新たな風

 会談が終わって一時間後――。

 黎一たちは、ヴァイスラント王国の王宮内にある冒険者ギルドの通信管制室にいた。管制室に面したギルドの受付は、今日も仕事を請け負う冒険者たちでにぎわっている。


「ったくもう……なに勝手なことしてんのっ! 見てるこっちはヒヤヒヤもんだったわよっ!」


 黎一の隣でまくし立てるのは他でもない、相方の蒼乃だ。

 リドリー要塞までの馬車の中から、魔力転送テレポートでヴァイスラント王宮まで戻るまでの間、ずっとこの調子である。


(いいだろ別に……。うまくいったんだから……)


 無言でぼりぼりと頭を掻く仕草で、聞く耳持たないことを示す。

 会談の終了後、ノスクォーツは速やかに国境に展開していた部隊を撤収させていた。北の王は案外、律儀な性格らしい。


「まあまあ、いいではないか。アオノ殿」


 口を挟んできたのは、苦笑顔のアイナだった。いつものことか、と言わんばかりの顔つきだ。


「実際、大したものだぞ。軍を率いてきた一国の王を前に物怖じせずに提案するなど、なかなかできることではない」


「そりゃそうですけど……」


「うむ。あのヴォルフの気性を逆手に取るとは……正直、私も驚いた。ヤナギ殿には、まつりごとの才があるのかもしれんね」


 さらに言葉を継いだのは、穏やかな笑みを変えぬレオンだ。外交に口を差し挟まれたのに、器の大きいことである。

 擁護する二人を前に、蒼乃はわざとらしく盛大にため息をついた。


「もうっ! お二人とも、あまり甘やかさないでください。調子に乗ったら、なにしでかすか分からないんですから」


「ハッハッハ。……さて、早速ノスクォーツから規則の原案がきたね」


 レオンは統制者席の端末を操作しつつ、さらりと話題を変える。

 この大陸には前時代の竜人文明、焉古時代レリック・エイジの魔法技術が浸透している。迷宮ダンジョンの奥地より発掘されるこれらの技術によって、各国の中枢は現代社会と同等以上の技術を以て運営されているのだった。


「攻略競争の日取りは七日後。勝利条件は迷宮核ダンジョン・コアの破壊、または迷宮主ダンジョン・マスターの撃破による迷宮ダンジョン消滅だ。目標が達成されるまでの間は周辺を封鎖し、迷宮ダンジョンに他の冒険者が入ることはない」


「他の冒険者に増援を紛れ込まさないための措置、ですか。念の入ったことですな」


 ――迷宮ダンジョンの形は数あれど、攻略条件は変わらない。

 中心や最奥にある迷宮核ダンジョン・コアを破壊すれば、晴れて数々の焉古装具アーティファクトや魔法技術が眠る焉古時代レリック・エイジの遺跡が姿を現す。

 そこに眠る膨大な量の魔力マナは、攻略した冒険者たちが所属する国に供給され、日々の生活に役立てられる。これが魔力湧出点マナ・スポット開拓の、一般的な道程プロセスだ。


「対迷宮主ダンジョン・マスターの共闘は自由とされているが……まあ期待できないだろうね。状況によっては、ノスクォーツ側が当て馬にしてくる可能性すらある」


 大抵の場合、迷宮核ダンジョン・コアの攻略はそう綺麗には片づかない。コアが危険を察知すると、強力な迷宮主ダンジョン・マスターを解放するからだ。こうなったが最後、コアの権限は迷宮主ダンジョン・マスターに移行する。選りすぐりの冒険者を立て並べて討伐する他、道はない。


