さっちゃんはお金持ちになりたい

桜野 叶う

ご縁

 カランコロン。


 お賽銭さいせん箱に十円硬貨一枚と五円硬貨一枚を入れて、二拍手一礼をする。

 そして、心の中でこうつぶやいた。


(何か良いごえんがありますように)


 合計金額十五円を賽銭箱に入れたのは、「十分なご縁」という縁起の良い語呂合わせを持っているから。

 私は、それほどまでに「ご縁」を求めていた。

 六歳の時に、母を病気で亡くしたことは大きなショックだった。父は世界を股にかける起業家で、昔から今も、世界中を飛び回ってビジネスをし、億レベルの大金を稼ぎ続けている。富豪ふごうと呼んでも差し支えない。

 私は実質、十一つ上の成人済みの兄との二人暮らしだが、兄との仲は良いし、信頼できる存在も、友達だってたくさんいる。私は昔から人見知りをせず、誰に対しても明るく振る舞っていた。だいたいの人とは仲良くできた。

 自分とは違う、だいぶ違う人の個性も、だいたいは許容できる。

 寂しいと思う時だってあるけれど、でも、毎日は楽しいし、たくさんの人に囲まれていて、私は笑顔で満ちていた。


 ……でも、だけど、何か一つ、新しいご縁が欲しかった。


 そんな思いを抱いて、直感に導かれるままに、こんな山の中にある神社で願い事をした。私の暮らす街の中心部からかなり遠い。


「お金持ちになれますように」


 隣から、そう呟く声が聞こえた。直球な願い事だと思った。

 顔を上げて隣を見ると、思わず目を丸くした。私の隣で参拝していたのは、小学生の中学年くらいの、私から見ればだいぶ小さな女の子。梅の花柄の赤い浴衣を着て、市松模様の巾着きんちゃく袋をショルダーバッグのように肩に掛けている、おかっぱ頭の女の子。一目見て思ったのは、座敷わらしだ。

 彼女は、顔を上げると、私の顔をじっと見た。鋭い目つきをしていて、顔にそばかすのついた野暮やぼったい子だった。そして、私を見る目はひんやりと冷めていた。

「なん、お姉ちゃん」

「あ……いや……」

 そんな彼女から発せられた言葉も、ひどく冷めていた。まるで私を敵視するように。こんな幼い子がこうも冷め切っているのか。

「すごい偶然だなーって思って。私、ちょうど神様に『何かご縁がありますように』ってお願いしてたから」

 苦し紛れに出た言い訳だったが、まさにそれを求めていた。

「そう。ここらに住んでんの?」

「ううん、都市部から来たんだ」

「えっ、お姉ちゃん、都会住まいなん?」

「そうだよ」

「そうなんに、よくこんなとこまで来たね」

「ん?」

 今の発言、ちょっと引っ掛かる。彼女の独特どくとくな話し方については流しているが、なんか……。

「どういうこと?」と尋ねた。

「だってここら、お家はいっぱいあんのに、コンビニもスーパーもまるまるない。こんな秘境ひきょうみたいなとこ、お姉ちゃんみたいな都会っ子は行かんでしょ?」

 彼女はそう言って、帰っていく。

「失礼な! 確かにあんまり行きたくないけど、偏見はなはだしいって!」

「人間なんてそうなもんよ」

 彼女は振り返りもせず、先をいく。私は慌てて彼女を追いかける。

「名前は何ていうの? 私は、天田あまた礼蘭れいら。お礼の蘭で礼蘭」

八尾やお幸巴さちは。幸せの巴よ」

 幸せの巴……「さちは」って、イマドキの子どもにしては古風な名前だ。「さちこ」じゃないだけまだ現代っぽいけど。そして何よりだ。

「さっちゃんは、何でお金持ちになりたいの?」

 さっちゃん。自然とそう呼んでいた。名前の頭二文字が「さち」なら、自然と「さっちゃん」と呼びたくなるのが日本人というものだ。

 これを尋ねると、さっちゃんは足を止めて振り向いた。

「さちの家、代々貧乏なの。だから、さちはお金持ちになって、そんの流れを断ち切りたいの」

 薄々思ってきたが、小学生にしては難しい言葉をよく知っている。余程の国語マニアか、英才教育でも受けてきたのだろうか。……いや、家が貧乏なら、可能性は低いか。

「ところでさっちゃん、歳いくつ?」

「十四歳」

 え……。

「中二?」

「中三」


「ええっ!!!」


 思考よりも先に声が出た。

「さちは、十二月生まれだから」

「……私も一緒。中三で十二月生まれ」


「えっ!?」


 今度はさっちゃんが驚嘆した。

「本気でいうてんの!? お姉ちゃん、どうみても大人よ?」

「よく言われるよ」

 私の身長は、百七十を半分以上超えている。成人男性の身長である。

「この背丈の高さで、バナナが好きだから、ついたあだ名が『ジャイアントゴリレイラ』」

「プフッ」

 初めてさっちゃんが笑った。私としては全然うれしくないけど。

 しばらくして、笑いが治ったさっちゃんは、話し始めた。

「さちはね、お金持ちなるために『お金ってどうやって稼ぐの?』とか『お金持ちってどうやてなるの?』とか、学校の先生にたくさん聞いたの」

 それは良い予感がしない。

「ついたあだ名が『金欠座敷わらし』」

 やっぱりみんなから座敷わらしって思われてるんだ。

「ちなみに、何て返ってきたの?」

「お金稼ぐのは、バイトとか、会社に就職するとかで、お金持ちには、そもそもなるもんじゃないとか、たくさん勉強して、良い高校、大学に進学して、良い会社に就職するだって」

