第3話 ブラッドナイト



車は高速を都心へと向かっていた。すれ違う車があっても同じ方向へ行く車は少ない。ハンドルを握るシヴァの顔は少し青く、ちらりとバックミラーで後ろを確認する。後部座席で毛布にくるまれたカイルはまだ目を覚ます気配はない。

『カイル…。』

随分と前から顔色が悪いのはわかっていた。それでもなんとか持つかと思っていたが見立てが甘かったようだ。シヴァはアクセルを踏み込む。

家を出る前に連絡はしておいたからすぐに対応はしてくれるはずだ。しかし…嫌な気分になるのは多分あいつのせいだろう。

『なんでもっと早くこないわけ?』

電話の向こう側でゼロが冷たく言い放つ。それは数時間前のことだ。


シヴァは庭で倒れこんだカイルを抱きかかえて家に戻ると急いで電話をした。ゼロのところだ。苛立ちながらコールの回数を数えて、応答した音にシヴァは慌てて声を出す。

『ゼロか?』

『なあに?シヴァ?どうしたの?慌てて。』

少し面倒臭そうな相手の声はいつもの対応だが今回はシヴァ自身が慌てているためか声が荒くなる。

『悪いがカイルが倒れたんだ、今からそちらに連れて行く。』

『はあ?僕は今日は休みなんだけどね。』

『だから悪いと言ったろ。こっちは急なことなんだ。』

電話の向こうで大きな溜息が聞こえた。

『シヴァさあ…なんでもっと早くこないわけ?馬鹿なんじゃないの?』

シヴァはぐっと喉が詰まったように声が出なくなる。そんなことは分かっている、そう言いたくても言えずに飲み込んだ。

『君はあの子がいつまでも平気だって思ってたわけ?君のでまかなってたとしても合わないものじゃ意味なんてないのはわかってただろ?』

ぐちぐちとゼロが説教をたれている。シヴァは電話を少し離すと大きく溜息をつく。

『ちょっと!聞こえてんだよ?電話から離れてんじゃないよ。』

シヴァはしぶしぶ電話を近づけた。

『ちゃんと聞いてる。それよりも時間が惜しい。今から行くから悪いが用意していてくれ。』

『わかったよ。その代わり僕の言う事も聞いてもらうからね。』

電話は向こうから切れてシヴァは急ぎ車にカイルを乗せると走り出した。はあっと思い出したことにシヴァは息を吐く。視界には都会のビル郡が見え、カーブする道にハンドルをゆっくりと回す。車が必要以上に揺れないように後ろを確認しながら走らせた。後部座席ではまだカイルは青い顔のままで眠っている。カイルの安全が第一だ。

シヴァは見知った道へ車を進ませると、この街で一番大きな病院の地下駐車場へと滑り込んだ。入り口に近い場所へ車を止めてカイルを抱き上げ病院へと飛び込む。

地下からエレベーターで三階に上がり、廊下の椅子に座っていたゼロの姿を見つけて声を上げた。

『ゼロ、すまない。』

ゼロはシヴァを見てすぐに駆け寄り彼の腕の中にいるカイルを見る。毛布にくるまれた小さな体に触れて、小さく唸るとシヴァを連れて診察室へと向かう。カイルを寝台ベットに寝かせてゼロはすぐに採血をし調べ始めた。

