第10話 疲れたら甘いものだよ

「あのね、つまり私、先輩と付き合ってることにします。そしたら、昼間一緒にごはん食べてもおかしくないでしょ?」


「待て待て待て待て意味わからん意味わからん。順番に話せ、わかるように」


 舞亜瑠まあるはわざとらしく大きなため息をついて、


「だからね、先輩。学校では昼間私とごはんたべながら打合せするの。で、夕方は一緒に配信しよ。この家で」


「この家で?」


「うん、あっちの家だとおばあちゃんが怒るんだもん。でも打ち合わせはしとかないと。その打ち合わせの時間、どこで作ろうかって思ったらやっぱり昼休みがいいかなって。私も夕飯までには向こうの家に帰んなきゃだから、下校してきてから配信できるの二時間くらいでしょ、打ち合わせの時間もったいないじゃん、昼休みに打ち合わせやろう」


「そんな打ち合わせ必須かあ? 俺とお前なら別に打ち合わせなしでも」


「必須だよ! 配信の質をあげていきたいんだもん! でね、昼間一緒にご飯食べるとなると、これはもう周りにつきあってるって思われても仕方がないけど、そう思わせておくってことで。聞かれたら肯定も否定もしない感じでいこう、私はそれでいくから。元兄妹だってことばらしたら、兄妹の縁を切るからね!」


 兄妹の縁を切られるのはいやだと思ったけど、いや待てよ? えっとどうなるんだこの場合? 元兄妹ってことをばらしたら兄妹の縁を切るっていうのはなんだこれ、うーん?

 そもそもだけど、でもさ、別にそこまで隠すことか?


「いや待て、別に兄妹ってばらしてもいいんじゃ?」

「もう兄妹じゃないじゃん。これからもずっと!」


 ちょっと大声になる舞亜瑠まある


「だからねお兄ちゃん、じゃない山本先輩。前は兄妹だったけど、今は兄妹じゃないんだとか、クラスメートたちにわざわざ言わなきゃ言う必要もないよね。家の恥といえば恥だし。私も突然苗字変わっちゃったけどまだ入学したばっかりの四月だし、先生に無理言ってぜーんぶ笠原に変えてもらっちゃった。私が山本舞亜瑠まあるだったってことなんて、そのうちみんな忘れるよ」


「もう俺はわけがわからんよ……お前、そこまで配信に命かけてたっけ」


「チャンネル登録者52万人だよ! はっきりいうよ、お兄ちゃん先輩。あのね、うちらの親が円満だったら別にかまわなかったんだけど、こうなった以上これからの人生なにがあるかわからないって私は思ったの! なんならママに言ってチャンネルを収益化もしたい。自分でお金を稼げるようにしときたい。だから、オワコンになるわけにはいかない。定期的な配信をしなきゃ、あっという間に忘れ去られてオワコンだよ、登録者だけたくさんいてもおすすめにのらなきゃ再生回数は回らないし、配信にも人がこなくなっちゃうよ!」


「お前がお金にこだわったこと今までなかったじゃないかよ、なんだよ突然」


「私も! 怖かったの!!」


 舞亜瑠まあるは叫んだ。


「パパとママの離婚で! 怖かったの! 私たち、まだ子供じゃん、これからも大人たちの都合にいいように振り回されるんだよ、いやだよ、お兄ちゃんがいきなり他人になったんだよ? やばすぎだよ、もう嫌だよ、自分でお金稼げれば大人に振り回されなくてすむでしょ! で、ラッキーなことに私たちにはお金になる武器がある。チャンネル登録者数52万! 私はね、お兄ちゃん」


 舞亜瑠まあるの目は真剣そのものだ。


「自分の人生は自分の意志で決めたいの!」


 武士郎は元義妹の迫力に圧倒されて、


「あ、ああそうか……」


 としか答えようがなかった。

 ここまで聞いても舞亜瑠まあるがなにを考えているのかわからない。

 本心を言っていない気がする。

 とにかく元兄妹ってことを隠したい、でも昼休みに一緒にメシは食いたい、ってことだけはわかった。

 なんかいろいろ言っていたけど、配信がどうのっていうのはなにかの言い訳にすぎないんじゃないかなー、と四年間兄をやっていた武士郎としては思うのだった。

 なんの言い訳なのかまでは予想できなかったが。


「わかったよ、いっとくけどお前が彼女だなんて俺は言わんからな?」

「少なくとも否定はしないでおいてね」

「まー、そのくらいなら……」


 武士郎には彼女がいる、だなんて噂になったら、新しい彼女を学校でつくるのは難しくなるだろう。

 でも武士郎はつい最近トラウマレベルの振られ方をしているから、また新しく彼女をつくろうなんて気持ちはいまのところまったくなかったし、そもそも舞亜瑠まあるは正直かなりかわいいから彼女だって思われたらちょっと自慢な気もするし、ま、いいか、と思った。

 もちろん、舞亜瑠まあるの、こうは言っているけど実は学校で武士郎には彼女がいると言いふらしまくって新しく彼女を作らせないようにしてやる、という意図を武士郎はこれっぽっちも知らない。


「そもそも今日からゴールデンウィークだけどな。学校にはしばらく行かないぞ」

「だから、明日からバンバン配信するから! 明日もこの家に来るからパパに言っておいてね、多分大丈夫だと思うけど」


「そういや、結局離婚の原因ってなんだったんだ? 父さんに聞いても教えてくれないんだよ」


 とにかく気になっていたので尋ねる。

 すると舞亜瑠まあるはちょっと考えるそぶりを見せてから、


「まじで何も聞いてないんだ……男同士ってほんとなにも話さないよね……。じゃ、教えたげるから、明日、デートしよう! 友達に教えてもらったケーキ屋さんがあるんだ!」

舞亜瑠まある……普通に教えてくれよ……俺はもういろいろありすぎてクタクタなんだよ……」

「疲れたら甘いものだよ、だからケーキでデート! 一緒に食べよっ! そんとき教えてあげるね、山本先輩!」



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