辺境伯の贈り物~聖女候補なのに魔法学科を落第して婚約破棄された伯爵令嬢ですが恋した乙女は最強の大聖女になっちゃったので愛をつらぬき世界を救います

古東薄葉

第一章 学園編

第1話 落第聖女候補の婚約破棄 ~ドラゴンに乗る贈り物

「アンジェリーヌ・テレジオ伯爵令嬢、キミとの婚約は破棄させてもらう!」


 明日は新学年初日という日に行われた王立学園高等部の進級祝い舞踏会。


 ビシッ! と私を指差してポーズを決めて言い放ったのは正装で着飾った婚約者のダミアン・ダントン侯爵令息。


 驚いて目を丸くして立ち尽くす私は制服姿。

 両手で持つお盆に参加者用の飲み物を乗せて運んでいる最中だった。


 一時、流行した恋愛小説の冒頭シーンもヒロインがこんな格好では、なんともマヌケなシーンができあがった。


 回りに集まってきたドレスや正装の生徒たちの口からもプッと吹き出したり、クスクスと笑う声が聞こえてくる。


 私のことを覚えている人もたくさんいる。


”彼女ってアレだろ、例の……”

”まだ学園にいたのね。恥ずかしくないのかしら”


 そんな声と視線を浴びて私の背中は丸くなっていき、うつむいてお盆の上のジュースを見つめる。


「聖女候補と言うから嫁にもらってやる気にもなったが、入学して一年、魔法が全く使えず落第とは! これではサギではないか!」


 うつむいたまま心の中で言い訳する。


 こうならないように、ちゃんと説明はしてました。

 聖女候補とか言われてますけど魔法はできません。

 できるようになるとも思えませんって。


 でも、そのうち魔法が使えるようになったら儲けもの。

 そんな考えで婚約されたんでしたよね。


 いつか破談になるとは思っていた。

 でも、こんな公開処刑みたいなやり方をされるとは思わなかった。


”ザマアミロ”


 女性の声が聞こえてきた方を上目づかいで見る。

 ダミアンの隣でニヤニヤと笑うローズブロンドの長い髪、赤い派手なドレスの女生徒がいた。


 カリーナ・フィエルモント。

 魔法学科の同級生で魔法の名門フィエルモント伯爵家の次女。

 この一年、何かにつけて私に絡んでくる嫌な女。

 とりまきのグレースとイリスも隣でニヤニヤと笑っている。

 

 そうか、いつもの意地悪三人組がたきつけたんだ。


「だいたい、お前は伯爵令嬢だろう。なんで制服姿で飲み物係なんてやってるんだ?」


 落第して二年に進級できず、婚約者にエスコートもされずではドレスを着る理由もありません。

 だったらよろしく、と実行委員の仕事を押しつけられたからです。


「その赤毛の太三つ編みにソバカス。貴族令嬢としての気品も華やかさのかけらもない、まるで平民ではないか。侯爵家に嫁ぐにはふさわしくないと自分でも思うだろ?」


 自覚はあります。

 でも、この歳になって赤毛でいじめられるとは思いませんでした。


 赤毛はこの国では珍しく、小さいころは『頭が火事のアンジェ』とかよくいじめられた。

 おかげで、すっかり引っ込み思案になり、マジメなだけが取り得の地味で内気な性格になってしまった。

 なによりも嫌いなことは、注目されて人の視線を浴びること……。


 婚約者はダントン侯爵家の経営する商会を継ぐ予定の次男。

 商業学科でこの春からは三年生。

 学園で顔を見かけた程度で、婚約後も親密になるということもなかった。


 我が家が経営する商会への資金援助付きで持ち込まれた縁談だったが、落ちぶれた伯爵家の娘が侯爵家に嫁げると父は喜んでくれた。


 なので、婚約破棄されたことよりも父に説明しなければならないことに気が滅入り、うつむく顔がさらに下がっていく。


 そんな心配を見透かしたようにダミアンはあざけり笑った。


「案ずるな。お前の父親には我が父が今ごろ話してるだろう。テレジオ商会がつぶれたら、安く買い取ってやるとな!」


 だったら、私が説明して父の悲しむ顔を直接見なくてもすむ。


 少しホッとして改めて気づかされるのは周囲からの視線とあざけりの笑い声。

 小さいころの記憶を呼び覚まし、心に突き刺さる。

 目に涙がにじんでくるが、それは婚約破棄されたせいじゃない。

 

