幽慣れ mother's thoughts

武 頼庵(藤谷 K介)

幽霊になってしまった私にできる事


 ※前書き

 file5 更新完了記念作品。


 この話の主役は真司の母、司織さんです。読み飛ばしてもストーリーに影響はありません。……たぶん(^▽^;)










 わたしがこの世を去ったのは、まだ息子が小さい時だった。



 元々から体は強い方ではなかったのだけれど、夫になった人は毎日のように家に帰れる仕事についているわけではなかったので、夫に出来ることは手伝ってもらいながらも、何とか毎日楽しく幸せに暮らしていた。


 実のところを言うと、私の体の弱さは子供の頃からかかりつけのお医者様に言われていたことで、「無理は禁物」と両親も私と病院に行く都度言われていたらしい。

 そんな事もあって夫と出会い、交際に発展してからも『結婚』という事は考えられないでいた。たぶんわたしは夫よりもかなり早くこの世を去ることになる。そしてもしかしたら子供は……。なんてことを誰にも言えないままで独り悩んでいたこともあった。



 そんな私が結婚を決断したのは――。


「司織……俺と、結婚しないか?」

「え!?」

 わたしの家に、交際の挨拶に着た後の車の中での突然のプロポーズ。それまではそんな事を考えている素振りさえ見せなかった人が、突然何を言うのかとびっくりした。


――突然何を言うのこの人!! 嬉しいけど……嬉しいけど!! 


「でもね。慎吾さんも知っているでしょ? わたしの体は――」

「実のことを言うとな。ご両親の承諾は貰って来たんだ」

「えぇ!? いつの間に……」

「司織が一度席を立ったときかな……」

 車を運転しながら、前を向いたままの夫は、この日の為に剃ったあごひげを撫でるように、自分の顎をすりすりしながら事も無げにそういった。


「あ、あんな短い時間で?」

「あぁ……」

「二人共何か言ってた?」

「いや……。君が最初で最後の夫になるだろう。までよろしく頼むと言われた」

「それって……」

「あぁ……司織。最後までよろしく頼む。俺は君がいいんだ」

「はい……。よろしく……お願いします」

 目が開けられないほどに涙があふれてきて、それ以上何も言えなくなったことを覚えている。


 それからは、私の体の調子を見ながらもゆっくりと家庭を築いていくべく、二人で出来る事をしていった。夫のご両親にあいさつに行った時は、思った以上に大歓迎を受けた。特に夫の義母様には前と後ろがくっついちゃうんじゃないか!? と思うほど力強く抱きしめられた。

 そこまで喜んでくれるとは思っていなかったので、私自身もなんだか自分の実家にいるような気持になって居心地が良く、帰るときに少し涙ぐんでしまったのは内緒。


 結婚してからも、定住地は決められないままでいたので、夫の仕事の都合上引っ越しを重ねた。その都度私が夫に頼られるのだけど、こればかりは夫にはできない事だから仕方がない。私の体が体質的に弱い事と関係している。


「ここはどうだい?」

「ダメね。ここにはもの」

「そうかぁ……此処もダメかぁ……」

「まぁ、焦らなくてもそのうちにいい物件があるわよ」

「だといいんだけどなぁ……」

 ヒゲが無いのに顎に手を当ててすりすりするのが、夫の癖のようで良く見かけるが、この癖は言っても直らないのでそのままにしている。ただこの癖は困ったときなどに出る癖。その事を知っているのは私だけでいいのだ。何かあればそれを武器に責められるから。


