大陸最強

 数時間後、黎一たちはリドリー城塞を出発した箱馬車に揺られていた。馬車はすでにドライゴン大橋へと入っている。さすがに国境を繋ぐ橋だけあって整備されているのか、揺れをまったく感じない。

 無言が続く馬車の窓から、黎一は外を見た。大橋の下を流れる大河は、人の争いなど興味なしと言わんばかりに滔々とうとうと流れている。


(冬の河、か。こんなことでもなけりゃ、まったり見ていたいもんだがなぁ……)


 事の始まりは、二週間前にさかのぼる――。

 ヴァイスラント王国領の北西に位置するコーデリア山脈。その北端にある雪山から、迷宮ダンジョンが発見された。

 当初は氷窟かと思われていたが、蓋を開けてみれば溶岩洞。

 ”煮魂宿りし雪山の迷宮スィージング・ホワイト”と名付けられたその迷宮ダンジョンは当初、ちょっと珍しい、程度の扱いだった。

 ――大陸北方の雄であるノスクォーツ王国が、迷宮ダンジョンの独占攻略権を要求してくるまでは。


「それにしても、いきなり他国に迷宮ダンジョンの攻略権よこせとか……どういう神経してるんだろ。無条件で領地をよこせ、って言ってるようなもんじゃないですか」


「仕方ないさ。極寒の地であるノスクォーツにとって、火の魔力湧出点マナ・スポットの確保は至上命題だからね。ましてコーデリア山脈は交換条件でヴァイスラントに譲渡されたとはいえ、元を正せばノスクォーツ領だ。なにか言ってくるとは思っていたよ」


 ぼやく蒼乃に、レオンが鷹揚な声で応じる。

 ちなみに魔力湧出点マナ・スポットとは、迷宮ダンジョンの跡地に生成される魔力マナの湧出点の総称である。この異世界の魔法文明において発電所の役割を担っており、各国が躍起になって迷宮ダンジョンを開拓する理由のひとつだ。


「しかし代替案まで出しているのに、軍まで繰り出すとは穏やかではありませんね」


「たしかにね。以前までは、大抵これで乗り切れてきたのだが……」


 アイナとレオンの言葉どおり――。

 ヴァイスラントの宰相であるレオンは、ノスクォーツの申し出をやんわり断った。冬季の間、ヴァイスラント王国領の魔力湧出点マナ・スポットから、火の魔力マナの一部を供給する代替案つきである。

 ――だがその応対を見るや、ノスクォーツは国境であるドライゴン大河の北岸に、軍と冒険者から成る部隊を展開したのだった。


「……てか相手さん、ケンカ吹っ掛けるために言い募った、まである気がするんすけど。それで会談とか、軍部がよく納得しましたね」


 各国共通の冒険者ギルド制度が隆盛してからというもの、軍閥貴族は権威の失墜をささやかれて久しい。彼らにとって他国との戦争は、かつての栄光を取り戻す絶好の機会になり得る。


「軍閥のお歴々をなだめるのは大変だったよ……。とはいえ、このままいけば戦争だ。なんとかせねばね」


 黎一の言葉に、レオンは苦笑しながら頭を振る。この王太子、万能という文字が服を着て歩いているような男である。それがこう言うのだから、よほど大変だったのだろう。


(しっかし、大陸最強ねえ。どんなのが出てくるのやら)


 まだ見ぬ他国の王に想いを馳せた時、馬車が止まった。会談場所に着いたらしい。

 先駆けて降りると、大橋の中間地点だった。普段は大勢の人々が行き来しているのであろう橋の上には、かがり火と円卓が設えられている。


「ノスクォーツの人たち、まだ来てないの……?」


 蒼乃がつぶやいた矢先。

 霧で霞む橋の彼方から、馬蹄の音が響き始めた。ほどなくして四騎の騎馬が現れ、かがり火の手前で止まる。


(こいつはまた、盛大なご登場なこって)


 考えているうちに、先頭の騎馬に乗っていた男がひらりと降りた。

 年の頃なら、レオンと同じく三十手前くらいだろう。新雪を思わせる銀髪を、ノーブルスタイルに纏めた偉丈夫だ。毛皮の外套と紋様が描かれた革の防具で全身を鎧った姿は、威風堂々と言うにふさわしい。

 男は騎馬に備えてあった斧槍ハルバードを手にすると、つかつかと円卓の前に歩み出た。


「ノスクォーツより、ヴォルフガング・レクス・アルバルプスである……。直接会うのは久しぶりだな、レオン宰相」


 よく言えば威厳に満ち、悪く言えば壁を感じる声だ。

 だがその声に、レオンは笑顔を浮かべた。


「ヴァイスラントより、レオン・ウル・ヴァイスラントです。お久しぶりです、ヴォルフガング王。……いや。我が友ヴォルフ、と呼んだほうがよいか?」


「国家の大事を論ずる場である。今は遠慮願おう」


(うっわバチバチしてんなぁ。てかあんたら知り合いかよ)