 なんで、私、こんな目にあうんだろう……。


 もう一年間も続いているこの感情。

 それまでは地味なりに、目立たずに、それなりに生きてきた人生だったのに。


 人だかりの中に怒りの表情で立つ親友のセシリアがいた。

 彼女は平民なので制服で参加し、珍しい黒髪のショートヘアーなのですぐに気がついた。


 短気な彼女のこと、ダミアンを引っぱたくかもしれない。

 平民が貴族をたたくのは絶対まずいがセシリアならやりかねない。


 とにかくこの場から彼女を離さないと。


「しょ、承知いたしました。それでは失礼いたします」


 うつむいたまま、なんとか口を開いた。

 ダミアンの拍子抜けしたような顔がチラッと見える。


 丸くなった背中をさらに丸めてペコリとおじぎをして、うつむいたまま出口に向かって足早に歩き出す。


「アンジェ、待って!」


 期待した通り、セシリアが追ってきたのでさらに先へ進む。


「待ちなよ! せめて、お盆は置いてきな!」


 あっ、忘れてた……。



 今は四月初旬、夕暮れはまだ薄暗い。

 中庭にある噴水の前のベンチに二人で腰を下ろした。


「なんて男よ! アンジェに代わって一発引っぱたくとこだったわ」


 ほら、やっぱり。あぶなかった。


 セシリアはすでに炎魔法では学園一と言われている。

 しかし、平民出身、かつその気性で他の生徒から浮いてしまい、やはり浮いている私と仲良くなった。


 噴水の中央にあるのは五つの石像。

 この国の守護神である女神ルミナスとその加護を与えられ二千年前に世界を救ったという光の大聖女ルシア、さらに風、水、炎の三人の聖女たち。


「聖女か……」


 彼女たちの石像を見ながらタメ息をついた。


「入学してから一年、ろくなことがない……」

「アンジェは教養学科志望だったんだっけ?」


 王立学園には女生徒だけの魔法学科と教養学科。

 男子中心の政治学科と騎士学科がある。

 教養学科の実態は花嫁修業をしつつ今日のような男女交流の場で伴侶捜し。

 別名は令嬢科。私もそのつもりだったのに。


「私、なんで魔法なんか勉強してんだろ? 生まれてから一度も魔法なんか使えたこともないのに」


 ベンチにもたれて空を見上げた私の頭上に聞き覚えのある美しい声が響いた。


「アンジェ、それはあなたに才能があるからですよ」


 きれいにまとめられた長い金髪の縦ロール。

 高そうな生地の白いドレスに上品な宝飾品。

 美しく着飾ったソフィア様が優しく微笑んで私を見下ろしていた。


 ソフィア様は魔法学科の一年上の先輩。

 魔法の名門グレンモア公爵家の令嬢で国を代表する水魔法の使い手。

 我が国、ルミナリア王国の白バラとも呼ばれる美しさは大陸中に響き渡る。

 隣国に留学中の皇太子の婚約者で要するに次期王妃様。


 そして平凡になるはずだった私の人生を大きく変えた人。



 ソフィア様が私の隣に座り、両手で私の手を握りながら優しく語りかけてくれる。


 セシリアは、また始まったという顔で少しずつ離れていった。


「あんな男がなにを言おうと気にすることはありません。アンジェはまちがいなく聖女候補なのですから」


 一年前、自分すら気づいていなかった私の巨大な魔力を見抜き、強引に魔法学科に入学させたのがソフィア様だった。


 私を見つめる熱い視線に耐えきれず目を伏せた。


「でも、この一年まじめに勉強したつもりですが今でも全く魔法が使えません」


 ソフィア様は私を抱きしめて髪をそっとなでてくれる。


「わたくしのアンジェ、あせることはありません。まだたった一年ではないですか」


 甘い香りに包まれながら、心は沈んでいく。


 じゃあ、あと何年こんな思いをしなければならないのですか?


 