 まあ、そんなもんか。

「えっとね、さっちゃん。確かに、バイトになったり、会社に就職して働けば、お金は稼げるよ。でもね、どんなに良い企業に就職しても、お金持ちにはなれないよ」

「えっ?」

「いくらガッポリ儲けてる会社でも、実際にお金持ちになるのは社長さんクラスの人たちで、下の下の労働者は、そのうちの少しぐらいのお給料しかもらえない。それでも、一人二人の平凡な暮らしぐらいならまかなえるだろうけど」

「じゃあ、どうやりゃお金持ちになれんの?」

「うちのパパは起業家で、常に大金を稼ぐ大金持ちなの」

「ええっ!?」

「パパが言うには、自分が興味関心のあることを極めてお金にするんだって」

「えっ!? それでお金が稼げんの?」

「らしいよ。私もまだ稼いだことないから、詳しくはわからないんだけど」

「れいらんは、なんか興味あるもんとかあんの?」

「それがわからんのだよ。だからここに来て、神様にお祈りして、そしたら君が現れた」

「?」

 きょとんとするさっちゃん。私は屈んで、さっちゃんと目線を合わせた。

「さっちゃん、私もさっちゃんの夢に協力するよ。一緒にお金持ちになろ?」

「え……いいの?」

 戸惑うさっちゃんの目は、キラリと輝いたような気がした。

「もちろん!」

 だってこれは、神様が導いてくれたご縁だと思うから。パパが言っていた教えの一つ、「好機は絶対に逃すな」。


 第一に、さっちゃんと仲良くなりたい。

「さっちゃんって、十二月の何日生まれ?」

「四日」

「ああ、惜しい! 私は七日生まれ」

 期待していた誕生日ミラクルにはならなかったが、それでも近い。三日違いか。

 そうだ、一緒にあの場所に行こう。

「さっちゃん、ちょっと付き合ってくんない?」

 私はさっちゃんにお願いした。するとさっちゃんは「付き合う?」と、怪物を見るような目で私を見た。ものすごく怪しまれている。

「大丈夫! 私は、さっちゃんを食べたりとかしないから。一緒にごはん食べに行こうよ」

「さち今、お金持ってない」

「奢ってあげるよ。ウチはお金持ちだから、食べ放題だよ!」

 そう言うと、さっちゃんはしばらく黙った。

「……いいよ。途中、良い土手があったらよってく」

 「やったあ!」

 土手なら、道中にあるか。でも、土手によって何するんだろう。


「そういえば、さっちゃんはどこに住んでるの?」

「南区の海に近いとこにあんトコ」

「南区って、さっちゃんも遠いとこから来てるんだね。どうやって来たの?」

 私は自転車に乗ってきた。流石に、超長距離を徒歩でなんて、私にそこまでの体力はない。

「歩いてきたんだよ」

 思ってはいた。家が貧しいさっちゃんに、自転車を買う余裕なんてないよな。

 仕方なく私は、自転車を押して、さっちゃんと一緒に歩いて行った。



  私たちは、神社を後にし、太い道路をたどってたどって、新幹線の線路を越え、JRの線路を越えて、たどりついた大きな川。猿橋さるばし川だ。ここら辺はもう、この街の中心部である。この川に沿ってずっと歩いて行けば、この街、紅島べにしま市の中心の中心となる駅にたどりつく。

 そんな街の中心に流れるこの川のほとりは、緑がほうぼうと生い茂っていた。

 さっちゃんは、生い茂る緑を見て、今まで以上に気分を高揚させて、土手へ入って行く。

 対して私は、ずっと歩きっぱなしでヘトヘトになっていた。足は棒状態だし、息も荒い。 道路わきに自転車を止め、そのかたわらに腰を下ろした。

「もう無理ぃ〜」

「れいらーん! こんのー?」

 さっちゃんは、土手の下から元気に手を振っていた。同じ距離を歩いたはずなのに、全然疲れている様子がない。なんてタフな子だ。

「ここで休んでるー」

「でっかいくせにやわやなぁ」

「でっかいとか関係ないから」

 逆にさっちゃんは、小さいのにタフだ。長距離を歩くのは慣れてるのだろうか。

 

 さっちゃんは、巾着きんちゃくショルダーから、ポケットサイズの野草図鑑らしき本を取り出して、それを見ながら、植物を摘んで、巾着に入れていく。まさか、じかに入れてるわけじゃないとは思うけど。

 野草を摘んで、晩ご飯にでもするつもりかな? 

 またしばらく見ていると、野草ではないものを採り始めた。何をしているんだろうと思ったが、その先は考えたくなかった。

 

「おーまた!」

 いさぎよい笑顔で戻ってきたさっちゃん。可愛い笑顔が見れて何よりだが、その裏に不穏なものを隠し持っているような気がして、少々警戒した。

「食料調達してきたの?」

「うん! 野生の採ってくりゃあ、金いらんから。よく遠出して採ってったりすんの。いつもは、ご飯とお味噌みそとお漬物つけものなんやけど、休日なって、外で採ってきたりした日は、ご飯やお味噌に入れたり、揚げ物とか佃煮つくだにとか作ったりすんや」

「そう……」

 工夫して生活を送ってるんだなぁ。でも、最後の佃煮には良い想像がつかない。……たぶんきっと、野草を佃煮にしてるんだよね! 天ぷらにするのはよく聞くけど、佃煮って珍しい食べ方だなぁ〜。

「そろそろ行こっか」

「うん」



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