腹中、黄泉よ見えるまで

腕時計

腹中、黄泉よ見えるまで

吾輩は猫である。名前は未だ無き、どこからか仕入れた知識で我が道を広げている。

吾輩は特別である。名前は未だ無き、どこからか仕入れた知識で我が道を広げている。


縄張り争いに参加した事はない。そもそも吾輩の近くに同族はいない。

人間に飼われた事はない。吾輩はどこから、誰の腹から生まれたかもわからない。


浪々と旅を続けているものの、未だ同族と出会える無し。

爛漫とした日の照り、未だ黄泉にまみえる無し。




吾輩は誰そ彼たそかれである。赤き夕陽が地を照らし、影を引き延ばす。

吾輩は水垂しぐれである。降り続ける、恵みであり厄災である。


実り穂を揺らす風となり、沼に潜む葦となれ。

川を動かす力となり、人を支える神となれ。


吾輩は旅をしている。未だ同族と出会える無し。

吾輩は孤独から逃げている。未だ黄泉にまみえる無し。




吾輩は湖にいる。碧色に染まった山中、飢えも乾きもしない体で。

吾輩は砂の海にいる。二色に染まる視界、飢えも乾きもしない体で。


猫の気持ちは分からない。先ず同族とは何ぞやと問う。

文の気持ちは分からない。先ず曖昧とは何ぞやと問う。


吾輩は放浪している。未だ紙の中で名前を探している。

吾輩は仲間を求む。未だ飛ばした答えを知らないでいる。




吾輩は街に紛れている。二足の草鞋わらじを履いて闊歩する。

吾輩は森の中にいる。誰かに拾われるのをさだめとする。


心中を察している。それが必要かは分かりはしない。

棚に埋まる冊子を見る。それが必要かは分かりはしない。


吾輩は泳いでいる。名前も知らぬまま感情を任せている。

吾輩は歩いている。目を走らせて展開を読む。




吾輩は知らぬままでいる。

吾輩は部屋の中にいる。


存在を知っている。しかし名前は言わぬまま。

姿形を知っている。しかし名前は言わぬまま。


吾輩は、吾輩が自分たり得るかを視ず。

吾輩は、吾輩が紙に生きた何者でもない事を知る。

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