『このまま作ってくるからここで待ってて、君も最悪の顔色してるからその子と二人で寝てたら?』

ドアが閉まりゼロが駆けていった。

シヴァは部屋の壁にかけられた鏡に自分の姿を映す。真っ青な顔だ。ヴァンパイアだから色が白いのは仕方ないがここまで酷いのではゼロに言われても仕方ない。

『ああ、最悪だな。』

寝台の傍に椅子に腰掛けてカイルの手を握る。いつもは暖かい手が冷たく握り返す力もない。シヴァは目を閉じるとそのまま眠りに落ちた。



『シヴァ。ねえ、聞いてる?』

名前を呼ばれてはっと視線を上げる。懐かしい風景だ。海沿いの喫茶店、ここはテラス席だ。目の前には懐かしい恋人がいる。彼女は長い黒髪をゆったりと結い大きな

ピアスをしている。緑色の瞳と目が合って、ああと頷いた。

『聞いてなかったわけじゃない。君が綺麗だから、ついね。』

『もう、また。』

彼女はまんざらでもなさそうに微笑むと頬杖をついてカップに口を付けた。

『そういえば…まだ聞いてなかった。』

シヴァの口がそう呟く。

意識とは関係ないのは夢だからだろう。

『うん?』

『これからのこと。返事を聞かせてもらいたい…その、俺と一緒に暮らすかどうか。』

そうだ、これは。シヴァの気持ちがどんよりと重くなる。彼女は眉をひそめると悲しそうに微笑んだ。

『それ…ね。シヴァ、私はヴァンパイアにはなれないし…それに永遠に生きるというのはわからない。』

『うん。』

『あのね、私、これからオペラ歌手になるわ。もう契約もしたの…シヴァとこのまま関係を続けてもいいのかも知れない。でも、公に出て私だけが時間を過ごしていくのは辛い。』

シヴァはテーブルの上で両手を組む。まるで祈るような気持ちだ。

『俺は君と一緒に過ごしたいと願っている。』

小さな囁きは彼女の耳に届いただろうか?彼女は苦しそうに片手を口元に当てると俯いた。

『あなたを愛しているのよ。』

大きな瞳から涙が零れ落ちる。これが別れの言葉になった、そうだ、そうだった。

『俺は君を愛している。でも君が永遠を望まないなら仕方ない。』

『うん。』

あっけない終わり。シヴァは夢の中でもう一度繰り返している。そうか、あの時あの歌を歌ったから…。彼女はシヴァの両手を包むように両手を差し出した。

『ねえ、あの詩に私が曲を付けるわ。いつまでも大切に歌い続けるわ。私は永遠を選べないけど私の歌はあなたと永遠に生きるわ。どうか私を許して、シヴァ。』

『君はオペラ歌手だろう?あの詩はふさわしいのかな?』

シヴァが笑うと彼女は頷いた。

『平気よ。オペラ歌手がどのような歌を歌おうとも素晴らしいものになるわ。永遠に歌い継がれていくような、私とあなたのための、二人の子供のような。』

彼女が微笑む。そうだ、どうして記憶は薄れてしまうんだろうな。夢の中でさえも鮮明なのに、きっと目が覚めたら何もかも忘れてしまう。愛している恋人のこの微笑すら。シヴァは目を閉じた。本当はこのままこの時を永遠に過ごしていたいくらいだ。

それでも体は急速に目を覚まそうとしている。



はっと目を開けると白い天井が広がっていた。そして胸の上にずっしりと重いものが乗っている。シヴァは少し頭を上げてそれを見ると、見たことのある頭がそこにあった。

『カイル?』

かすれた声でそれを呼ぶ。けれどそれは動くことなくよく見るとすうすうと寝息を立てていた。もう一度横たわって胸の上のカイルをそっと撫でる。手には暖かい温もりが伝わってきた。シヴァはふうっと息を吐く。どうやら現実のようだ。

