第2話

今まで花よ蝶よと育てられ、何不自由なく暮らしてきた私のストーリーは、ここで幕を閉じた。




かわりに訪れたのは――。




「よぉ~可愛い娘がいるじゃねぇかよ」




黒いスーツに紫色のネクタイをつけた、ヤクザ。




リビングにデンッと居座るそいつと目が合った瞬間、ゾクリッと背筋が凍る。



く、くわれる……!!




咄嗟にそう思い、ドアの前で後ずさりする。




「娘はまだ高校生です!」




「あと1年すりゃぁ18だろうが。学校やめて、親のために働くってのも悪くねぇぞ? なぁお譲ちゃん?」




そいつがニカッと笑うと金歯がキラリと光った。



「い、行ってきます!!」




私は背筋の寒気に押されるようにして、家を出た。




バクバクと緊張で心臓が暴れている。




働くって。



あと1年したら18だって。




黒いサングラスをかけた柄の悪い男の言葉を思い出し、自然と早足になる。




それって、つまり――。




私に風俗嬢になれって、意味だよね――。




お嬢様お坊ちゃまが通う名門高校の制服を身にまとった私は、ピタッと足を止めた。



1年後の自分。




風俗嬢。




酒臭いオヤジ。




偏りまくった私の頭の中で繰り広げられる、禁断の世界……!!




「いやあぁぁぁぁっ!!!」



思わず叫んで、その場にしゃがみこんだ。




なんとか、しなきゃ……。




あと1年以内に、なんとかしなきゃ!!!



☆☆☆



「あら、明日香さん。ごきげんよう」




「ご……ごきげんよう」




全然ごきげんよろしくないのだけれど、クラスメイトにそう声をかけられれば笑顔で返事をしなきゃいけない。




「明日香さん、今日はなんだかやつれていませんこと?」




最初に私の異変に気づいたのは竜宮時桜子(リュウグウジ サクラコ)だった。




私の一番の親友であり、ライバルである桜子は世界的に有名な電気会社の娘だ。




「べ、別に」




桜子に言われて私はシャキンッと背筋を伸ばす。




「あらあら、無理なさらないで? なんでも、お父様の会社が危ないって聞きましたわよ? 明日香さんも気疲れなさるんでしょう?」




わざと大きな声で、クスクス笑いながらそう言う桜子に、カチンッとくる。



桜子はこの学校でも一番の名家のお嬢様だ。




ちょっと調べればクラスメイトの家の事情くらい、いくらでも手に入れることができる。




「全然、平気だから!!」




バンッ!




と机を叩き、その勢いで立ち上がる。




クラス中からの哀れみの視線と、せせら笑いが耳につく。




私はグッと下唇をかんで教室を出たのだった――。

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