大陸最強
数時間後、黎一たちはリドリー城塞を出発した箱馬車に揺られていた。馬車はすでにドライゴン大橋へと入っている。さすがに国境を繋ぐ橋だけあって整備されているのか、揺れをまったく感じない。
無言が続く馬車の窓から、黎一は外を見た。大橋の下を流れる大河は、人の争いなど興味なしと言わんばかりに
(冬の河、か。こんなことでもなけりゃ、まったり見ていたいもんだがなぁ……)
事の始まりは、二週間前にさかのぼる――。
ヴァイスラント王国領の北西に位置するコーデリア山脈。その北端にある雪山から、
当初は氷窟かと思われていたが、蓋を開けてみれば溶岩洞。
”
――大陸北方の雄であるノスクォーツ王国が、
「それにしても、いきなり他国に
「仕方ないさ。極寒の地であるノスクォーツにとって、火の
ぼやく蒼乃に、レオンが鷹揚な声で応じる。
ちなみに
「しかし代替案まで出しているのに、軍まで繰り出すとは穏やかではありませんね」
「たしかにね。以前までは、大抵これで乗り切れてきたのだが……」
アイナとレオンの言葉どおり――。
ヴァイスラントの宰相であるレオンは、ノスクォーツの申し出をやんわり断った。冬季の間、ヴァイスラント王国領の
――だがその応対を見るや、ノスクォーツは国境であるドライゴン大河の北岸に、軍と冒険者から成る部隊を展開したのだった。
「……てか相手さん、ケンカ吹っ掛けるために言い募った、まである気がするんすけど。それで会談とか、軍部がよく納得しましたね」
各国共通の冒険者ギルド制度が隆盛してからというもの、軍閥貴族は権威の失墜をささやかれて久しい。彼らにとって他国との戦争は、かつての栄光を取り戻す絶好の機会になり得る。
「軍閥のお歴々をなだめるのは大変だったよ……。とはいえ、このままいけば戦争だ。なんとかせねばね」
黎一の言葉に、レオンは苦笑しながら頭を振る。この王太子、万能という文字が服を着て歩いているような男である。それがこう言うのだから、よほど大変だったのだろう。
(しっかし、大陸最強ねえ。どんなのが出てくるのやら)
まだ見ぬ他国の王に想いを馳せた時、馬車が止まった。会談場所に着いたらしい。
先駆けて降りると、大橋の中間地点だった。普段は大勢の人々が行き来しているのであろう橋の上には、かがり火と円卓が設えられている。
「ノスクォーツの人たち、まだ来てないの……?」
蒼乃がつぶやいた矢先。
霧で霞む橋の彼方から、馬蹄の音が響き始めた。ほどなくして四騎の騎馬が現れ、かがり火の手前で止まる。
(こいつはまた、盛大なご登場なこって)
考えているうちに、先頭の騎馬に乗っていた男がひらりと降りた。
年の頃なら、レオンと同じく三十手前くらいだろう。新雪を思わせる銀髪を、ノーブルスタイルに纏めた偉丈夫だ。毛皮の外套と紋様が描かれた革の防具で全身を鎧った姿は、威風堂々と言うにふさわしい。
男は騎馬に備えてあった
「ノスクォーツより、ヴォルフガング・レクス・アルバルプスである……。直接会うのは久しぶりだな、レオン宰相」
よく言えば威厳に満ち、悪く言えば壁を感じる声だ。
だがその声に、レオンは笑顔を浮かべた。
「ヴァイスラントより、レオン・ウル・ヴァイスラントです。お久しぶりです、ヴォルフガング王。……いや。我が友ヴォルフ、と呼んだほうがよいか?」
「国家の大事を論ずる場である。今は遠慮願おう」
(うっわバチバチしてんなぁ。てかあんたら知り合いかよ)
などと考えているうちに、続いてきた騎馬の乗り手も続々と下馬している。赤逆毛の男に水色の髪の女、こちらは二十代前半くらいか。後ろのもうひとりは、冴えない茶髪の中年男だ。
北方の王ヴォルフは背後を顧みた後、黎一たちに視線を移した。
「背後に控えるは、我が衛士たちである。護衛の任があるゆえ、同席を許されたい。……して、そちらの者らは? ずいぶんと若いようだが、貴殿の従者かなにかかな?」
挑発の意を隠そうともしないヴォルフに対して、レオンは笑顔を崩さず口を開く。
「紹介が遅くなりました。こちらは我が国で発足させた、
レオンの目配せを合図に、一歩前に進み出て右手の手袋を外す。
「
「同じく、ルナ・アオノです。以後、お見知りおきを」
「アイナ・トールです。名高き北の王にお目にかかれて光栄です」
挨拶が終わった途端――。
ヴォルフが、狼を思わせる双眸を見開いた。
「夜天に三日月の
その言葉に、背後に控えていた衛士たちも雰囲気が変わる。しかし任務ゆえか、動く気配はない。代わりに、冴えない茶髪の中年男が円卓へと進み出た。
「……定刻となりました。これより会談を執り行います。なお会談の内容はわたくし、モルホーン・ヴァン・ブリースウィッツが記録した後、両国の冒険者ギルドへ送付いたします」
モルホーンと名乗った中年は、右の手袋を外した。そこには、楓の葉に似た
(この人、
「
言葉とともに、モルホーンの眼前に小さな光の球が現れた。
「この
言い終えると、光の球が円卓の中央に移動した。それを合図に、レオンとヴォルフが円卓につく。
「さて……ノスクォーツの意向を、改めて伝えよう。我が国の旧領にある
口火を切ったのはヴォルフだった。語気を荒げてはないものの、口調には強い意志が感じられる。
レオンは口を挟まず聞いた後、穏やかな表情のまま口を開いた。
「お言葉ながら……
すでに攻略され火の
「領土すべてではない。あくまで
「はい。故にこそ、ヴァイスラント領内の
表情も口調も変えぬレオンの言を前に、ヴォルフは円卓を勢いよく叩いた。
「くどいッ! 我が国土を襲う寒波を祓うには、ろうそくに火を灯すがごとき
はじめて、レオンがわずかに身じろぎした。
ヴォルフも頃は良しと見たか、目をくわっと見開く。
「もし、願いが通らぬその時は……力を以て、勝ち取るまでだ」
低く通るヴォルフの声が、冬の大河を渡る空気に響き渡った。
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