『あ、起きたの?』

開ききったドアからゼロが入ってくる。

『その子、目が覚めたとたん君の傍にいるって聞かなくてさ。とりあえず応急処置はしたけども、また寝ちゃったんだよね。君も同じだけど。』

『ああ、それで出来たのか?』

『うん、出来たよ。ベットの横に置いてある、飲んで。』

シヴァはカイルを起こさないようにして起き上がるとベットの傍にある棚の上の

カプセルを取り口に放り込んだ。ぐっと飲み込み、少ししてから体の中をざわざわと熱気が上がってくる。

『うん、いいみたいだね?顔色も良くなった。』

ゼロはハハと笑い、傍の椅子に腰掛ける。

『その子起こす?少しだけ注射で入れたんだけど足りないと思うんだよね。』

『ああ、我々は口から飲む必要があるからな。』

『それは君だけだよ。』

シヴァはカイルの肩に触れるとそっと揺らした。

『カイル。』

ゆさゆさ揺らされてカイルは小さく唸るとゆっくり顔を上げた。そしてシヴァを見ると少し青い顔で微笑み、でもすぐにその顔は泣きべそになった。大きな瞳からぼろぼろと涙が零れる。

『大丈夫だ、心配をかけたな。』

『良かった。目が覚めたら知らない所であなたは倒れているし…ゼロさんは何か飲みなさいって言うし、怖くて。』

『ああ…ゼロ、お前説明しなかったのか?』

ゼロはハッとして破顔した。

『そういやしてないな。』

『まったく。』

シヴァはカイルの頭を撫でて微笑む。

『カイル、ゼロが君のために作ってくれたから飲みなさい。元気になる。』

カイルはゼロに視線を移す。困り顔のゼロからカプセルを受け取ると口に放り込んだ。ごくりと音がしてカイルが目を閉じる。そしてパチッと目が大きく開いた。

『どうだ?』

『あ、すごい。。』

カイルはにこにこしながら体を動かした。シヴァは目の前のカイルがいつもと違うのに驚いて大きく瞬いた。それに気付いてゼロがカイルに問う。

『ねえ、君はどれくらい血を飲んでなかった?』

『え?』

カイルはゼロに振り向くと斜め上に視線を上げて考える。

『多分…随分長い間。知り合いのお婆さんが生まれた時だから…、どれくらいかなあ。』

それでか、とシヴァは頷く。


カイルと出会ってから少量ではあったが食事に混ぜていたものの、元より足りていなかったんだ。いつもどこかぼんやりしていたのは性格ではなく、これが問題だった。

カイルはシヴァのほうを向くと嬉しそうに微笑む。

『でも、良かった。何もなくて。』

『うん。』

シヴァの胸にカイルがもたれこむ。今まであまりそうしなかったせいかシヴァの心臓が少し早くなった。

『じゃあ、これでオッケーね。ああ、良かった、良かった。』

ゼロは両手でパチパチと拍手をする。

『ああ、それで私はどれくらい眠っていたんだ?』

『ん?丸一日だね。時間にすれば。』

『そうか、ゼロ、今回はありがとう。礼を言う。』

シヴァが頭を下げるとカイルも同じように下げた。

『お礼なんていいよ、僕は君にお願いしたいしね。』

ゼロは嬉しそうにポケットに手を突っ込んで体を揺らす。

『君には僕の趣味に付き合ってもらう、わかってるでしょ?ね?』

ああ…とシヴァはうな垂れる。そうだった…そんな約束をしたっけ。急いでいたから忘れていた。

『趣味ってなんですか?』

カイルはシヴァの顔を見つめる。

『いや、それはいいんだ。君は気にする必要はない。』

ゼロは嬉しそうに笑った。

『もちろん君もお願いしたいけどシヴァは怒るだろうから、今はシヴァだけ。』

シヴァは大きな溜息をつくとうな垂れた。



真夜中、車は森の館へたどり着いた。森はしんと静まり返っている。シヴァは家に入り急ぎ暖炉に火を入れる。後ろから付いて来たカイルはまだふわふわしているようで足元がおぼつかない。

『カイル、こっちへ。』

カイルを呼んで暖炉の前に座らせる。そして台所に行くとお湯を沸かす。問題なく帰ってこられたもののカイルの様子が少しおかしい。ゼロによると久しぶりの血のせいで活気がみなぎっている状態が続くかも知れないらしい。当分様子を見て、量を調整する必要があるかも…などと無責任なことを言っていた。だからカイルを連れて行ったし、ちゃんと見合うものをと思っていたんだが、やっぱり信用ならん。