 などと考えているうちに、続いてきた騎馬の乗り手も続々と下馬している。赤逆毛の男に水色の髪の女、こちらは二十代前半くらいか。後ろのもうひとりは、冴えない茶髪の中年男だ。

 北方の王ヴォルフは背後を顧みた後、黎一たちに視線を移した。


「背後に控えるは、我が衛士たちである。護衛の任があるゆえ、同席を許されたい。……して、そちらの者らは? ずいぶんと若いようだが、貴殿の従者かなにかかな?」


 挑発の意を隠そうともしないヴォルフに対して、レオンは笑顔を崩さず口を開く。


「紹介が遅くなりました。こちらは我が国で発足させた、国選勇者隊ヴァリアント所属の者たちです」


 レオンの目配せを合図に、一歩前に進み出て右手の手袋を外す。


国選勇者隊ヴァリアント所属……レイイチ・ヤナギです」


「同じく、ルナ・アオノです。以後、お見知りおきを」


「アイナ・トールです。名高き北の王にお目にかかれて光栄です」


 挨拶が終わった途端――。

 ヴォルフが、狼を思わせる双眸を見開いた。


「夜天に三日月の勇者紋サイン! 貴殿らが、あの六天魔獣ゼクス・ベスティを討ったという……?」


 その言葉に、背後に控えていた衛士たちも雰囲気が変わる。しかし任務ゆえか、動く気配はない。代わりに、冴えない茶髪の中年男が円卓へと進み出た。


「……定刻となりました。これより会談を執り行います。なお会談の内容はわたくし、モルホーン・ヴァン・ブリースウィッツが記録した後、両国の冒険者ギルドへ送付いたします」


 モルホーンと名乗った中年は、右の手袋を外した。そこには、楓の葉に似た勇者紋サインが描かれている。


(この人、勇者ブレイヴか……!)


勇紋権能サインズ・ドライヴ追憶記晶アウター・メモリー


 言葉とともに、モルホーンの眼前に小さな光の球が現れた。


「この能力スキルは起動している間、わたくしの五感を通して得られたあらゆる情報を記録いたします。各々、言動には十分注意なさいますように」


 言い終えると、光の球が円卓の中央に移動した。それを合図に、レオンとヴォルフが円卓につく。


「さて……ノスクォーツの意向を、改めて伝えよう。我が国の旧領にある煮魂宿りし雪山の迷宮スィージング・ホワイトの攻略権を、全面的に譲渡していただきたい。無論、魔力湧出点マナ・スポットの供給権も同様である」


 口火を切ったのはヴォルフだった。語気を荒げてはないものの、口調には強い意志が感じられる。

 レオンは口を挟まず聞いた後、穏やかな表情のまま口を開いた。


「お言葉ながら……煮魂宿りし雪山の迷宮スィージング・ホワイトがあるコーデリア山脈は、我がヴァイスラントが煮えたぎる湖の迷宮ボイル・レイクの供給権と交換する形で、貴国から譲り受けた領土です。正当な手続きを経て譲渡されたものを、なんの筋もなく手放しては、我らは臣民の信を失います」


 煮えたぎる湖の迷宮ボイル・レイク――。ヴァイスラントと東の隣国ルミニアの間に横たわる、”禍の山脈”の北端にある迷宮ダンジョンだ。

 すでに攻略され火の魔力湧出点マナ・スポットとして運用されていたところを、ノスクォーツ側の要望により交換条件で供給権を譲渡したらしい。


「領土すべてではない。あくまで迷宮ダンジョンの攻略権のみである。今年、我がノスクォーツは全土で異常な寒波に見舞われている。大陸安寧のため手を取り合い進むことを拒むのは、冒険者ギルドの協定に背くものではないか」


「はい。故にこそ、ヴァイスラント領内の魔力湧出点マナ・スポットから火の魔力マナを供給することで、援助としたいと申し出ました。必要とあらば我が盟国であるパルスター公国はもとより、ルミニアに働きかけることもできましょう」


 表情も口調も変えぬレオンの言を前に、ヴォルフは円卓を勢いよく叩いた。


「くどいッ! 我が国土を襲う寒波を祓うには、ろうそくに火を灯すがごとき魔力マナでは足りぬッ! この願いが通らぬのであれば、私は臣民に顔向けができぬ!」


 はじめて、レオンがわずかに身じろぎした。

 ヴォルフも頃は良しと見たか、目をくわっと見開く。


「もし、願いが通らぬその時は……力を以て、勝ち取るまでだ」


 低く通るヴォルフの声が、冬の大河を渡る空気に響き渡った。

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