地が抱く聖地
少し身体を休めた後、黎一たちはすぐに遺跡の入口を後にした。”声”は聞こえなくなっていたが、「交信できる以上、いつ手を出されるか分からない」というアイナの意見に従った形だ。
蒼乃は例によって、黎一の肩に手をかけたままのそのそと歩いている。心なしか足取りが軽くなったのは、握り飯が腹に入ったおかげだろう。
(別に害意はねえと思うんだけどなあ。わざわざ助けてくれたわけだし)
心の片隅で呟きながら、金属質な青竹色の空間を歩く。
”声”に示された通り、荷捌き場を奥へと進むと通路があり、その先は階段になっている。階段を黙々と昇ること十分ほど、唐突に視界が開けた。
「わ、ぁ……」
疲れているはずの蒼乃から、感嘆のため息が漏れる。
目の前に広がったのは、中世のそれからはかけ離れた建造物だった。ところどころに木の根が入り込んだ壁や床の類は、入口と同じく金属質な青竹色。苔と清水を湛えた噴水と思しきものの手前には突起があり、よく見れば椅子の形にも見える。
「やっぱり、私たちの世界に似てる……。この建物さ、どっかで見たことない?」
蒼乃の言葉に、上を見上げてみる。
中央は吹き抜けになっており、建物が四層ほどの階層に分かれているのが見て取れた。
(吹き抜け構造に、憩いの場がある広間か……。まんま、どっかの商業施設だな)
「そなたらの世界のことは分からんが……
(ってことは、さっきいた場所はこの施設の搬入口、ってとこか)
声には出さずに視線を移すと、いくつかの個所に階段らしきものが見える。段の落差が違う階段と手すりを見ていると、元の世界のエスカレーターを思い出す。
「あいつ……登って来い、って言ってました」
「やはりか。どこの遺跡も、上層から先が研究施設になっているからな」
話しながら、階段を昇り中層へと足を踏み入れた。これまたどこぞの商業施設で見たことのあるような、一定の間隔で仕切られた空間が連なる構造である。それぞれの仕切りの中はがらんとしているが、中にはショーウィンドウや、カウンターと思しき設えがある場所もちらほら見えた。
「これはまた、ずいぶんと綺麗に残っているな。……おっ」
面白そうに言ったアイナが、仕切りのひとつの中に入っていく。そのままショーウィンドウらしきものの前で屈みこんだかと思うと、なにかを手に持って戻ってきた。
「と、まあ……こういうものを扱っていたのだろう、とされてるわけだ」
差し出された掌には、ふたつの装飾品があった。ひとつは、青い五芒星の飾りがついたネックレス。もうひとつは紋様が彫られた銀の
「
アイナはそう言いながら、なに食わぬ顔で装飾品を鞄に納めた。それを見た蒼乃が、渋面を作る。
「い、いいんですか……? 未発掘の遺跡なんでしょ?」
「役得だよ。先に懐へ入れてしまえば、最初からないのと同じだ」
「うあ……。でもなにがあったら、売り物ほっぽって逃げ出すんだろ。壊されたり争ったりしたわけでもなさそうだし……」
蒼乃の言うことはもっともだった。遺跡は荒れ果ててはいるものの、戦いの跡や破壊された痕跡は見当たらない。
アイナは、黙したまま首を振った。
「さてな。
「さもなくば?」
「逃げ出す間もなかったか、だな。……さあ、進むぞ」
* * * *
それからしばらく、
上層に入っても間仕切り構造はそのままだったが、設えが研究施設と思しきものに変わっていった。だが、”声”は依然として聞こえない。周囲の景色すら染め上げんばかりの苔色だけが、どんどん濃くなっていく。
「……ヤナギ殿。すまないが頼む」
先頭を切って進むアイナが足を止めた。
目の前の壁には、例によって銀色のパネルがある。
「あ、んと……ひとつ、いいっすか」
「なんだ?」
「なんで、アイナさんは、その……扉、開けないんすか?」
ずっと抱いていた疑問だった。遺跡の入口からはじまり、銀色のパネルはすべて黎一が開けている。体調が優れない蒼乃に役目を振らないのは分かるが、あまりにも偏りが過ぎる。
アイナは少しだけ目を伏せたが、すぐに笑顔になった。
「私はな……
「へっ……?」
「生体には
「え、っと……あの……その、すみません」
後悔の念が、胸中を這いあがる。
この異世界は魔法文明だ。その魔法の媒介たる
「気にするな。知っている者は知っている。代わりにできるようになったことも、色々あるしな。……さあ、進むぞ」
アイナは笑顔のまま言うと、身を翻して進み始める。
その時、脇腹をなにかにつつかれた。誰の仕業かは考えるまでもない。
(しょうがねえだろ……。知らなかったんだから)
そうこうしながら歩くうち、最上層である四層へと到達した。
少し構造が変わって、吹き抜け沿いの通路の突き当りに巨大な扉が見える。この扉だけはシャッターめいた可動式ではなく、両開きの門の形をしていた。黒鉄色をしたそれは、紋様と宝石による装飾も相まって厳かな雰囲気を醸し出している。
その前に立ったアイナが、黎一の方を振り向いた。
「”声”はどうだ?」
「登って来いって言われてからは、何も」
「ここまでなにも反応がなかった……となると、この奥か。扉の大きさと装飾は、施設内の重要度に比例すると言われている。鬼が出るか蛇が出るか分からん」
扉の脇にはご多分に漏れず、銀色のパネルがついている。
止めるなら今だ、と言っているのだろう。ここまでの道中、魔物はただの一匹も出てきていない。”声”のことなど放っておいて、救助を待てばよい――理性はそう告げている。
だが黎一は、ゆっくりと頭を振った。
(ふざけたヤツだが、助けてもらった借りはある)
「行き、ましょう。なんていうか、ほっといたら危険な気がするんです」
自分でも驚くほど、はっきりと告げた。女性の目を見てものを言えたのは、はじめてかもしれない。
アイナも少々面食らったようだったが、すぐに優しく微笑んだ。
「村人を救ったそなたの勘だ。信じよう」
「じゃあ……行きます」
銀色のパネルに左手をつくと、先ほどとは比べ物にならない脱力感が押し寄せる。
――だがそれも一瞬のことだった。扉が、重々しい音を立てて開く。
扉の向こうに広がっていた景色は、予想とは少々異なっていた。
「これはまた……荘厳なものだな」
アイナが、感嘆と呆れ半々の口調で呟く。
まず目を引くのは、青竹色の壁に作られたステンドグラスだ。それ自体が発光しているのか、陽光届かぬ地中であるにもかかわらず燦然と輝いている。長椅子と思しきものがいくつも置かれた縦長の空間の先には、偶像の代わりに宝珠らしきものが祀られているのが見えた。
「ここ、
(まず命の心配をしろよ……)
そう思った瞬間、肩に掛かる蒼乃の手から妙な力を感じる。
無視して進んでいくと、次第に宝珠の状態がはっきり見えてくる。遠目には煌めいて見えたそれは、近づくとまるで印象が違っていた。大きさは一抱えほどもあるだろうか。くすんでぼやけ、色も透明感もない様は、古いビー玉のようだ。
不意に、アイナの足が止まった。
「まさかここが……まずい、逃げるぞっ! もう出てきているっ!!」
唐突に響いた声に応じるように、あたりを包む苔色が脈を打った気がした。
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