シヴァはお茶を二つ分用意してトレイに乗せると居間に戻った。カイルは暖炉の前でぼんやりと火を見つめている。

『カイル。』

声をかけてカップを手渡すとカイルはとろんとした目でそれを受け取った。ふうふうと息を吹いて一口飲むとシヴァに微笑みかける。

『ありがとうございます。』

傍の椅子に腰掛けてカイルの様子を観察する。どうもいつもの感じとは違い何か変な感じがする。シヴァはとりあえず椅子にもたれると息を吐いた。考えてもどうにもならん、このまま様子を見る必要があるんだろう。足を組むと暖かいお茶を口に含んだ。けれど初めて会った時よりも顔色が良い。それだけでも少し安心できる。

カイルはカップのお茶を飲み干すと、珍しくプハッと声を出した。なんだか小さな

子供を見ているようで少し面白い。シヴァが何も言わずにじっと様子を見つめていると、カイルの視線とかち合った。大きな目が長い前髪の隙間からじっとこちらを見つめている。髪を整える必要があるかもな…そんなことを考えていた時、カイルは猫のように立ち上がりシヴァの膝の上に両腕で乗りかかった。


『どうした?』

シヴァはカイルの頬に指を触れさせる。本当に猫のようにその指に頬をすり寄せて

カイルは目を閉じた。なんだか酔っ払っているようにも見える。

カイルは何も言わずにじっとシヴァを見つめて体を寄せるようにして膝の上に座った。急に近づいてシヴァの心臓がドキッと跳ねる。カイルの目はとろんとして何か物欲しそうに唇が開いている。酔っ払っている子に対して何かしていいものだろうか?

シヴァはカイルの体を抱き寄せると頭をそっと撫でてやる。カイルは目を閉じてシヴァの胸に頬をすり寄せた。

『シヴァ、綺麗。』

『うん?』

シヴァが視線を落とすとカイルの手が頬に触れてその顔が近づいた。唇が触れて

カイルの舌先が唇を開かせる。

『ん…。』

突然のキスに驚いたがカイルの好きなようにさせた。それを受け入れてカイルが望むように動く。唇が離れるとカイルの目がゆっくりと開いた。

『好き。』

小さな告白。シヴァが頷くとカイルはまたゆっくり目を閉じてすうと眠りについた。

腕の中でいつもと変わらない寝息を立てるカイルを見て、シヴァは大きな息を吐く。

天井を仰ぎ少し上がってきた熱を落ち着かせた。好き…か。もう少し普通の状態で聞きたい言葉ではあるが今は十分か。


シヴァは小さな体を抱き上げるとカイルの部屋へ行きベットに眠らせた。以前カイルには成長すれば女性になると話したが確率は半分ほどしか本当はない。嘘ではないものの強く願わなければそうはならないのだ。カイル自身が拒めばそのまま成長してゆく。ヴァンパイアの中で成長期に性別が変化する者はシヴァよりも何代も後の世代で出てきた。人の体と同じで環境に合わせて変化してきた。それでも女性化したとして妊娠することはないから、家族を欲するものは皆男性に変化する。

カイルに女性になって欲しいと願うのはシヴァの勝手だ。シヴァは眠るカイルの髪に触れる。今まで沢山の人を愛してきた。皆先に人生を終えてシヴァだけがそれを見送ってきた。人間を愛さなければいいはずなのに恋をするのは人間ばかりで、こうして出会えたカイルが初めてのヴァンパイアだった。

初めて会った時、汚い子供だと思った。あんな繁華街で一歩間違えば売られてしまうところだ。けれどどこか放っておけなくてホテルに連れ帰り泥だらけだった体を綺麗してしまえば、その白さからヴァンパイアだと気付いた。話が出来るようになって素直で優しい子供だと分かり、少しづつだが惹かれていた。恋だと認めるのは少し時間がかかったけど。シヴァは部屋を出て居間へ戻る。暖炉の前に座り燃える火を見つめる。さっき触れた唇の感触を思い出してそっと指先で触れた。今までにも何千、何万回とキスをした、でもカイルとのキスは今胸を焦がす。シヴァは椅子に座るとそのまま目を閉じた。