「今度のここは?」

 不動産会社からお勧めされた2件目の物件についた時、その家には昔からいるのであろうモノの姿がえた。

「ここにしましょ!!」

「そ、そうかい? 珍しいね司織が良いというなんて」

「そんなこと無いわよ!! いやね!! わたしだっていい時は良いというわよ?」

「君の眼を信頼しているよ」

 ガハハハッと笑い声を上げながら、すぐに紹介してくれた不動産会社へと電話を入れる夫。その横に座りながら、私はジッと視えたものに視線を留めていた。


 そこに住み始めて数年後――。

 夫の転勤が珍しく数年無かったという事もあってか、私たち二人の間に待望の赤ちゃんが生まれた。名前をどうするか考えていたのだけど、夫の希望で『真司』と名前を付けた。


「君の事を忘れないためにも、この子の為にも君の名前を付けたかったんだ」 

 なんて言われたらいやだなんて言えない。こうして初めての子育てに二人で挑むことになったのだけれど、私も夫も悪戦苦闘の毎日。疲れてへとへとになりながらも、真司の為!! と思うとやる気が湧いてきて頑張れた気がする。


 その後も周りに助けてもらいながらゆっくりとでも『親』になって行った気がする。

 

 

 息子も大きくなってきたある日の事。

 その日は珍しく家に夫もいたので、悪いとは思いながらも息子の事を夫に任せて、少しだけ遅くまで寝かせてもらっていた。

「おかあさん」

「あら?」

 真司が私たちの寝室へと一人で入ってきた。


「どうしたの?」

「えぇ~っとね。にわにず~っとしらないひとがいるんだけど」

「そうなの? どんな人?」

「いつもわらってるおじいちゃん!!」

「そうなんだ!! 何か話せた?」

「うん!! あそんでもらったんだ!!」

「良かったわねぇ……」

 そう。真司も幼い頃に目が見えるようになると、私達のいない方へジッと視線を向けていることが有った。その頃から『この子も……』という感じは持っていたのだけど、こうしてそこに居るのが当たり前に捉えている真司の事を見ると、何故か私達とは違うんじゃないか? なんて思ってしまうのだった。

 そう思ってしまうのには訳があって、真司の健診に行くたびに『健康です』と太鼓判を押される事。そう一度も『体質が……』とは言われたことが無いのだ。


――私と違う? 良かった!!

 なんて事を思ってしまう。

 そうして自分に出来ることは何か? 真司に残してあげられるものは何か? を考えたとき、わたしには真司に『生き方』『考え方』を教えて行く事にした。この先、私が居なくなっても選択肢に迷った時に困らないように。

 夫である慎吾は、そういう細かい事は苦手なタイプなので、教えることは『男として』なんて言うちょっと汗臭いようなものばかり。

 わたしが教えるのは『優しさ』。その位しか残してやれるものが無い。自然と涙が流れるのをグイっと袖で拭い、真司に対してゆっくりとだけど、自分の想いを話しこんだ。


 その甲斐あってか、真司は自分よりも人を助ける事が大事と考える性格へとなっていった。そのまま成長してしまうと危うい事でもあるので、それは夫にしっかりと見てくれるように毎日言い聞かせた。

 


 


 そんな生活が数年続くと、わたしも長生きできるんじゃないか? なんて思い始めちゃうけど、は突然やってきた。


 思った以上に私の体は弱っていたみたいで、家の中で突然倒れ、隣りの家に住む奥さんに発見されるとそのまま病院へと救急車にて運ばれた。


 皆が心配をしてお見舞いに来て口々に励ましの言葉をかけてくれるけど、わたしにはもう分っていた。


――私はもう長くない。 もう生きられない。まだ小さい真司を残して逝きたくない!!

 絶望が襲ってくる。

 気持とは裏腹に日ごとに弱っていく身体。

 自分のチカラではもう立ち上がる事も出来なくなったある日、私は夫に頼んで真司を病室に連れて来てもらった。

 そして二人きりにしてもらい、真司に最後の言葉をかける。


「真司……」

「何? お母さん」

「お母さんから最後のお話をするわね」

「え? 最後?」

「そう……最後。あなたのその眼には多分、私たちの知らない、視えないモノが映っているんでしょ? それは他の人には理解できない能力。でもね真司、あなたならその能力を人に役立てられると信じています。今まで真司の事分かってあげられなくてごめんね」

