ゼザ~魔王の娘ですが死に損ない勇者と魔族を討伐します~

佐伯ひすい

序章 家出

第1話 ゼザは失敗する

 プロローグ 


 一面真っ白な大雪原、音もなく降りて来る雪の中に、少女は倒れこんだ。長い黒髪がおうぎのように広がる。思わず吐いた息は空気中に可視化される。


 


 白い雪の上にぽた、ぽたと赤い花が2つ咲いた。頬が切られたようだ。




 「…っ」




 上に覆いかぶさってきた男から涙が落ちてきて、少女の頬を濡らした。


 生暖かい感触に思わず目をつぶる。


 




 ―――悪夢だ。




「「お姫様、大変良くお似合いです!!」」


 侍女たちが声を揃えて言う。中には感極まったため息を漏らす者もあった。


 人々は皆浮かれ、騒いでいた。




 ―ただ一人、その中心にいる少女を除いては。


 


 「…。」




 腰まである豊かな黒髪に、同じく真っ黒な瞳。雪のように真っ白な透き通る肌。


小さな顔は眉、鼻筋の通った鼻、薄い唇と、これ以上無いほど整っていた。




少女は魔族-血を主食とし、力を操る生き物だった。


魔族は皆、浮世離れした容姿を持つ。しかし、彼女はその中でも別格の輝きを持っていた。


そして、その美しい少女は今、純白の絹のドレスに身を包んでいる。


 


 通りすがりの人が見ればこの世のものとも思えないのではないか。もはや神々しく、後光が差しているかのように錯覚する。


少女のために仕立てられ、真珠の散りばめられたドレスや透明な薄いヴェール。


高貴な質感は、王の娘たる彼女にふさわしい。




 しかし圧倒的無表情。顔が整いすぎて、表情がないと逆に恐怖心を抱くレベルである。


 普段は少女-ゼザのそんな表情を見ればたちまち顔色を変えてご機嫌を伺い始める侍女たちも、今は全く気にせずはしゃいでいる。


 


 「本当におめでたいですわ!」


 「しかし美しい…」


 


 口々に言う声たちを無視して、遠い目をしたゼザはつい一か月前-しかし遠い昔のことのように思える―を思い出していた。




一か月前。




 ゼザは戦闘用のローブに身を包み、訓練場に足を踏み入れた。


 


 胸に手をやって浅い呼吸を数回。


 斜め上を見やると、観客席の男と目が合う。




 この世界の王――ゼザの父だ。


 


 「…っ」


 


 こんな遠くにいるというのに、圧倒的なオーラ、威圧感。


 思わず足が震えたのを自覚して、こぶしを握りしめる。


 


 -失敗はできない。


 


 これまで、父に認められるために自分の「力」を鍛えてきた。


 苦手な学問やマナーの授業も何とか耐えて頑張った。



「私が、『王女である』ために…」




 眼を静かに閉じて、力強く開く。


 


 王の側近の「始め!」と言う声を聞いて、的として与えられた弱小魔獣の方へと手を伸ばす。




 全ての神経を対象の魔獣に集中させて、相手が「崩れる」イメージを思い描く。


 弱小魔獣の攻撃を躱しながら、訓練場の床を蹴り上げた。




「崩す」


 


 指先から火花が散り、風圧で前髪が吹き上がる。


 


 -対象まで飛ばす意識で…!!




 手を伸ばし、対象に向けると、赤黒く輝く茨のような光線が走り、派手な音と地響きと共に大きな爆発が起こった。訓練場の客席がどよめく。

前が見えない程の煙に、思わずせき込んだ。




 「けほっ、けほっ…」




 自身も爆発によって後ろに飛ばされながらも、床に手を付いて、ゼザは密かに手を握りしめた。




 -確実に、「崩した」感覚…!


 確かな手ごたえがあった。思わず口角が上がる。


 


 徐々に煙が薄れていき、見えてきた光景に、しかしゼザは言葉を失った。




 ゼザの力は確かに、破壊することに成功していた。




 しかし、原型を留めず無残にも崩れていたのは弱小魔獣ではなく――訓練場の壁だった。


 的だった弱小魔獣からは完全に外れている。


 煙は今やきれいに消えて、その光景ははっきりとゼザの目に映った。




 「はあっ、はあっ」


自分の見た物が信じられずに、ゼザは意味のない浅い呼吸を繰り返す。




 「嘘だ、うそうそうそうそ…!」




 あまりのことに、涙さえ出なかった。


  縋るように見つめたのは、父である王の座る席で、――その瞳は冷たい色をたたえて、こちらを無表情に見下ろしていた。


 


 完全に体力が尽きたゼザは、膝から崩れ落ちた。




 「終了!」


 


 再び側近の声が訓練場に響いた。


 


 訓練場の客席からは戸惑いの声が波紋のように広がっていた。


 


 「まさか姫様が失敗するとは…」


 「王はどうなさるのだ?」


 「打ち首となってしまうやもしれぬ…」


 「そんな縁起の悪いことを言うな!」


 「しかし何と強大な力じゃ…」


ざわざわと噂話の輪が広がっていくのを、どこか遠くの世界のことのように感じた。


 肩で息をして、床を見つめる。




 息が苦しい。


 ぐるぐると視界が回る。観客たちの話し声もぐわんぐわんと脳内で響き合い、頭を揺らす。


 


 「ゼザ」




 しん、と訓練場が静まりかえった。


 


 ゼザは勢いよく顔を上げる。


 


 王が、再び口を開く。


 


 「お前は今日、自分の力をコントロールできないことを大衆の前で証明した。力の無い者は人の上には立てない。」




 「もうお前はこの国に必要ない」


 


 そう言って、王は訓練場から姿を消した。「無駄な時間だった」と言い残しながら。


 




その後ろ姿を見送りながら、ゼザはただ、茫然としていた。

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