また夢だ。暗闇の中シヴァは一人ぽつんとソファに座っている。周りに目を凝らすとわずかながら昔住んでいた家だとわかる。また昔の夢か…。

シヴァは立ち上がりランプがあった場所に手を伸ばした。そこにあるランプを付けて光の下でもう一度周りを見渡す。部屋の奥にはもう一つソファがあり、そこに毛布がかけられていた。近づき毛布に手をかける。毛布の下には女性が眠っていた。

シヴァは傍に膝をつき彼女の頬に手を触れさせると耳元から髪をすくい首筋をなぞって服を肌蹴させた。少し日に焼けた肌が寝息と共にかすかに揺れている。シヴァの喉がごくりと鳴る。ああ、そうだと思い出す。これは…。

夢の中のシヴァは彼女に覆いかぶさると首筋に傷をつけ、血が流れ出すとそれに口を付けた。喉を通って体中に熱い気力が満ちていく。もう十分だと思うも夢の中のシヴァは止めることをしない。小さな息遣いが聞こえてほんの少し視線を上げて彼女の顔を見た。先ほどまで健康的だった顔が真っ青に変化していく。シヴァはにこりと微笑みまた血に食らいついた。ああ…これ以上は。そう考えるも夢の中だ。何も変わらない、これは過去なのだから。シヴァは目の前にある肌が真っ白になるまで吸い尽くすと立ち上がった。ソファの上にいる彼女はぐったりとしてもう虫の息だ。

『シヴァ?』

小さな声で彼女は呟く。

『ごめん、俺には必要だったから。』

『…そう。』

彼女の目から涙が零れた。ああ、そうだ。この時加減を間違えて彼女を殺してしまった。ずっと長く一緒にいてくれて血を分けてくれていた人だったのに。このときの

シヴァはまだ若くて血に飢えていた。それでも彼女が教えてくれた。誰でも襲ってしまったらあなたが囚われてしまうよ、と。まだ世界は今ほどヴァンパイアが住みやすい場所ではなかったから。

『シヴァ?』

夢の中でまた違う声がした。けれどとても近い場所で名前を呼ばれている。彼女を見つめながらシヴァは立ち尽くしたままだ。体が動かない。シヴァは両手で顔を覆い目を閉じた。夢の中のシヴァの体が絶望に覆われていく。誰か…助けて。誰か。

『シヴァ。』

聞き覚えのある声にシヴァは強く目を閉じて願う。夢よ覚めろ。どうか覚めてくれ。

あの子の元へどうか返してくれ。


シヴァの祈りが通じたのか現実の世界で目を覚ました。暖炉の前だ。暖炉は火が燃えており、体の上には毛布がかけられている。台所の方から足音がして視線を移すとそこにカイルがいた。お茶を入れてきたようで、暖かい湯気の出るカップをシヴァに手渡した。

『大丈夫ですか?うなされていましたよ。』

『ああ…。』

カイルは帰ってきた頃とは落ち着いたのか普段の様子に戻っていた。

『君はもう平気なのか?』

『え?ええ。もう随分落ち着きました。眠ったからでしょうか。』

『そうか。』

カイルの様子は先ほどのことなど覚えていないようでシヴァは少しガッカリした。いつもとは違うものの、ああして求められるのは嬉しかったから。それでも元気になってくれたのなら良かったが。

