新たな風
会談が終わって一時間後――。
黎一たちは、ヴァイスラント王国の王宮内にある冒険者ギルドの通信管制室にいた。管制室に面したギルドの受付は、今日も仕事を請け負う冒険者たちでにぎわっている。
「ったくもう……なに勝手なことしてんのっ! 見てるこっちはヒヤヒヤもんだったわよっ!」
黎一の隣でまくし立てるのは他でもない、相方の蒼乃だ。
リドリー要塞までの馬車の中から、
(いいだろ別に……。うまくいったんだから……)
無言でぼりぼりと頭を掻く仕草で、聞く耳持たないことを示す。
会談の終了後、ノスクォーツは速やかに国境に展開していた部隊を撤収させていた。北の王は案外、律儀な性格らしい。
「まあまあ、いいではないか。アオノ殿」
口を挟んできたのは、苦笑顔のアイナだった。いつものことか、と言わんばかりの顔つきだ。
「実際、大したものだぞ。軍を率いてきた一国の王を前に物怖じせずに提案するなど、なかなかできることではない」
「そりゃそうですけど……」
「うむ。あのヴォルフの気性を逆手に取るとは……正直、私も驚いた。ヤナギ殿には、
さらに言葉を継いだのは、穏やかな笑みを変えぬレオンだ。外交に口を差し挟まれたのに、器の大きいことである。
擁護する二人を前に、蒼乃はわざとらしく盛大にため息をついた。
「もうっ! お二人とも、あまり甘やかさないでください。調子に乗ったら、なにしでかすか分からないんですから」
「ハッハッハ。……さて、早速ノスクォーツから規則の原案がきたね」
レオンは統制者席の端末を操作しつつ、さらりと話題を変える。
この大陸には前時代の竜人文明、
「攻略競争の日取りは七日後。勝利条件は
「他の冒険者に増援を紛れ込まさないための措置、ですか。念の入ったことですな」
――
中心や最奥にある
そこに眠る膨大な量の
「対
大抵の場合、
「それはいいっすよ。さくっと倒しちまえば、そこで俺らの勝ちですから。……で、肝心の参加人数は?」
「参加人数は四名。一般的な
「そんな人数で、未開拓でどれだけ広いか分からない
怪訝な顔をする蒼乃に、レオンは呆れ半分といった笑顔を向ける。
「キミたちだって似たような人数で、
「紹介……?」
「ああ、
レオンの言葉とともに、通信管制室の扉が開いた。
入ってきたのは三人。皆、青いスーツに似たギルド職員の制服に身を包んでいる。
「失礼しま~す。さ、そんなに緊張しなくていいですからね」
「はっ、はい……」
先頭は栗色ボブカットの小柄な女性――マリーディアこと、通称マリーである。元はヴァイスラントの第六王女だったが、紆余曲折を経て
その後ろにいるのは――。
「あれ、
蒼乃が、残る二人の名を告げた。
黒縁眼鏡をかけた黒髪おさげ、ぱっと見クラスの委員長風の女子は、
目にかかるくらいの黒髪のぬぼっとした感じの男子が、美術部の”絵描き地蔵”こと
ともに異世界に転移した、黎一たちの級友である。
「改めて紹介しよう。
レオンの手振りで促され、小里と高峰が前に進み出た。
――
「こっ、小里です……。ってよく考えたら、蒼乃さんと八薙くんなんだよねぇ。まあそんなわけだから、よろしくね」
さばけた声で挨拶する小里の隣で、高峰がぺこりと頭を下げる。無口を通り越して無音。絵描き地蔵たる所以のひとつだ。
「二人とも久しぶり~。こちらこそ、よろしくね」
「アイナ・トールだ。よろしく頼む」
そんな二人を前に、蒼乃とアイナがそつのない笑顔を向ける。
さすが腐ってもクラスのマドンナに、大陸を渡り歩いた剣客ではある。
「……でも戦闘要員ならともかく、なんで
きょとんとした顔で問う蒼乃に向けて、レオンは頷き口を開いた。
「昨今のヤナギ殿やアオノ殿の活躍を受けて、
「そこで多方面での活躍という観点で見直した結果、お二人の
レオンの鷹揚な声を、マリーのアニメ声が継ぐ。
(だが、今は! そんなことよりも重要なことがある……ッ!)
黎一は無言で高峰に近づくと、ぽんと肩を叩く。
いきなりのことで驚いたのか、高峰の肩がびくりと震えた。
(男の、隊員! しかも別行動じゃない、
「高峰、がんばろうな……!」
「え……っ? あ……ああ……」
「ねえ。八薙くん、なんなのあれ? あんなキャラだったっけ?」
「
ジト目の小里と呆れ顔の蒼乃のことは、敢えて気にしない。
それを見て頃は良しと判断したか、レオンがふたたび口を開いた。
「さて、挨拶も済んだところで……
「って言っても、私たち二人にマリーさんとアイナさんで決まりですよね?」
(同感。むしろ、他の組み合わせなんてあるのか……?)
強力な剣魔法を使う黎一に、攻撃と妨害の魔法を主体に使う蒼乃、回復や結界など幅広い魔法を使いこなすマリーという三人の
しかし蒼乃の言葉に、レオンは頭を振った。
「いや。マリーは
「へっ? じゃあどうするんです? 舞雪ちゃんたちや御船くんたちを呼び戻すとか?」
蒼乃が挙げるのは、同じく
「いや、残る一人は……この私だよ」
一瞬の、沈黙の後。
「「は……?」」
黎一と蒼乃の声が、見事に重なった。
◆ ◆ ◆ ◆
その頃――。
ヴァイスラント王都の下町にある宿屋兼酒場”
フウヤの足元に、黒い小さな影がすっと近づく。影はフウヤの影に同化したかと思うと、中から黒いヤモリのような生き物がにゅるりと這い出てきた。ヤモリは欠伸ひとつすると、フウヤの鞄の中へと入っていく。
「よしよし、いい子っスね。……
「ひとまず第一目標は達成、か」
「任務で北の山に行くみたいっスね。日時も場所も分かりましたけど……どうします? その前に仕掛けますか?」
フウヤの言葉に、ラキアは瞑目して首を振る。
「さすがに
「了解っス! ……じゃあ、出発までもうちょっと時間あるッスよね」
一体なにを、と怪訝な顔をするラキアを尻目に、フウヤは勢い良く手を挙げた。
「すんませ~ん! 注文、追加でお願いするッス!」
「あいよ~! ちょっと待っててね~!」
「……よく食べるね」
威勢のいい女将の声に、ラキアは呆れたようにため息をついた。
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