガッとつかんだ。それから、己の拳を空高く突き上げ、声明を出した。

「これより、さっちゃん自信アゲ大作戦を決行する!」



 

 授業が終わると、いち早くさっちゃんを連れて、ライブ喫茶に行った。

 ちり〜ん。

「こんにちは〜」

「お疲れ、礼蘭、さっちゃん」

「お兄ちゃん、バイトの前に、スタジオ使わせていただくよ」

「……まあ、いいけど……」

「お歌の練習にね〜」

 さっちゃんの手を掴んだまま、ライブ喫茶のスタジオへ。


「あー」

「れいらん、ここでなんすんの?」

「さっちゃん、歌、歌おう!」

「歌!?」

 驚くさっちゃんは、首を横に振った。

「む、無理無理! さちには無理!」

「モノは試しさ! なんでもいいから、好きな歌歌ってみて」

「歌なんて、梅巴うめはんためぐらいだし」

「十分じゃんか。その時、歌ってた歌とか」

「そんな大層な歌じゃないけど」

「いいよ」

 ここまで言われて、さっちゃんは渋々しぶしぶマイクを手に取った。


 さっちゃんが歌った歌は、合唱曲のあの曲だ。私も歌ったことがある。……ただ、さっちゃんの歌は、お世辞にも上手いとはいえないものだった。それどころか、歌の形容もたもてていなかった。

 これには、本人も納得いかなかったようで、不満げな顔で、スタジオを去って行った。


「ムリぃ。やっぱ、さちは、れいらんみたいになれなーい」

 さっちゃんは、空いてる席に座り、テーブルに顔を突っ伏した。

 これは、どうしたものか……。

 歌を歌えば、嫌な気分だって忘れ去ってしまうものだと思っていたが、それには、ある程度の歌唱の技術が必要だということを思い知った。


「人は急には歌えない」

 匠悟しょうごくんがそう言った。そんな「車は急に止まれない」みたいに……。


 一度大きく失敗すると、その後も長く尾を引いてしまう。でも、このままじゃあダメだと、ガンバってガンバってみた。

「い……いらっしゃい……ませ。……好きなお席にどうぞぉ」

 店に来たお客に声をかけてみた。

「タラトゥイユ と、バナナスムージーです。どうぞぉ」

 そう言うときには、目を細くして笑って見たり(笑えてるかは知らんけど)。

 がんばったあとには、れいらんが「いいよ、さっちゃん。その調子!」と褒めて、頭を撫でてくれる。

 がんばりをちゃんと見てくれて、褒めてくれる。それがほんのり、嬉しかった。

 その嬉しさを、ほんのちょっとのお砂糖にして、なんとか仕事をがんばった。


 夜になって、さちは、れいらんよりも早い時間にバイトを上がる。

「わたしはこれで、失礼します」

「お疲れ、さっちゃん。今日はすごいがんばってたね」

 マスターにも褒められた。さちの周りには、優しい人がいっぱいいた。


 家に帰って、夜遅くになると、携帯に見知らぬ相手からのメッセージが届いた。見てみると、それは、玉子Pだった。


『やあ、さっちゃん。そんなに、落ち込むことでもないよ。人には得手えて不得手ふえてがある。歌なんて生きてくのに必要不可欠な能力じゃない。おれだって、そんな歌えないしねぇ。だから、ボカロPやってんだし。さっちゃんも、好きなことや得意なことに、より多くの時間を使った方が、それなりに楽しい人生をおくれるよ』

 これはつまり、分相応ぶんそうおうに生きろってことか、さちとれいらんでは、生きてる次元が全く違う。さちは、れいらんのようになれない。

 どうしたものか。


 それから数日が経った休日に、また玉子Pからメッセージが送られた。


『聞くだけなら、得手不得手もないから、聞いてみるといいよ』

 メッセージの下には、何やら音楽が付けられていた。

 再生すると、とっても心地良い、あたたかな音楽が流れた。それから、可愛い女の子の歌が聞こえてきた。女の子の声は、とってもキレイでやさしくて、心がこもっていた。これは、誰の歌だろう。れいらんじゃないのは、確かだ。玉子Pのツテだろうか。


「さっちゃん自信アゲ大作戦」は、言うほど順風じゅんぷう満帆まんぱんにはいかなかったが、でも少しずつ、少しずつは、前へ進んでいる気がする。これをどんどん積み上げて行けば、いつかは、距離も縮まるかな?


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