第8話

「カランカラン」扉り取り付けた鐘がなる。


「いらっしゃいませ・・・あ久しぶりです!」

 来てくれたお客さんは、半年前にこのお店でプロポーズが成功、お店の裏にある教会で結婚式を挙げた2人が来てくれた。


「主人が、ここの珈琲が飲みたいって何度も言う物ですから、来ちゃいました!」

「だってさ、僕たちが結婚して半年記念日なんだよ!ゆかりのあるこのお店に来たいじゃないか。」

 いい旦那さまは、こういう所は抜け目ない。きっと幸せな新婚生活を送ってるんだろうなと改めて感じ取る。


「やっぱり、あの珈琲ですか?」

「はい!あの珈琲でお願いします!」

「畏まりました。」


 マスターが豆を炒り始める・・・。

 そう、この二人が注文した珈琲は「ストロング・珈琲」改め「キューピッド珈琲」。

 初めてこの二人がお店に来た時に、なかなかプロポーズをしない男性の背中を押すために淹れた珈琲だ。


 かなり強烈な珈琲の香りが店内に広がる・・・。

「お待ちどう様です。」

「これですよ!これ!」と男性が口にする・・・ガツンと来る珈琲にまたもや噴き出しそうになる。

「あなた、半年前と同じことをしてるわよ。」と奥さんが笑ってる。

「ハハハ、前に飲んだ珈琲はこんなに強かったんですね!」と笑ってる。

「でも、この珈琲のおかげなんですよね・・・。」と優しい目でカップを見つめる男性。

「これからも、仲良くしてください。」と奥さんに「告白」をした。

「はい。よろしくお願いします。」


 ありがとうって言葉を残して2人は帰っていった。




 その日からしばらくして、初めて来るお客さんが来た。

「あの、キューピッド珈琲をください!」

「え?」

「僕は、結婚式に参列したあの2人の友達なんです!ここの珈琲を飲んだことがきっかけで、プロポーズが成功したって聞いたものですから・・・。」

「もしかして、お客さんもプロポーズですか?」

「はい、これから会う人にプロポーズしようと思ってまして、気合を入れようかと。」


 珈琲はエナジードリンクではないのだけど・・・。


「畏まりました。でも本当にガツンと来ますから、覚悟してくださいね。」


 次の日にその男性客は女性を連れて来た。

「いらっしゃいませ。あら、この方ですかぁ~昨日おっしゃっていた方って。」

「ここの珈琲のおかげで、大成功ですよ!ありがとうございます!」

「では、ここで結婚式をされるのですか?」

「はい!あの2人のような幸せな結婚式にしたいと思います!」


 翌月、2人の結婚式を執り行った。




 その事がきっかけで「ここの珈琲を飲むと恋が成就する」との都市伝説が生まれ、プロポーズを成功させてい人や片思いをさせたい人が、次々と来店するようになった。

 この店は神社じゃないのだけど、それでも高確率で成功しているのだから、噂は広がるばかり・・・。


 そんなある日、小学生の2人が来店。

「いらっしゃいませ。」

「キューピッド・珈琲を下さい。」と注文をする男の子。

「大丈夫?ここの珈琲は1杯、1500円するのよ?」

「大丈夫。貯金をがんばったから・・・。」

「キューピッド・珈琲はすごく苦いわよ?本当にいいの?」

「・・・・」


「香さん。」マスターが手招きをする。

「ここは、普通のブレンド珈琲を淹れますよ。」とヒソヒソと言ってくる。

「わかりました。」


「お客様、畏まりました。20分程、お待ちくださいね。」

「20分もかかるの?」

「そうよ~。ここのお店は「本物の珈琲」を淹れるんだから!」

「わかった。」


「香さん、お待ちどう様。」とマスターが出してくれたのは、カフェオレ。

「マスター、いつの間にミルクなんて用意していたんですか?」

「これは、たまごサンド用のミルクですよ。小さなお客様にお出しして下さい。」

「わかりました。」


「お客様、お待たせ致しました。キューピッド・珈琲です。」とカフェオレを出す。

「わぁ~、甘くておいしいね。」と女の子が嬉しそうに飲んでいる。

 男の子は黙って下を向いている。