「お母さん!! 何でそんなこと言うの!? ねぇお母さん!!」

 そういった私はその後すぐに意識を失った。

 真司が慌てて夫や、家族を呼んでくれたみたいだけど、その後に私の意識は戻らないまま。

 そのままこの世とお別れをした。


 


 これが私の生涯なのだけど――。

 わたしにも真司と同じような力が有った。でも真司のとは違い、わたしはそこに何かいるとはわかるものの、それが何であるかまでは分からなかった。強弱なんてものも分かるわけもなく、話なんてすることもできない。だからこそ、真司が視ている世界がどうなっているのかなんて、本当の意味では理解してあげられてなかったんだと思う。


 今、私はそのになってしまったからわかる。

 本当に様々なものがいる。良い物も嫌なモノ悪いものも、想像よりももっとずっと多くいたみたい。


 何故わたしがこの姿になれているのかは正直分らない。出来ることは既に生きてきた中で精一杯にしてきたはず。思い残す事なんて無いと思っていた。


 でもそんな中で一つの出会いをした。

 それはこの姿になって、少し経った頃。遠目にでもいいからと夫と真司を見にいった時――運命的にその娘に出会った。


「ここで何してるの?」

『え?』

「えぇ~っと、お母さんかお義父さんの友達?」

『えぇ~っと……あなたは?』

「わたし? わたしいおりです」

『いおりちゃん……。そう……わたしが視えてるのよね?』

 そう訊ねると、目の前の女の子は首をちょっとだけ傾げて顎に指を載せながら返事をした。


「うん。みえているけど……。言っちゃダメ?」

『そんなこと無いわよ。あ、でも私の事は内緒にしてくれる? 特にあそこの男の人と男の子には』

「いいけど、どうして?」

『それは……』

 わたしは純粋に疑問を投げかけてくる女の子に、どのように返事しようかと少しの間迷った。でも、この子になら嘘を吐くことは無いと思い、本当のことを話す。


『わたしは、あの男の人の元お嫁さんで、あの男の子のお母さんなの』

「え!? お義兄ちゃんの!?」

――おにいちゃん? という事はあの人再婚したのね。良かった……。


「えと……お母さん……て呼んでも良いですか?」

『あらぁかわいい!! いいわよ!! わたしは司織って名前でもいいけど、お母さんもいいわね!!』

「しおり? わたしと一文字違い……」

『そうね!! もうその時点で親子みたいなものよね!?』

「仲良くしてくれますか?」

『もちろん!! あ、おさんて呼んでね?』

「はい!!」


 そう。これが三人には内緒にしている、伊織ちゃんとの初遭遇話。ここから伊織ちゃんの後に憑いたり中に入ったりして様子を伺っていたんだけど、なんというか……色々とあるもので。


 今は生きている間にできなかった、真司を助ける事、見守る事が出来るようになったのが嬉しい。

 それに私は他の視えないモノたちと何かが違う様な感じがする。それが何かは分からないけど。でもこのままずっと見守ることが出来るのであれば、それが今のわたしには一番幸せな気がする。



――現在のわたしは。

『し~んじ!!』

「か、母さん!?」

『会いに来たよぉ~』

「いつも居るだろうが!! 伊織と一緒に!!」

『あははははは』


 こんな風に、また真司と話す事が出来て、夫にも会うことができた。そして伊織ちゃんという新しい可愛い娘も出来た事が凄くうれしい!!


 今の自分に出来る事を精一杯しながら、私の大事な人たちを見守る事が出来ている。

 

 だからこそ、今わたしは凄く感謝している。こんな状態になってしまっても、側に居られることをーー。




※あとがき※

お読み頂いた皆様に感謝を!!


 スピンオフにするか閑話にするかで迷った挙句、単発スピンオフにすることにしました。

 後々もしかしたら本編に収録するかもしれませんが、その時は温かい眼でご覧になって頂けると有難いです。(^▽^;)


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