試作第一号
数日後、試作第一号が完成した。
早速、ブライトン少尉を食堂車に招き、意見を仰ぐことにした。
「あら、随分とお早いですのね」
「ええ、フードレプリケータの特性が思った以上にお弁当向きでしたので」
「まぁ! そうなんですの」
私が椅子を引くと、彼女はそこに腰掛けた。
「では、早速。ヘイ、アシスタント、テスト食品アストロ・ベントー(仮)バージョン〇・一アルファをお願い」
机の上に、駅弁スタイルのプラスチックの弁当箱が実体化する。格子状に仕切られた松花堂弁当である。これがなかなかフードレプリケータと相性が良い。
「あら、華やかですのね」
白飯、卵焼き、カマボコ、紅葉型の生麩、豆腐とサイコロ謎肉のあんかけ等々。デザートにはパート・ド・フリュイ。色合いや姿形は華やかだが、どれもこれもディストピア飯と同じ系統の具材である。
「実はこの中で一番エネルギーコストが高いのが、ライスなんです。そこで、格子状に仕切った松花堂弁当という古来のスタイルを採用して、ライスの量が少なくても気にならないよう工夫してみました」
ブライトン少尉は、一口目で顔をしかめた。
「……冷めていますわね」
「それも省エネのための工夫の一つです。ベントーは携行食ですから、冷めても美味しいことが重要になります」
「それが省エネとどう関係しますの?」
「物質の運動量を再現するステップを省略しているんです。熱というのは分子の運動量です。フードレプリケータは、分子を再配列する際に運動量を与えることで温度を調整しています。この時間を削減することで、省エネになるわけです」
「それでも温かいものが食べたいですわね」
「ちょっとした裏技があります。これは耐熱容器なので……」
私はパネルヒーターにお湯を供給するコンジット――もといパイプにお弁当の容器を乗せた。火星の設計思想はメンテナンス性重視の露出配管が基本のため、火星独自設計の食堂車にも露出配管が多いのだ。
「こうすることで温められます」
「……モラルを疑いますわ」
「ダメですか」
「ダメですわ」
地球では職場のストーブでお弁当を温めるのは珍しくない光景だし、良いアイデアだと思ったんだけどなぁ。火星では公共物へのタダ乗りはモラル違反なのだろう。
「……では、温かいバージョンを選択可能にするか、生石灰と水で反応させて温める発熱剤を使うか、どちらが省エネか検討してみますね。今日のところは温かいスープでご勘弁を」
こうして最初の試食が終わった。
「いかがでしょうか?」
「思ったよりも完成度が高くて驚きましたわ。けれども、いくつか課題もありますわね。まず、味が濃く感じますわ。私達は薄味に慣れていますから、きっと好みが分かれますわね。次に、お醤油とお味噌もエスニックな香りで、わたくしは好きですけれど、これも好みが分かれそうですわね。最後に、恐らくこれが最大の問題点ですが、
「……火星名物、鉄粉とか入れますか?」
「そんなもの誰も食べませんわよ!」
「ですよねー……。まあそれはともかく、味が受け入れられるかどうかは、私達には分からないのですよね」
「味については、確かに職員食堂でアンケートを採るのが良さそうですわね。わたくしの方から責任者に交渉してみますわ」
「ぜひお願いします」
「美味しゅうございました。次のバージョンに期待いたしますわ」
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