 ・・・こんな時って、男の方がヘタレなんだよね。


 男の子は決意を固めたようで、「あの、あのさ。」

「なぁ~に?」女の子の方が堂々としている。

「僕は、君の事が好きだよ。」

「ありがとう。私も大好きだよ!」

「じゃあ、僕と付き合ってくれる?」

「うん!」


 無事、ちいさな恋が実った二人は「ごちそうさま!キューピッド・珈琲って苦いって聞いてたけど、甘くて美味しかった!」と言って、手を繋いで帰って行った。


 ・・・私でさえ、彼氏がいないのに・・最近の小学生は・・うらやましい。


「カランカラン」いつのも常連さんが入って来た。

「いらっしゃいませ。今日は遅いんですね。」とおしぼりとお水を出す。


 常連さんは腕時計を外しながら、「小学生のカップルとすれ違ったんだけど、この店に来たの?」

「ええ、キューピッド・珈琲を飲んで、恋が成就したんですよ。」

「でも、小学生にあの珈琲は苦すぎるだろ?」

「大丈夫ですよ、カフェオレを出しましたから」と笑いながらマスターが答えた。

「それにしても、変な繁盛の仕方をしたもんだ。」

「それでも、皆さんは緊張してるので騒がしくないですよ。」

「本当は、思いの強さが決め手なのになぁ~」と常連さんは天井を見上げる。

「まっ、ゲン担ぎになるんだったら、いいか。それにしても、小学生だぞ!今の子供達は進んでるな!俺の頃は鼻水垂らしてたぜ!」ガハハハと笑う。


「それはそうと、厨房の件は進んでるのかい?」

「ええ、明日の休みの日に業者さんが、計測に来る予定になってます。それを元に設計図を起こすみたいですよ。」とマスター。

「そこに香ちゃんは同席出来ないの?」

「え?何で、私が同席するんですか?」

「そりゃ、当たり前だろう、厨房を使うのは香ちゃんなんだから、使い勝手のいい設計にした方がいいだろう?」

「でも、そんなことをしたら、お金がかかるんじゃないですか?」

「金の事なら、気にするな!俺はこう見えても金持ちだからな!なんちゃって!」

「それじゃあ、同席させてもらいます。」

「ああ、それで美味い飯を食わせてくれ。頼んだよ!」


「カランカラン」もう一人の常連さんのマダムがやって来た。

「いらっしゃいませ。」

「こんにちは。ねぇ、小学生の2人とすれ違ったのだけど・・・」


 マダムも同じことを聞いてくる。


「オウ、マダム!その2人は、ここの珈琲を飲んで付き合う事になったそうだぞ!」

「あら、よかったわね!それにしても、よくあの苦い珈琲を飲めたわね?」


 同じ疑問をマダムも持つんだよね。この二人は仲がいいんだろうな。

「あの2人には、甘いカフェオレを出しましたから、大丈夫ですよ!」マスターも同じ答えをする。


「そりゃそうと、明日はよろしく頼むぜ!」と常連さんがマダムに言う。

「任せてよ!納得が行く厨房を作ってあげる。」

「ひょっとして、マダムの会社の人が来るんですか?」

「私の会社・・と言うより、私のグループ会社のひとつね。」

「マダムって商売上手なんですね!」

「オイオイ、香ちゃんは知らないのかい?マダムは有名グループ会社の会長さんなんだよ!」

「え?それは失礼しました!」と慌てて、頭を下げる私・・・。

「そんなに畏まらないでいいわよ。この店に来たら、私もただのお客さんの一人だし、この立場になってから、周りはみんな遜ってくるから、いつものように接してくれる香ちゃんでいてね。」

「わかりました。それよりも、マダムは何だか元気ないですね。」

「あら、香ちゃんには敵わないわね。ちょっと仕事の事で色々あってね・・・。」

「よければ、愚痴ぐらいなら聞きますよ。」

「いいの?でもね。」

「何でしょうか?」

「この店に来ると癒されるから、もういいのよ。ありがとうね。香ちゃん。」


「そんな事よりもなマダム、聞いてくれよ!」


 小さな店内にゆっくりと流れるした時間、みんなの幸せそうな笑顔。

 この店にバイトで入って良かったな。改めてそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る