第12話 妹に対する甘えがちょっと見えちゃってます


 映画を見た後、近くのファミレスに入った。

 ゴールデンウィーク中なので混んでいて、しばらく待たされてしまった。

 やっと席につき、運ばれてきたミックスフライ御膳をつつきながら、武士郎は一番聞きたかったことを聞く。


「で、父さんと母さんって、なんで離婚したんだ?」

「あのねー」


 舞亜瑠まあるはハンバーグを一口ほおばるとモグモグとおいしそうに食べた。そしてフォークを武士郎に向け、きっぱりと言った。


「ダブル不倫」


 武士郎は動揺のあまり、ナイフとフォークを取り落としそうになった。


「ダ……ダ……?」

「ダブルで不倫」


 まじで?

 あの父さんと母さんが?


「え、え、そ、ま、えー?」


 両親が二人とも不倫してたなんて聞いた男子高校生の武士郎、当然のことながら狼狽の極み。

 もうなにも言葉にならない。

 その表情を見て舞亜瑠まあるは明るくえへへ、と笑うと、


「相手が不倫してるってお互いに思ってたんだって」

「え、まじで不倫してたの?」

「してなかったの」


 がくぅ、と武士郎の全身から力が抜けた。


「どういうことだよ……」

「んー。まー、ねー。私もママからしか話を聞いてないから、一方的な情報ではあるんだけどさ。結局勘違いがきっかけだったらしいよ」


「勘違い?」

「うん、去年の今頃、パパ……元パパもママも、仕事で忙しかったじゃない? で、仕事上のお付き合いのある人と接待やらなんやらでごはん食べに行ってたりしてたんだけど、それをお互いに不倫だと疑ったんだって。で、二人の関係は冷え切って、会話もなくなって。なんとなくそんな雰囲気だったじゃない?」


「わ、わからなかった……。二人とも仕事忙しくて二人そろって家にいなかったし……」

「だからそれは二人が仲たがいしてたからなの。しばらくしてそれが勘違いだとわかったんだけど、それが勘違いだとわかったころにはもう関係修復不可能なくらいになってたの」


「勘違いなら仲直りすればいいじゃないか」

「それがねー。人間関係ってのは単純じゃないみたいなんだよねー。そしてめでたくお兄ちゃんは笠原後輩の山本先輩になりましたとさ」


「よくわからん。そんな喧嘩してたかー?」

「ほんと、おに……山本先輩ってにぶいよね、男の人ってみんなそうなのかな? すっごい冷えてたじゃん、あの二人」


舞亜瑠まあるは気づいてたんか」

「それ!」


「ん? どれ?」

「その舞亜瑠まあるって呼ぶの、学校ではいったん禁止ね!」


 舞亜瑠まあるがハンバーグの上の目玉焼きの黄身を崩しながら言った。

 話題が飛ぶから武士郎はついていくのがやっとだ。


「なんの話だよ」

「いいですか、先輩。私は先輩の後輩です」


「まあ、うん、そうだな」

「で、先輩が私のことを舞亜瑠まあるって呼ぶときは、妹に対する甘えがちょっと見えちゃってます」


「え、そ、そうか?」


 ぜんぜんそんな意識はないんだけど?

 なにを言い始めてるんだ、この元義妹の後輩は?


「はたから見てるとすごく違和感があります。ので。先輩は学校では私の事、『笠原』と呼んでください。私だって小学五年生までは笠原だったし、そう呼ばれるのには慣れてるわけです」

「んー? つまり?」


 察しの悪い元義兄を見て、むむうと唇をへの字に曲げる舞亜瑠まある

 そんな元義妹今後輩の顔を見て、武士郎は混乱するばかりだ。

 いつまでも妹だと思うなよ、妹扱いすんなよ、女扱いしてよ、という元義妹の気持ちなど、武士郎みたいなタイプの男がわかるわけもないのであった。


「もういいよ! 練習するよ! はい、行くよ、せーんぱいっ」

「な、なんだよ……」


「カ・サ・ハ・ラ! 笠原って呼んで!」

「ああ、うん? うん……。笠原」


「はい、先輩!」


 嬉しそうにいっひっひっひ、と笑う舞亜瑠まあるの顔を見て、武士郎はなにがなにやらわからないのだった。


「なにがしたいんだよ、まあ……」

「笠原!」

「……笠原」

「はい、先輩! 先輩の後輩の笠原後輩ですよー!」


 こいつ、頭おかしくなったのかなーとニコニコ笑顔の舞亜瑠まあるを眺めながら、武士郎はエビフライを口に運ぶのだった。

 それとも、俺の妹でいるのが嫌になったのか?

 それで、俺から妹扱いされるのが嫌なのか?

 ってことは俺の事嫌いなのか?

 ……いや、嫌いなら二人で映画見たりメシくったりしないよな?


 小学生の時に突然妹ができて、俺は立派な兄になるんだ、と決意して以来、自分のアイティンティティの中央に『舞亜瑠まあるのお兄ちゃん』というのが鎮座している武士郎にとって、今元義妹がどんな気持ちでいるのかなんて、完全に盲点になっているのだった。


「先輩、もっかい笠原っていって? ちょっとぶっきらぼうな感じで」

「……笠原」


「もうちょい低い声で、興味あるんだけど興味なさそうなフリをしている感じで」

「なにこの演技指導。なにがしたいんだよ」


「ほらはやく」

「……笠原」


「いひひひひひ。ちょっと横向いて、頬を染めて言ってみて」

「頬を染めるってなんだよ、無理だよ! ちょっとおかしいぞお前。舞亜瑠は舞亜瑠じゃないか!」


 ちょっと腹を立てて言うと、


「ま、学校だけでもね。笠原って呼んでね。忘れないでね、お願いだよお兄ちゃん?」

「あ、う、うん」


 舞亜瑠まあるにお兄ちゃんと呼ばれてお願いされてしまったら、抗えないのが武士郎なのだった。

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