『大丈夫ですか?部屋に戻りますか?』

『いや。お茶をありがとう。毛布と暖炉も君が?』

カイルは頷きお茶を飲む。

『そうか、ありがとう。』

『何か怖い夢でも?』

『ああ…どうだったかな。覚えていない。』

シヴァは正直に言うと苦笑した。こうした時はいつも忘れてしまう。

『フフ、でも怖い夢なら覚えてないほうがいいですね。』

カイルは微笑むと暖炉に視線を移す。

『ここは暖かくてすぐに眠くなっちゃいますね。』

『そうだな。』

『私も時々怖い夢を見るんですが、すぐに忘れちゃうんです。目が覚めて怖くて部屋を出たらあなたがいる。あなたが傍にいてくれるから安心です。』

カイルがそう言ってから微笑むと顔を赤くした。

『すいません、忘れてください。』

『どうして?私は嬉しい。』

『だって…。』

シヴァは手を差し伸べる。その手をおそるおそるカイルが触れると引き寄せた。

距離が一気に縮まりお互いの心臓の音すら聞こえてしまいそうだ。

『カイル、君はここに戻ったときのこと覚えている?』

『え…あの。』

カイルの目が泳ぐ。どうやら何か覚えているようだ。シヴァはカイルの指に自分の指を絡ませる。小さな手はすっぽりと覆われてしまう。

『覚えている?』

そっと絡ませた手を持ち上げて口付ける。カイルの顔がさらに赤く染まっていく。

『はい。少しだけ…。』

腕の中の小さな体から心音が伝わってくる。それに反応して自分の心臓も早く打ち始めた。

『教えて。』

シヴァの言葉にカイルの顔が困惑する。

『意地悪…。』

『フフ。困らせたいわけじゃない。ただ覚えていたらと。』

『お、覚えてます。でも本当に少しだけ。』

『少し?』

『そう、そのキスを…して、それで…私が。』

シヴァが眉を少し上げたのをみてカイルが唇を噛んだ。

『やっぱり意地悪じゃないですか!』

『ハハハ。』

シヴァが破顔するとカイルはむうっと膨れてみせた。

『そういうとこ、嫌い。』

『悪かった。』

そっと抱き寄せてカイルの額に口付ける。

『あの…。』

『うん?』

『聞いてもいいですか?』

『何だ?』

カイルは体を離すときちんと姿勢を正してシヴァに向き合った。それに従いシヴァも姿勢を正す。


『シヴァはどう思っていますか?』

『ん?』

『私のこと。』

カイルの両手がぎゅっと膝の上で握り締められる。そういえばちゃんとそういったことを言ってなかったか。シヴァはカイルの握り締めた手に自分の手を重ねた。

『君がとても好きだ。』

甘いムードだ。普段ならこのまま突き進んでいいはずだけど、カイルはまだ子供だ。

きっと本人に言えば年齢から考えれば十分大人だと言いそうだが。シヴァは頷いて

もう一度繰り返す。

『好きだよ。』

『うん。』

カイルの体はまだ子供と青年の間だ。無理をすると壊れてしまう。シヴァは少し

トーンを下げた。

『カイル。今から言うことをよく聞きなさい。』

『はい。』

『私がここに住むことを決めたのは理由がある。』

『はい。』

『これからまた都会に住むこともあるかも知れない、そんな時のためにも君は知っておくべきだろう。君は私に会う前にヴァンパイアは希少種だから危ないと知っていたね?』

カイルは頷く。

『そう聞いていました。捕まると酷い目に合うって。それにゼロさんからも以前に聞きました。体のパーツを…って。』

『そうだ。この世界は少し狂ってる。人を人とも思わない連中がいる。美しさを妬んだり、無理矢理奪い取ったり。君のような子供から搾取したり。』

カイルは両腕で自分を抱きしめるようにし身震いする。

『そう、怖いことだ。でもそれは希少種まれだからというわけでもない。』

『そういえば、以前にそんなことを。』

『ああ、隔たりがない分感覚で動いているのかも知れないな。見た目で種族が分かるなら尚更だが。けれど怖いのはそのものに興味を持っている連中だ。』

『興味?』

『そう、人間とどう違うのか?という興味。彼らの殆どは人ではないけれど、人も混じってる。だからどうか…。』

『シヴァ…。』

『君が大人に変化するのにもう少し時間がかかるだろう。その間私の傍にいて穏やかでいて欲しい。もちろん、君が望むのなら…。』


カイルは黙ったまま俯いている。言い方が悪かっただろうか?まるで自分のもののような言い方になっただろうか?シヴァが視線を上げるとカイルが胸に飛び込んできた。ふわっと抱きしめられて思わず抱きしめる。