「それはいいっすよ。さくっと倒しちまえば、そこで俺らの勝ちですから。……で、肝心の参加人数は?」


「参加人数は四名。一般的な編隊パーティの人数だし、妥当なところだね。入れ替えは、死者が出た場合に限り認められる」


「そんな人数で、未開拓でどれだけ広いか分からない迷宮ダンジョンを攻略して、さらに迷宮主ダンジョン・マスターまで倒すんですか……?」


 怪訝な顔をする蒼乃に、レオンは呆れ半分といった笑顔を向ける。


「キミたちだって似たような人数で、地精王獣ベフィモスや水の竜人、さらには死を喚ぶ魔女を討ち果たしただろう……。さて。攻略の人選を発表する前に、皆に紹介しておきたい者たちがいる」


「紹介……?」


「ああ、国選勇者隊ヴァリアントの新しい隊員だ。……入りたまえ」


 レオンの言葉とともに、通信管制室の扉が開いた。

 入ってきたのは三人。皆、青いスーツに似たギルド職員の制服に身を包んでいる。


「失礼しま~す。さ、そんなに緊張しなくていいですからね」


「はっ、はい……」


 先頭は栗色ボブカットの小柄な女性――マリーディアこと、通称マリーである。元はヴァイスラントの第六王女だったが、紆余曲折を経て勇者ブレイヴとなり、今は黎一たちとともに暮らしている。

 その後ろにいるのは――。


「あれ、小里こざとさんに……高峰たかみねくん?」


 蒼乃が、残る二人の名を告げた。

 黒縁眼鏡をかけた黒髪おさげ、ぱっと見クラスの委員長風の女子は、小里こざと瑞枝みずえ。たしか写真部だったはずだ。

 目にかかるくらいの黒髪のぬぼっとした感じの男子が、美術部の”絵描き地蔵”こと高峰たかみね宗里むねさと

 ともに異世界に転移した、黎一たちの級友である。


「改めて紹介しよう。主上マスターのタカミネ殿に、眷属ファミリアのコザト殿。彼らが、国選勇者隊ヴァリアントの新しい通信手オペレーターだ」


 レオンの手振りで促され、小里と高峰が前に進み出た。

 ――勇者ブレイヴは必ず一対ペアとなり、主上マスター眷属ファミリアの役割に分けられる。主上マスター勇者ブレイヴの証である勇者紋サインを介して、眷属ファミリアに対する様々な特権を持つ。


「こっ、小里です……。ってよく考えたら、蒼乃さんと八薙くんなんだよねぇ。まあそんなわけだから、よろしくね」


 さばけた声で挨拶する小里の隣で、高峰がぺこりと頭を下げる。無口を通り越して無音。絵描き地蔵たる所以のひとつだ。

 主上マスター眷属ファミリアに分けられるとはいえ、主導権を握るのが主上マスターとは限らない。この一対ペアの場合、小里に主導権があると見てよい。


「二人とも久しぶり~。こちらこそ、よろしくね」


「アイナ・トールだ。よろしく頼む」


 そんな二人を前に、蒼乃とアイナがそつのない笑顔を向ける。

 さすが腐ってもクラスのマドンナに、大陸を渡り歩いた剣客ではある。


「……でも戦闘要員ならともかく、なんで通信手オペレーターなんです?」


 きょとんとした顔で問う蒼乃に向けて、レオンは頷き口を開いた。


「昨今のヤナギ殿やアオノ殿の活躍を受けて、勇者ブレイヴ各位の能力スキルを再評価すべきだという声があったのだよ。たしかに迷宮ダンジョンの攻略を急ぐあまり、戦闘向けの能力スキルに評価が偏っている節はあったからね」


「そこで多方面での活躍という観点で見直した結果、お二人の能力スキル通信手オペレーターに最適だと判断されたんです。能力スキルである以上、量産化はできませんけど……。国選勇者隊ヴァリアントで運用するならぴったりかな、って」


 レオンの鷹揚な声を、マリーのアニメ声が継ぐ。

 勇者ブレイヴの特権の最たるものが、一人ひとつずつ与えられる能力スキルである。転移した当初、黎一や蒼乃の能力スキルはおよそ戦闘向けではない、いわゆるハズレと言われていた。それを利活用して生き残った結果、皆の評価が改まったのなら喜ぶべきことかもしれない。


(だが、今は! そんなことよりも重要なことがある……ッ!)


