セクション3: 試験

あと五分


「少尉、起きてください」

「むにゃむにゃ、コンジッごもっ!」


 今日もまた手刀を振り下ろされて目が覚めた。


「あと五分、あとゴフッ」


 二発目を食らう。


「今日は試験の日です。起きてください」


 そうだった。今日は試験の日だった! 慌てて飛び起きると、ゴンと頭に鈍い衝撃が走る。


「あうっ」

「うがっ」


 ルナと私の悲鳴が同時に響いた。


「……いててて……。突然起き上がらないでください」

「ごめんごめん。いてててて……」



 そんなこんなで目が覚めた。


 二四一三年九月八日。本来は七日間の道のりだったはずが、トラブルにより約三日遅れている。


 執務机を跳ね上げると、そこに小さな洗面台がある。顔を洗い歯を磨く。一つしかない洗面台を、二人で押し合いへし合い交互に使う。


 そういえば、こんなことは初めてだった。いつもルナが先に起きていて、既に身支度を済ませているからだ。今日の彼女は、珍しく寝癖頭にぽやぁ~とした顔である。万が一にも遅刻しないよう、起きてすぐに私を起こしてくれたようだ。


 時刻はまだずいぶんと早い。午前五時半――シフトまでまだ二時間はある。ルナはいつもこんな時間に起きているのか……。


「なんでふか」

「いや、何か、ルナはしっかり者の妹みたいだなぁって」


 すると、ルナは歯磨き粉をぺっと吐き出して、口をゆすいでから、私に言う。


「奇遇ですね。私も少尉のこと、ダメな姉さんみたいだなぁと思っていました」


 今度は私が口をゆすぐ番だ。


「ルナは兄弟いるの?」

「いません」

「私も~」

「そうだと思いました。甘やかされ具合が一人っ子感あります」

「ええ~」


 なんとなく、ルナも割と甘やかされていたんだろうなと思う。ツンケンしながらも、何となくマイペースな性格が垣間見えるし、今みたいにポヤポヤしている方が素という感じもある。


「お姉様、早くしてください」

「げふっげふっ」


 今何と。


「ご所望では?」

「おお愛しの妹よ~。手伝ってぇ~」


 いや、ダメ姉貴の振るまいとか知らんけど。


「……! ……これは、なかなかムカつきます」


 と、ルナの手刀が振り落とされた。


「いや、ムカつくんかい」


 手の甲でツッコミつつ、手刀を受け止めた。


「当然です」

「やっぱり無理だよねぇ」

「……? 無理とは言ってませんが?」


 ルナはまだ、ぽけーっとした表情をしている。本当は朝に弱いんだなぁ、などと。


 でもまあ、彼女の言うとおりである。今の地球では、法的に姉と妹の関係になることが無理ということはない。


 ルナが私の妹……か。それ、ちょっと良いかもしれない、と思ってしまう私がいる。


「……ん、待って。これは死亡フラグでは」

「何ですかそれは」

「最後の戦いに挑む前に、ツンデレキャラが突然デレたりすると、キャラが死ぬってジンクスだよ」 

「……訳の分からないことを言いますね。試験が終わったら――」

「だめー! 戦いが終わったら結婚するんだ、みたいなのも死亡フラグなの」

「いや、結婚はしませんけど」


 これは、とりあえず死亡フラグを折ることができたのだろうか。


「……少尉、何を心配してるんですか?」

「今日の試験、合格できなかったらどうしようって」

「私が教えたのですから、合格できないわけがありません」

「……そうだといいな」

「命の危機さえ楽しめるのに、死亡フラグとやらを恐れるのは矛盾では」

「それはそれーこれはこれー」


 そんなこんなで、半ば寝ぼけたルナと、少しばかりの時間を過ごした。

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