『カイル?』

胸にぐりぐりと顔をこすり付けて背中に回した手がシヴァのシャツを強く掴んだ。

『ありがとう。』

『ああ。』

答えは貰えたんだろうか?それでも腕の中にいるこの子の反応は悪いものじゃない

はずだ。シヴァはカイルの頭を撫でた。そっと大切なものに触れるように。

『あの…。』

カイルが胸に顔をうずめたままで何か言った。くぐもった声が聞き取れずシヴァは顔を覗き込む。

『うん?』

『今日はあなたの部屋で一緒に寝てもいいですか?』

カイルは小さな子供のような顔をして尋ねた。

『どうして?』

『いえ、あの…変な意味じゃなくて。』

ああ…とシヴァは苦笑する。

『セックスをしたいという意味ではなく?』

カイルの顔が真っ赤に染まる。それを見てシヴァは噴出したがすぐにカイルの頭を抱きしめた。

『すまない。分かっている。』

実際は自分も同じ気持ちでただ傍にいて時間を過ごしたいと願っている。

『では一緒に寝ようか。』

『はい。』

カイルが心底嬉しそうな顔をしてシヴァを見上げた。それに反応してシヴァの胸が

ぎゅっと痛む。きっとこの先も同じようなことで私は悩むんだろうな。シヴァは立ち上がると暖炉の後始末をしてからカイルの手を引いた。



シヴァの部屋のベットは少し大きめだ。それは二人で眠れるようにという意味もあるが、大きめのほうが体が楽だからが大きな理由だ。ベットの傍のランプをともして、カイルと並んで横たわる。

『ウフフ、シヴァのベット大きいですね。』

両手をパタパタ動かして隣で寝転ぶシヴァの傍にカイルが寄り添った。

『いつも自分の部屋で眠るの…好きなんですけどね…ちょっと寂しかったんです。』

『ああ、だから。』

シヴァはフフと笑う。

『時々ドアを開けて部屋を確認をしていたのか?』

『え?知ってたんですか?』

『知ってるさ。初めて会った時も部屋は同じだったけど、一度私の傍に来たろう?初めは寝ぼけているのかと思ったが、いつだったかベットの傍まで来てじっと立っていただろう。』

カイルは顔を両手で覆う。

『ごめんなさい。』

『いや、かまわない。もし不愉快ならその時に言っていた。ただどうしたんだろうと思っていた。』

『あの…あなたの傍にいると本当に安心するんです。不思議なんですが。』

『そう。』

シヴァは天井を仰ぐと両手を枕にした。

『それは良かった。』

『気持ち悪くないですか?』

『ハハ、それは特にないな。私だって大昔は眠る人の傍に立っていたものだし。』

カイルが噴出す。

『それって違わなくないですか?』

『かもなあ…、でも覚えておいて。』

シヴァは体をカイルのほうへ向けると片手でカイルの髪に触れた。

『私はいつも君の傍にいる。必ず君のために存在する。』

『じゃあ私はいつもあなたの傍にいて、あなたのために…。』

そう言いカイルが体をすり寄せる。

『やっぱり安心する。』

ぎゅっとシャツの胸元をつかまれた。今心臓が少し早くなってる、きっとカイルも気付いてるだろう。幸せそうな顔をしてぴったりと寄り添うカイルにシヴァはただ目を閉じる。少し二人で話をした後、深い眠りについた。

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