竜騎士と竜の世話人

日明

君は少女だった

父から竜騎士とはこの国の全てを守り、竜と心を通わせる尊き存在であると何度も語られた。だが、実質竜の声が聞けるのは竜の世話人と呼ばれる者たちだけである。それを痛感した出来事があった。


俺が父と共に父の竜がいる竜舎に足を運んだ時だった。竜舎の方から悲鳴と竜の咆哮が聞こえ、何事かと走る父の後ろについて行った。

竜舎は1頭ごとに区切られており、1つの小屋の入口が破壊され、赤竜が暴れていた。その周りには倒れた竜の世話人と思われる女と騎士達が取り囲んでいる。

「何があった!?」

父の呼びかけで周りにいた騎士の1人が答えた。

「世話人が竜、イスラに主、ルドルフが亡くなったことを漏らしてしまったのです!主を失ったことで竜が我を失っています。全員で処分を行います」

「それしかないな...。このまま街に出れば死人をだしかねん。リオス。我らの世界ではこれも仕事だ。目をそらすな」

この時の俺は13歳だった。成熟していないながらにこれも仕事かと冷静に、客観的に様子を伺った。

その時、暴れる赤竜の前に小さな少女が飛び出し、小さな背で竜をかばった。

「ダメ!!!」

「何をしている!!そこをどけ!!」

両手を広げ、怒鳴られてなお少女は叫んだ。

「この子は悲しいだけなの!殺さないで!!」

「子供の出る幕じゃない!!」

少女が背に庇う竜が頬を膨らませた。炎のブレスだ。まずい。

その場にいた全員の思考は一緒だった。少女を救うべく飛び出そうとした数名に対し、少女はあえて竜の首に飛びついた。ブレスが僅かに少女の肩を掠める。

それでも少女は怯まなかった。

「あなたの悲しい声聞こえるよ!寂しいね。辛いね。大好きだったんだよね」

少女の言葉で竜の動きが止まった。

「ルドルフさんが大好きだったよね。でも、病気で会いに来れなくなってずっと寂しかったよね」

竜は首を大きく振り、その勢いで少女は地面に放り投げられ地面を転がる。竜は少女に向かって吼えた。少女は焼けただれ、血の溢れる肩を抑えながらゆっくりと立ち上がる。

「そうだね...。私にはあなたの辛さを完璧には理解できない。それでも、あなたがどれだけルドルフさんを愛し、ルドルフさんに愛されていたかは知ってる。ルドルフさんはあなたをパートーナーとして、友人として深く信頼してた」

炎で身を焼かれ、拒絶されて尚少女は竜に歩み寄る。竜が威嚇するように少女に吼えるが、少女は優しく微笑んだ。

「あなたなら私をいつでも殺せた。それでも私はまだ生きてる。周りの人達だって誰も傷ついてない。あなたは...悲しくて、寂しくて、ルドルフさんの所に行くために死にたかったんだよね」

竜は人のように目を大きく開いた。そうか、竜は人間より遥かに生命力に溢れ、頑丈だ。人間のように容易く自殺することは叶わない。だから人間を利用しようとしたのか。

竜は少女に視線を向け、語らい始めた。少女は俺たちには聞こえない声にうんうんと相槌を打つ。

「そっか...来てくれるって約束してたんだね...。ルドルフさんも守りたかっただろうね...。ルドルフさんもイスラのこと大好きだったから」

赤竜が天に向かって大きく咆哮したあと、その場に崩れるようにしゃがみ込んだ。項垂れるように頭を垂れる竜の頬を少女がそっと撫でる。

「イスラ聞いて。ルドルフさんにはね、10歳になる男の子がいるんだよ。その子ね、お父さんみたいな竜騎士になりたいんだって」

赤竜はハッとしたように少女を見る。

「そう。聞いてたでしょ?テトくん。お父さんを真似して剣を振ろうとして重くて転んじゃったんだって」

クスリと笑う少女につられるように赤竜も優しく目を細めた。

「ねぇ、生きてくれる?イスラ」

真っ直ぐな少女の瞳に赤竜は周りにも分かるように頷いた。

先程我を失っていた竜がたったの数分で正気を取り戻し落ち着いた。周りの大人達はただただ呆然と、その立役者となった少女を見つめる。

少女は大人達を振り返り、その場に膝をつき頭を下げた。

「ルドルフ様の竜イスラは正気に戻りました。二度とこのようなことは起こりません。もしもの時は私が刺し違えてでも、この子を殺します。ですからどうか、寛大な処置を」

年は自分より下だろう。そんな少女が命をかけて、竜を守っている。

大勢の大人を相手に物怖じせず。そして、プライドの高い竜が少女の隣で同じように頭を下げた。

「リオス」

父に声をかけられ、ハッと我に返る。目の前の光景にただ目を奪われていた。

「お前ならどう判断を下す」

突然の課題に思考が巡る。規則に従えば、今は落ち着いたところで処分は免れない。

だがーー

「誇り高い竜が頭を下げて今回の件を謝罪しています。幸い死者も出ていませんし、免罪の機会を与えても良いかと」

「うむ...」

父が少女と竜の前に歩み出る。

「今お主は自身のプライドを捨て、我らに頭を下げた。それを考慮し、竜に欠員が出た際どの騎士であっても乗せることが出来るのであればお主を生かそうイスラ。どうだ」

少女が竜を振り返り言葉を聞く。

「生涯をかけて従うと申しております」

周りが大きくざわめく。竜は自身が認めた1人の主しか背に乗せない。無理矢理にでも乗った人間は雲より高い所から突き落とされるということも起きている。そんな竜がどんな人間でも背に乗せると誓うのは異例中の異例だ。

不意にえ...と少女が声をあげる。

「あ、あの、一つだけ条件があると...」

おずおずと言いづらそうに少女が申し出る。父が促せば続けて口を開いた。

「世話人には私が良いと...」

「うむ...。確かに前任では不安だな」

父は地面に尻もちをついていた女を鋭く睨む。

「貴様は今回死罪は免れるが、免職は覚悟しておけ」

「寛大な処置に感謝します...」

深々と頭を下げる女。竜の世話人はとても重要な仕事ゆえに罪が重い。今回の件は、下手をすれば多くの死人を出していた。到底許されるものではないが、少女の活躍もあり被害が出なかったための配慮だろう。

父は少女に視線を戻し問いかける。

「お主、名は?」

「アイリアと申します」

「アイリアか。幾つだ」

「今年11になります」

やはり俺より年下だった。だが、随分と大人びている。

「そうか。まだ知識は浅かろう。イスラの世話をしつつ竜騎士の竜舎に勤められるよう腕を磨け」

「かしこまりました」

この事件はこれで幕を閉じた。父に促され俺はその場を後にしようとした時、なんの気なしに後ろを振り返った。そして、血の溢れる肩を抑えたまま身を微かに震えさせている少女を見た。

あれだけ凛としていてもやはり、歳相応の少女だったのだ。

「凄いな...」

俺の呟きに気づいた父があぁ、と答える。

「あれは竜の世話人の中でも最も歴史の古いドラコ一族の者だ。あそこは優秀な世話人を何人も排出している」

「...父上、私が竜騎士になった際、竜の世話人を指定することは可能ですか?」

「世話人は竜が気に入った相手が基本だ。いくら世話人が優秀だろうと選ぶのは竜だ。お前に決定権はない」

「はい...」

できれば彼女に俺の竜の世話人になって欲しかった。だが、それもまず竜騎士にならなければ始まらない。俺は竜騎士になるための鍛錬で5年を費やしたのだった。

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