インスタント倫理

たつの落とし子

短編① 肉食

「ただいま」


誰もいない社宅。扉に肥えた腹が支えないように、体を斜めにして入る。


会社に行って、健康診断をして、社食をたらふく食べて、プログラミングをして帰ってくる。


迎えはいない。


単調な毎日。


しかし、そんな無味無臭の日々にも楽しみがある。


ガソゴソとビニール袋を漁り、「お徳用」のシールが貼られたパックを取り出す。


「中国産の商品はアレなイメージだけど……肉は美味いんだよな」


発泡トレーから肉を取り出し、フライパンの上に置く。


コンロの火をかけて、軽く炒めてから焼き肉のタレをかける。


そして、朝炊いた少量のお米をフライパンに入れ、また軽く炒めたら出来上がり。


「……やっぱり仕事終わりにはこれだよな」


冷蔵庫から缶を取り出す。


冷たく結露した缶を取り出す。

プシュッと爽快な音、溢れる苦味のある香り。

ぐびぐびと喉仏が動く。

五感が喜ぶ刺激。


「ふぅ……」


苦味とアルコールの香りを掻き消すように、フライパンから直接、焼き肉炒飯を食べる。


夢中になって食べる。箸でフライパンを突く音が孤独な部屋に響き渡る。


「……明日も仕事か」


会社に行っても、健康診断をして飯を食って、仕事をして帰るだけ。

もとより会社はそのような場所だが、親しい友人もいなければ恋人もいない。


アクセントのない単調な日々を目の前に、早く終わってくれと思わずにはいられない。


「ちっ……」


今日はもう早く寝よう。そろそろこの日々ともお別れができるはずなんだ。


重い尻を持ち上げ、痛む膝に顔を顰めさせながら風呂場へ向かう。


シャワーを浴び、体の汗を流す。


そして、液体洗剤を身体中に振り撒き、壁に体を擦り付けて汚れを落とす。


体が大きすぎてタオルではしっかり洗えないのだ。


風呂から上がり、布団に濡れた体のまま寝転ぶ。


生乾きの臭いが布団からするが、その事も気にする事なく眠りに落ちた。



……翌朝。



腹が支えて履けないパンツやズボンを、マジックハンドを駆使して履く。


上はまだマシだ。まだ道具を使わなくても着れる。


歯を磨き、顔を洗い、朝食も食べずに会社へ向かう。


徒歩10分だが、膝にはかなりダメージがくる。


階段や坂道のたびに軽く覚悟を決めながら、重い体を操って会社に着いた。


その会社には、自分と同じような体型をした人間が何人もいた。全員日本人だ。


エレベーターに乗り込み、医務室へ向かう。


血生臭い香りがする。そういえば今日は出荷の日だっけ?


「……失礼します」


医務室の扉をたたき、入る。


「あっ。1003番くん。今日は健康診断無しね。そのまま屠殺場に行ってきて」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る