第25話 白いリボンの女子生徒【里香視点】

 苅澤かりさわ里香りかは、何食わぬ顔で登校する。

 クラスに入ると、誰もかれもがなんだかよそよそしく感じる。

 誰も話しかけてこない。

 みな、知っているのだ。

 廃部になったサッカー部、そこで行われていた犯罪行為、その中心に里香もいたということを。


「ちっ」


 舌打ちして自分の席に座る。

 取り巻きだった女子も近寄ってこない。

 そういう空気になってしまった。

 あの日、たまたま別の用事でサッカー部の寮には行けなかった。

 ほんとは武士郎の彼女の、あの一年の女を犯すところを見物しようと思っていたが、サッカー部のOBに薬物の支払いの約束があったので行けなかったのだ。


 全部、山本武士郎のせいだ。

 せっかくウリをさせて儲けられる女を一匹、新しく作れると思ったのに。

 あいつが全部ぶちこわしてしまった。

 一人でその場にいた男子部員全員をぶちのめしてしまったらしい。


 そんなに強いなら最初から言っとけよ、そしたらあんな振り方しないで一回くらいしゃぶってやってこっちの味方にしたのによ。

 または適当なブスの女でもあてがってやってもよかった。

 調子にのってあんなやり方で振ったのがまわりまわってこんなことになってしまった。


 今日は放課後、教師に呼びつけられている。

 いろいろ尋問されるだろうが、全部しらばっくれてやる。

 女たちをウリに出すときは証拠の残るRINEとかはいっさい使わずに口頭ですましているし、だいたいの女の裸の写真はちゃんと自宅のPCに保存してある、口止めは完璧のはずだ。

 大麻関係はしばらく休むしかない、というか今回の件で販売ルートを失ってしまった。ただ売人のサッカー部OBの方も高校生に売っていたとなると罪が重くなるので、腰が引けている。とはいえいままで入っていた収入がゼロになるとその上からの締め付けもきつくなるそうだ。そうなるとこっちの身もやばい、この私が風呂屋に沈められちまうぞ。

 そうならないように、パパ活やっているほかの友人のルートを開拓することにするか。

 別にこんな学校やめてやってもいいんだが、さすがに中卒だとこの先の人生不利になりそうだ。

 どうにかこうにか卒業だけはしたい。


 んでもって遊ぶだけ遊んで二十代半ばくらいでエリート男を捕まえて楽々な専業主婦して生きていきたい。

 それには高卒の資格くらいはもっておきたい。

 そんなことを考えているうちに、くだらない授業が始まった。

 形ばかりでも授業を受けようと、机の中から教科書を取り出すと、教科書のほとんどのページに落書きがしてあった。


「だる……」


 くだらないいやがらせだ。

 クスクスと忍び笑いがギャルグループの集まっている席の方から聞こえてきた。


「ちっ」


 また舌打ちすると、里香はもう授業を聞くふりもやめて机に突っ伏した。


     ★


 昼休み。

 いつもの取り巻きたちは里香をおいてどこかに行ってしまった。

 教室で一人で食うのもだるいし、どうしようかと思っていると。

 この二年の教室に、一人の一年の女子がペコリと礼をして入ってきた。


 ――あの女!


 まさに、里香が犯して撮影して脅してウリさせてやろうと思っていた、あの一年女子が、堂々とした顔でこの教室に入ってきたのだ!


「失礼します」


 むかつくほど明るい笑顔で挨拶すると、その女――舞亜瑠まあるは笑顔のままツカツカと里香の前へと歩いてくる。

 ピタリと里香の真ん前で止まってにっこりとほほ笑む舞亜瑠まある

 くそが、かわいいツラしてやがる。

 うまくいってたらこいつ、高く売れたのによー。


「……なんだよ?」


 なるべく威圧感のある声を出してすごむと、


「このあいだは、どうも。おかげで貴重な体験ができました。ありがとうございますね」

「ああっ!?」


 にらみつけてやると、舞亜瑠まあるは、


「それだけです」


 そういってペコリとお辞儀をして武士郎の席へ行く。

 腐れ女が。宣戦布告のつもりか、一年のくせしやがって。

 舞亜瑠まあるは武士郎の席へと行くと、


「先輩! 今日はここで食べていいですか?」

「え、お前もここで食うんかよ」

「はい! 山本先輩のために一生懸命つくったお弁当なんで!」


 そしてそこで弁当を開き始めた。

 すると、クラスのギャルグループの子たちが、


「おい一年、お前こないだ大変だったんでしょー? 食いな食いな」


 そう言って舞亜瑠まあるの弁当箱に唐揚げやらウインナーやらおかずを置いていく。


「山本、お前にやってんじゃないからな、この一年にあげてるんだからお前は食うなよ」


 などといって、クラスの女子が次から次へと舞亜瑠まあるの弁当箱におかずを入れていき、そして里香のほうに冷たい視線を浴びせる。

 いくら教師たちがもみ消したとはいっても、生徒たちのあいだにうわさは広がっているのだ。

 里香自身はその場にいなかったとはいえ、舞亜瑠まあるを強姦させようとしたのが里香であることくらいは生徒たちはみなうすうす感じ取っていた。

 それに対する無言の抗議が舞亜瑠まあるへのおかずのおすそ分けになったのだった。


「あのー。まじでこんなに食べれないんですけど……。山本先輩にも食べてもらっていいですか?」


 困惑した表情の舞亜瑠まある


「しょうがねえなー、山本ぉ、ありがたく食っていいぞー」


 答えるギャル。


「ってかこないだ、あんたバズってたでしょ? ほらあのパントマイムのどっきりのやつ」

「私も見た見たー! かわいかったよね、ネットでも美少女とかいわれてたじゃーん!」


 舞亜瑠まあるは照れたように、


「えへへ、いやー美少女ではないですよー。でもあんなにバズるとは思ってなかったんでびっくりしちゃいましたー」


 舞亜瑠まあるを中心にわいわいとクラスが盛り上がる。

 くそ、クラスの中でフルシカトされた上にこれじゃ……。

 こんな雰囲気の中、このクラスであと一年耐えなきゃいけねえのかよ。

 でも高校は卒業したいしな。


「ちっ、だるいわ」


 里香は立ち上がると、舞亜瑠まあるにわいわいと話しかけているクラスの女子を軽くにらみつけると、教室から出ていく。

 と、里香を待ち構えていたように白いリボンの女子生徒が三人、里香を囲むようにして話しかけてきた。


「あなたが苅澤さんかしら?」

「……三年生がなんか用っすか?」

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