禁忌の言葉
苔色に染まっていく景色の中、黎一は蒼乃の手を引きながら遺構の吹き抜け沿いの道を走った。
白銀のたてがみと翡翠色の角を持つ
『あ……少し……ッ! 一気……走、れえっ!』
(その割にゃお前の声が遠ざかってるが⁉)
そんなことを思いながら走っていると、突然視界が開けた。
そこは、吹き抜け沿いの通路の終端に作られた場所だった。壁や床の色は相変わらずの青竹色。壁には用途不明の計器類や石櫃が備えつけられているが、広々とした造りのわりには他に設備らしい設備もない。
「ウソ、行き、止まり……?」
「おい、来てやったぞッ! どこにいる⁉」
部屋の半ばまで行って声をあげるが、返事はない。
背後で、どしりという重い音が響いた。振り返れば、
その巨躯を遮るように、アイナが前に立った。
「私が引きつける。そなたらはさっきと同じ方法で下層まで飛び降りて、遺跡から出るんだ」
「そんなこと……ッ!」
蒼乃の言葉が終わる前に、刀を腰だめに構えたアイナが突進した。
数瞬の間をおいて、銀光が閃いた。アイナの刀と、
だが、次の瞬間。
「あ……っ」
アイナの身体が、横っ飛びに飛んだ。そのまま床に打ちつけられ、ぴくりとも動かない。
『良き剣士であった。……さあ、次はどちらが立つ』
獣の姿から発される中性的な声には、揺らぎがない。斬り飛ばされた前脚口でくわえて傷口に近づけると、靄が脚を覆い隠す。傷を癒しているのであろうことは、容易に想像がついた。
その時――。
「あんた、まだ動けるよね」
――言葉とともに、左手に感じていた温もりが消えた。
「……は?」
意味が分からずにいると、
――
「これ持って、行って。今の私よりあんたの方が、生き残れる可能性あるでしょ」
左手の小瓶が、押しつけるようにして渡される。
声が、震えていた。
「なんで……」
「別に。効率いいほうに賭けるだけ。それに……いざとなったら、盾に使うんでしょ。今がその時じゃないの?」
少しだけ振り向いた蒼乃の顔には、見たこともない笑みがあった。振り切ったような、突き抜けたような――それでいて、どこか諦めたような表情。
「ほら。
「あ……」
「フィロちゃんによろしくね。
言葉を切った蒼乃の身体が、風を纏った。強くありながらも穏やかな空気の流れに、黒髪が舞うように揺れる。
「……じゃあね」
言葉を置き去りにして、蒼乃が床を蹴った。気づいた時には、未だ前脚が癒えぬ
「
蒼乃の
一撃する度に身を翻し、死角に回り込んで攻撃を繰り出す蒼乃からは、先ほどまでの不調は微塵も感じられない。
「風、我が意に従い礫となれっ!!
放たれた風弾が、
面白がるように躱し、敢えて受ける様からは、底知れぬ余裕が感じられる。蒼乃の体力が尽きたらどうなるかは、火を見るよりも明らかだった。
(なに、やってんだ。俺は)
手にあるのは、託された小瓶と折れた剣。打つ手もなく立ち尽くす自分が、どうしようもなく矮小に思えた。
(なんで? なんで、庇う? 俺は、なにも命じてない)
女子は嫌いだ。蒼乃のことはもっと嫌いだ。
なにかにつけて噛みついてくるし、自分のルールを押し付けてくる。今だってそうだ。
それから――。
(ああ、なんだ。それで、いいじゃねえか)
まだ蒼乃に、それを伝えていない。
ここで蒼乃が死ねば、それすら叶わなくなる。
今はそれだけで、十分だ。
(俺は、まだ……
右手が、疼いた気がした。見れば手の甲に浮かび上がった
脳裏に浮かぶは、禁忌の言葉。
援けになるかも分からない。それでも、今できるすべてを――。
「――
言葉を紡ぎ、右手を突き出す。風を纏い戦う、蒼乃に向けて。
「蒼乃月ッ!! すぐ助けに戻る! だから、だから……ッ!!」
蒼乃は、振り向かない。
だがその身に纏う風が、いっそう渦巻いた気がした。
「……俺が行くまで、死ぬなあッ!!!!」
明らかに鈍っていた蒼乃の速さが、元通りに――否、さらに加速した。身に纏う白き風は雷光を帯び、縦横無尽に翔け巡る。
『……面白い』
蒼乃に集中し、ひたすら爪や尾を繰り出す。だが蒼乃の動きは、そのすべてを難なく躱していた。それどころか、雷光を帯びた風弾や風の刃で攻撃に転じている。
(今の俺に、できることは……!!)
視線を広間の片隅に向けた。そこにはアイナが、動かぬまま横たわっている。
黎一は手の中に在る
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