 黎一は無言で高峰に近づくと、ぽんと肩を叩く。

 いきなりのことで驚いたのか、高峰の肩がびくりと震えた。


(男の、隊員! しかも別行動じゃない、通信手オペレーター……ッ!)


 国選勇者隊ヴァリアント隊員の女性比率の高さは、女嫌いの黎一にとって悩みのひとつだった。級友の男子もいるにはいるが大抵、別の任務に割り当てられている。そんな中で常にいる男子が追加されたことは、黎一にとって大きな変化なのだ。


「高峰、がんばろうな……!」


「え……っ? あ……ああ……」


「ねえ。八薙くん、なんなのあれ? あんなキャラだったっけ?」


同類なかまが増えて嬉しいんでしょ。ほっといていいから」


 ジト目の小里と呆れ顔の蒼乃のことは、敢えて気にしない。

 それを見て頃は良しと判断したか、レオンがふたたび口を開いた。


「さて、挨拶も済んだところで……煮魂宿りし雪山の迷宮スィージング・ホワイト攻略の、人選を発表する」


「って言っても、私たち二人にマリーさんとアイナさんで決まりですよね?」


(同感。むしろ、他の組み合わせなんてあるのか……?)


 強力な剣魔法を使う黎一に、攻撃と妨害の魔法を主体に使う蒼乃、回復や結界など幅広い魔法を使いこなすマリーという三人の勇者ブレイヴ。ここに勇者ブレイヴ顔負けの身体能力と剣腕を持つアイナが加わると、隙のない汎用編隊パーティができあがる。

 しかし蒼乃の言葉に、レオンは頭を振った。


「いや。マリーは通信手オペレーターの引継と二人の補助を兼ねて、今回は管制側に回ってもらう」


「へっ? じゃあどうするんです? 舞雪ちゃんたちや御船くんたちを呼び戻すとか?」


 蒼乃が挙げるのは、同じく国選勇者隊ヴァリアントに属し、今は別の任に赴いている級友たちの名だ。だがレオンは蒼乃の言を肯定することなく、笑顔を浮かべた。


「いや、残る一人は……この私だよ」


 一瞬の、沈黙の後。


「「は……?」」


 黎一と蒼乃の声が、見事に重なった。



 ◆  ◆  ◆  ◆



 その頃――。

 ヴァイスラント王都の下町にある宿屋兼酒場”揺籃の地クレイドル”に、ラキアとフウヤの姿があった。

 フウヤの足元に、黒い小さな影がすっと近づく。影はフウヤの影に同化したかと思うと、中から黒いヤモリのような生き物がにゅるりと這い出てきた。ヤモリは欠伸ひとつすると、フウヤの鞄の中へと入っていく。


「よしよし、いい子っスね。……国選勇者隊ヴァリアントにいる剣士が分かりました。青みがかった黒髪に環頭の剣、間違いないッス」


「ひとまず第一目標は達成、か」


「任務で北の山に行くみたいっスね。日時も場所も分かりましたけど……どうします? その前に仕掛けますか?」


 フウヤの言葉に、ラキアは瞑目して首を振る。


「さすがに王都ここで仕掛けるのは無謀だよ。どれだけの手練てだれがいるかも分からないんだ。出先で仕掛ける」


「了解っス! ……じゃあ、出発までもうちょっと時間あるッスよね」


 一体なにを、と怪訝な顔をするラキアを尻目に、フウヤは勢い良く手を挙げた。


「すんませ~ん! 注文、追加でお願いするッス!」


「あいよ~! ちょっと待っててね~!」


「……よく食べるね」


 威勢のいい女将の声に、ラキアは呆れたようにため息をついた。

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