「アンジェ、気にせず努力を続けるのですよ」


 ソフィア様は新年度の生徒会長としてスピーチをされるそうで、会場の講堂へと去って行った。

 それを見届けながらセシリアがつぶやく。


「やっと解放されたね」


 もう一度、ベンチの背にもたれて伸びをすると空に大きな満月が見えた。


「今日は満月なんだ」


 見上げた月の光の中に黒い点が見え、じょじょに大きくなっていく。


「ねえ、あれなに?」


 私が指差した黒い点はさらに大きくなって黒いかたまりに見えてくる。

 突然、かたまりから大きな翼が広がって長い首をもたげたような影となった。


「あれって、ドラゴンじゃない⁉」


 二つの長い羽、四本の脚、長い首と尾。

 その影はまさに物語の挿絵によくあるドラゴンの姿だった。

 セシリアもその姿がわかって叫んだ。


「なんで魔獣が王都に⁉」


 国境に近い山間部とかに魔獣が出たと新聞にときどきのるが、王都に現れるなんて聞いたこともない。


「こっちに降りてくる!」


 セシリアは立ち上がり、右腕をかかげて手の平を影に向けて魔法の詠唱を早口で言い始めた。


「女神ルミナスの導きに我が魂呼応せん。この手に宿りし炎の意志を包み込み灼熱の球となせ」


 手の平の前に大きな赤い魔方陣が浮かび上がった。


「ダ、ダメよ、いきなり攻撃なんて!」

「燃え放て! 炎球単撃!」


 魔方陣から発射された大きな火の玉が真っ直ぐにドラゴンに向かって飛んでいく。


「先手必勝よ!」


 当たった! と思った瞬間、ドラゴンの前に現れた黒い小さな円が一気に大きく広がってまるで黒い穴のようになり、火球は吸い込まれるように消えていった。


「あれ? あたしの火球は?」


 黒い円はすぐに小さくなって消え、ドラゴンの影がまた現れるが背中に人が立ち上がったような影が見えた。


「見て、人が乗ってる!」


 その人に操られるようにドラゴンは高度を下げてきて、私たちからかなり離れたところに着地した。


 影が人だとするとドラゴンは馬の二倍ぐらいの大きさだが、その背中から影が飛び降りて、こちらに向かって歩き出す。

 ドラゴンは大きく羽ばたいて、空高くへと飛んで消えていった。


 震える私たちに近づいてきた影の姿が見えてきた。

 体は足元までのマントに、頭と顔は深いフードで覆われている。


 死神!


 子供の頃に本で見た死神にそっくりだ。

 あのマントの下には大きなカマがあって運命に翻弄される乙女の首をかき切ってトドメを刺しに来たんだ!


 妄想が頭を駆けめぐった。


 『死神』は私たちの前まで歩いてくると私たちに話しかけてきた。


「ここは王立学園ですね?」


 あれ? 落ち着いたステキな男性の声。

 見た目の不気味さと声の違いに驚きつつ震えながら答える。


「は、はい」

「魔法学科の方とお見受けしますが、生徒を探しています。名前は、アンジェリーヌ・テレジオ伯爵令嬢」


 えっ、私⁉


 セシリアも驚いて私を見た。


「聖女候補として有名な方ですが、ご存じありませんか」

「私……ですが」

「おお! なんと運がいいのでしょう! 聞いていた住所に行ったらとっくの昔に引っ越されたと言われ、陽も落ちるしで途方に暮れておりました」


 声の調子が急に明るくなった。

 よほど探すのに苦労してたのかな。


 父が事業で失敗して作った巨額の借金返済の足しに街の屋敷を手放し、もう何年も前に郊外に引っ越していた。


 ずっと昔の知り合い?

 なんで、私を探してんだろう?


「あの、どちら様でしょうか……」


 『死神』がフードに手を掛け、頭から外した。


 銀髪?


 この国ではめったに見ない白銀に近い色。

 肩を越えるほどの長い銀髪がサラサラと流れた。


 顔をこちらに向けて目を開くと瞳が緑っぽい色に見える。

 鼻はスッと高く、整った唇、白い肌。

 歳は二十五、六か。


 王子様!


 運命に苦しむ乙女を救いに王子様がついに現れた!

 乗ってるのは白馬じゃなくてドラゴンだったけど……。


 死神は王子様に格上げされて妄想が駆けめぐった。


「あなたのおじい様と親友だったマクシミリアン・フロディアス辺境伯の命により贈り物を届けに参りました」


 辺境伯と言えば、貴族の格なら公爵と侯爵の間ぐらいか。

 フロディアス辺境伯領は王都から南に馬車で三週間はかかるまさに辺境の地。


 二千年前の建国時に暗黒竜をそこで倒した勇者が、その地を与えられて辺境伯になったという伝説がある。


 祖父は十年前になくなったがフロディアス辺境伯が親友だったとか聞いたことがない。


 セシリアが興味深げに身を乗り出してたずねる。


「その贈り物ってなんですか?」

「セシリア!」


 ぶしつけな質問にあわてる私の耳元でセシリアがささやいた。


「だって辺境伯って王家と同じぐらい大金持ちってウワサよ」


 私も聞いたことがある。

 国境を接する隣国との長年の貿易で築いた財とその軍事力は王家に匹敵すると。

 ただ、邪神を崇拝してるとか魔獣の軍団を持ってるとか、いかがわしい話も聞こえてくる。


「私が……」


 そう言ってマントを脱ぐが、着ている服を見て目が点になった。

 それは燕尾服にも似た執事がよく着る服だった。


 えっ、執事?


「私が、辺境伯の贈り物です。シオンとお呼び下さい」


 そう言って、ニッコリと人なつっこい笑顔を浮かべる。 


「お父上にお目通りいただけますか、アンジェリーヌお嬢様」


 私とセシリアはあっけにとられ、ポカンと間が抜けた顔でシオンと名乗ったその人を見た。


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