策動と開襟【勾原/黎一】
一方、その頃。勾原は村落跡で、耳に半月型の石を当てていた。
――この石を研磨して術式を刻むと、黎一たちが用いている通信端末になるのだが、勾原はそんなことは知る由もない。
『ちょっ、ちょっと! まずいってっ! 魔物、すぐいなくなっちゃって……!』
石から聞こえる素っ頓狂な声は、外波山のものだ。
魔物たちに
「ちったあ落ち着けよ。
『四方城さんとか御船くんだっていたのに……! 全然、動かないうちに魔法がいっぱい降ってきて……!』
ため息混じりに応じた声に、外波山の焦った声が応じてくる。
(範囲魔法、ってわけじゃねえな。対象を増やしたか、はたまた魔法自体を強化するか……)
外波山の情報から、勾原は八薙の戦力を類推する。
以前のロイド村では対象の
「……全っ然分かんねえから、とりあえず戻ってこい。控えに出した
『かっ、かけたけど……。本当に大丈夫なの?』
「大丈夫だ、って言ったら大丈夫なんだよ。こないだカモったヤツら、口々に
『で、でもっ……!』
なおも食い下がる外波山の態度に、いら立ちが募った。
弱気になるとどこまでもテンションが下がるのが、時々無性に腹立たしくなる。
「今、前に出してる
『ひ、ひっ……! ごっ、ごめんなさい……』
「分かったら、とっとと戻ってこいっ!」
一方的に通話を打ち切ると、傍らに置いてあったもうひとつの耳朶石を耳に当てる。
繋がる先は、別の場所にいる山田香織だ。
『……こちらカオリ』
「オレだ。さっきの戦い、どうだった?」
『ん~、視てたけど……八薙がバカ強いってだけだったね。気になったことはあったけど』
「お、いいねえ。そう言うの聞きてえのよ。外波山のグズ、近くで見てたのに何もわかりゃしねえ」
『ゆーて、あたしも視えてるだけだけど……。八薙、
「
『それにしちゃあ、魔法がバカ強いんだよ。魔物たちが弱ってた節もある』
「他の
『なにもしてなかったように見えたけどね。ともあれ、いい感じに進んでくれるとは思うよ』
「ああ。そうでねえと、困るからな……」
勾原は、仇敵がいる山脈の彼方を見ながらつぶやいた。
◆ ◆ ◆ ◆
鈍色の空に、黎一が放った幾多の炎弾が赤い軌跡を描く。意志を持ったかのように進み、狭い山道に立ち塞がる魔物たちを焼き尽くした。
魔物は引っ切り無しに出てきてはいる。だがそのほとんどは、黎一の
(さすがに、まあまあの数が出てきやがるな)
登山道を登り始めてから、体感で一時間ほど経っただろうか。
体力と
「なんていうか……。拍子抜け、だねぇ……?」
ぽつりと言った光河の言葉には、誰も応えない。
場の雰囲気を支配している沈黙には、呆気に取られているというよりは妙な気まずさが感じられる。
(別に皆、やれることやってるんだから……。変に気負う必要もねえと思うんだが)
山道を進む陣形は、すでに黎一が先頭になっていた。
四方城は中衛、御船は最後尾に下がり、不意打ちに備えている。時折、偶然が重なって剣魔法を掻い潜った魔物を討ち倒してはいるが、ほとんど消耗はしていない。
蒼乃や天叢、光河ら魔法士組も同様だった。散発的に補助魔法をかけ直しているだけだ。
「……ねえ。八薙くん」
魔物の群れが視界から消えた時、不意に天叢の声がした。
「ん?」
「その、
「はじめて
「……そっか」
ふたたび、沈黙が訪れる。
普段なら饒舌な天叢が、妙に歯切れが悪い。
「なんで……僕らにも黙ってたの?」
天叢の声が、聞こえる。
言葉が背に突き立つ、そんな気がした。
「
実際、この予想は半ば現実のものとなっている。
露見した当初こそ、きっかけがノスクォーツ王ヴォルフを助けたことだったおかげか、それほど騒がれはしなかった。
だが所持している
「で、でもっ! それだって、自分ひとりで抱えることなかったじゃないか! 僕らに相談してくれたって……!」
「人の口には戸が立てられねえもんだよ。それに……」
黎一はちらと蒼乃を見た後、視線を前に戻して口を開いた。
「……別に、ひとりじゃなかったしな」
後方で、皆が動く気配がした。
今、全員が蒼乃を見ている。なんとなく、そんな気がする。
「へぇ~。あの塩の八薙が、ねぇ~……」
「ちょっ、なによ……。変な目で見ないでよ」
「わたしが言うのも何ですが……結構、劇的な変化だと思いますよ?」
「一年前の僕に今のこと話しても多分、信じないだろうな……」
「ま、当時の噂で聞いてた限りじゃ、雨や雪が降るじゃ済まねえな」
(好き勝手、言ってくれやがって……)
級友たちの声に、思わず反論したい気持ちに駆られる。
だが火に油を注ぐだけな気がしたので、黙って歩き続けた。
「だ~か~ら!
「いやぁ~? さっきの一言はそういう風には聞こえませんでしたけどねぇ~?」
(たしかに、変わったな)
やいのやいのと聞こえる声を背で聞きながら――。黎一は己の言葉を反芻する。
一年前なら、盾にするくらいにしか思っていなかった。だが今では蒼乃の扱いが、自分の中でも変わっていることは分かっている。これが何なのか、分からない。
(元の世界に帰る頃には、分かるのか?)
そんな問いかけが脳裏をよぎった時、前方に魔物の群れが現れる。
黎一は迷いを振りきるように、愛剣の刃に炎を灯した。
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