歩み寄るために



 食堂車をあとにした私は、二号車のデータライブラリーでルナ准尉の経歴を調べることにした。


 どうせ本人に直接聞いても、膨れっ面で「ご命令ですか?」と問われるだろう。命令して無理やり聞き出しても好感度が下がるだけだ。


 ここは、私のスキルを使うしかない。


「OKコンピュータ、ルナ准尉の経歴ファイルを見せて」


 私の権限では限られた情報しか閲覧できなかった。しかし、私の本業は何と言っても史料調査である。新聞や公文書など、公開されている記録から外堀を埋めていけば良いのである。


 そうしていると、彼女の非凡さが浮かび上がってきた。


 彼女は優秀だ。特待生として国立アカデミーに招かれた記録があるのだから、それはもう折り紙付きだ。特待生は数年に一人いるかどうかのレアキャラで、国から至れり尽くせりの支援を受けられるのである。この国ではベーシックインカムで生活が保障されており、学費も無料であるが、特待生には上限なしの科研費助成が付く。羨むものは多い。


 それにもかかわらず、彼女はそのチャンスを蹴って、高卒で地球アストロ・レールウェイ公団に入職したようだ。


「だから准尉なのか……」


 地球アストロ・レールウェイ公団のプロパー職員の場合、入職時に学士以上の学位もしくは相当する学術的業績があれば、一年で自動的に少尉に昇進できる。しかし、高卒では、少尉への昇進は狭き門なのである。実際、調べる限り、昇進例はサリー少尉しか事例が見つからない。ルナ准尉は、そんな不利を承知で、学士号を得るための四年間すら待てなかったようだ。


 ただ、ルナ准尉は、同期の誰よりも早くスタートダッシュを決めた。入職時の庁内試験では、全ての部門で並外れた成績を残し、火星派遣職員の志願者リストではぶっちぎりで首席候補者となっていた。


 何が彼女をそこまで駆り立てるのか。


 志願理由書に書かれている優等生的な言葉では、どうしても、彼女の経歴を説明できないような気がした。


 彼女については知ろうとすればするほど、謎が深まっていく。


 自室で少し頭を整理しよう。


 私は個人端末にメモを記録して、ライブラリールームをあとにした。

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